時が流れて
空港の跡地でみんなが暮らし始めてから、二年ほどの月日が流れたある日。
広い空港の片隅で小夜子が乗るスピードタイプのロボットと、悠樹が乗る戦車型のロボットが火花を散らしながら激しい戦いを繰り広げていました。
「くっ、デタラメなようで計算された弾幕……やってくれる」
「今日こそ勝たせてもらうよ、さやちん!」
四門ものガトリング砲とグレネードキャノン。そして真っ直ぐ敵に向かっていくミサイルに、垂直に飛んでから敵を追いかけるミサイル。悠樹の機体から絶え間なく砲火が放たれ、小夜子を襲います。
小夜子も素早く飛び回りながらマシンガンで反撃しますが大量のミサイルの中のほんの少しを撃ち落とすくらいで、こちらのミサイルはガトリング砲に撃ち落とされ、近づくこともできません。
「元ヘビーゲーマーを舐めてもらっては困る」
ですが月の地下都市ではゲームが大好きだった小夜子は、この状況でも勝ち筋を見据えていました。
「そろそろか」
そして今、その時は訪れます。
「やばっ、弾切れ!?」
「弾幕頼りの戦術が裏目に出たな。決めさせてもらう」
ミサイルが出なくなったランチャーに、空回りするガトリング砲。いくら小夜子の動きを封じるようにとはいえあれだけの弾をばら撒いていたら、弾がなくなるのは当然です。
その隙を見逃さず小夜子は日本刀のような形の高周波ブレードを引き抜き、斬りかかろうと一気に距離を詰めます。
「かかった!」
「なっ……!」
しかしそれこそが、悠樹の狙いでした。
弾幕に使わずひっそりと取っておいたレールガンをここで展開させ、近づいてくる小夜子の機体へ向けて発射。
超音速で放たれた砲弾は避けきれなかった小夜子のゼクト・オメガの胸に取り付けられた追加装甲を一撃で貫き、本体を覆うバリア、アブソルートテリトリーを作動させたのです。
その瞬間、両者は動きを止めて小夜子は機体を地面に下ろし、コクピットから降りて向かい合いました。
「今回は私の負けか。腕を上げたな、悠樹」
「まあ半分イカサマみたいなもんだし」
「確実に避けられない距離に誘い込んでの初速の速いレールガンでのカウンター……。格闘能力に乏しいタンク型のデメリットを補う見事な戦術だ」
この戦いは天使との戦いの後、二年間時々行っている模擬戦。無敵のバリアであるアブソルートテリトリーの影響を受けないように設定した追加装甲を胸に取り付け、その装甲を貫通して本体のバリアに当てた方が勝ち、というルールです。
装甲の厚さは自由に決めることができますが厚くし過ぎると重くなって素早さが落ちてしまい、その為スピード重視の小夜子は薄くして、元々重い機体の悠樹は厚くしていました。
ちなみにどちらもビームライフルを使っていないのはビームでは追加装甲が一撃で溶けてしまう他に、強過ぎるビームの威力がエンゼルコールのレベル2を呼び起こしてしまった反省から威力が強過ぎない普通の実弾武器にも慣れておくという理由もありました。
「二人ともお疲れ〜。これ、月美が作ってくれたよ〜」
「ん、さんきゅ」
そんな模擬戦を終えた二人に、智実がコップに入ったスポーツドリンクを手渡します。
「油断したね、小夜子〜」
「ああ、弾切れと油断して接近したのは私のミスだ。もっとも私の機体の武装では接近しなければ悠樹のタンクの装甲を抜けなかったし、悠樹の機体構成と作戦の勝利と言うべきだな」
「うちもあの戦い方じゃ弾かなり使うから、節約する戦い方も考えないと。自衛隊の弾も無限じゃねーし」
水に塩と砂糖、柑橘果汁で作られた手作りドリンクを飲みながら、二人はさっきの戦いの反省会。
最初はゲーム好きの小夜子が圧倒的に強くて悠樹は手も足も出ませんでしたが、二年間の練習で悠樹や月美はとても強くなり、その差はかなり縮まっています。そして近いレベルでの戦いになると、今度は戦う度にお互い新しい改善点が見つかるようになり、今や戦う度に全員の強さが底上げされるようになっているのです。
「夕飯、下ごしらえできた……」
「お、つくみんおつー」
そんな反省会の場に、お料理の下ごしらえを終わらせた月美もまたやってきました。
「私たちも強くなってきたけど、やっぱり光里には勝てない……」
「まあ、みつりんはね……」
「あの子はマジでチートだよ。生まれた時から戦い方が魂に染み付いてるって感じ〜?」
二年の月日を経て、確かにみんなとっても強くなっています。きっともう一度二年前の天使と戦う時がきたら、もっと簡単にやっつけてしまえるでしょう。
けれどその中でも、相変わらず光里の強さは別格。この二年間で誰一人、たったの一度でさえも光里に勝てたことはありません。それどころか、攻撃がほんの少し掠めたのでさえ、他の五人全員で挑んで二年間でたったの一度だけ。
動くことすらままならない病弱な身体に、人類の限界点とも言えるほどの戦いの才能を宿して生まれてきた歪な人間。それが茅瀬光里という女の子なのです。
その未だ限界が見えない強さを思い返していると、空からキーンとジェットエンジンの音が聞こえてきました。
「噂をすれば、だな」
空を見上げると、近づいてくる人型が二つ。ゼクト・オメガです。
二機のゼクト・オメガが滑走路に着陸すると、コクピットを開けて光里とフランが降りてきました。
「ただいまー!」
「沖縄まで行ってさとうきび、取ってきました」
「ありがとう。これでまたお砂糖を作れる……」
「月から持ってきていたストックも限度がありますから、作れるときは作らないとですね」
さっきまでここにいなかった光里とフランの二人が行っていたのは、南にある海の向こうの沖縄県。
これから何百年と考えると月から持ってきたお砂糖には頼りきれないので、月美の提案で今はさとうきびから砂糖の手作りも始めていたのです。二人が行っていたのは、その材料集めでした。
縮退炉の超パワーを解き放ったゼクト・オメガにとっては大阪から沖縄までの距離なんて大したものでもなく、空を飛べば片道で一時間もかかりません。
「あ、そうそう。靴がちょっと破れちゃったから、後で誰か直してくれる?」
「わかった。私がやっておこう」
「ありがとう!」
みんなもうサバイバル生活には慣れたもの。日本から天使がいなくなったことで色々な場所に行けるようになった今、六人はこの日本の自然と共に豊かな暮らしを楽しんでいました。
「いただきまーす!」
「肉じゃが美味っ」
「お味噌汁もあったかくていい……」
「なんだか料理のレパートリーも増えてきましたね」
今日の夕飯は、ほかほかの白ご飯に肉じゃがとお味噌汁、そして大根と人参のぬか漬け。月美と悠樹が腕によりをかけて作った料理を囲んで、みんなで楽しいお食事会です。
「醤油が完成して肉じゃが、味噌も作れるようになって味噌汁まで自分たちの力だけで食べられる。随分遠いところまで来た気がするな」
「最初は魚醤だっけ」
「お米と肉じゃが……最高〜っ!」
「頑張れば頑張るほど目に見えて生活が充実していく……。改めて楽しい生活だと、思う……」
最初は月から持ってきていた塩や砂糖のような腐ってしまわない最低限の調味料しかなく、チャレンジとして作ってみた最初の調味料は魚醤でした。それは釣り過ぎた魚を塩漬けにして発酵させただけの簡単なものです。
けれど今は麹菌を自分たちで育てて、お醤油や味噌まで作ることができるようになっています。
「二年前に天使を倒してから日本全国に足を伸ばせるようになったのも嬉しいですよね」
「月には東京と大阪しかなかったから、47もあるなんてびっくりだよ」
「天使はもう少なくとも日本にはいないというのもわかったのも収穫だな」
天使との戦いの後、みんなは基地に残されていた日本地図を頼りに日本のあちこちにまでおでかけするようになっていました。
そこは月の中にアララトとしてこじんまりと再現された東京と大阪だけの小さな日本よりもずっと広い、光里たちの知らない大きな日本。三百年の時を経て廃墟になったその街並みに、みんなは少しずつ足を伸ばしていました。
『ごちそうさまでした!』
そんな日々の暮らしの成果が詰まった和食を美味しく綺麗に食べ終えると、光里たちはお皿を片付けるよりも先にその場でのんびりと夜空を見上げます。
「平和だね」
「平和ですね」
最初に天使と戦ったあの日から、ゼクト・オメガ同士の模擬戦以外では戦いなんて一度もありませんでした。
キラキラと輝く満天の星空と、今も家族が生きている故郷の丸い月を見上げながら。平和を噛み締めて光里とフランが呟く中、小夜子がとんでもないことを言い出します。
「こんな平和な日は、絶好のえっち日和だな」
「いいね〜。小夜子ってば激しいんだから、今日こそ赤ちゃんできちゃうかも♡」
「もうちょいデリカシー!」
気心知れた親友しかいないとはいえあまりにもあけすけな発言とノリノリで乗っかる智実に、悠樹は思わずツッコミ。
そんな彼女のツッコミをひらりと躱し、小夜子は言います。
「フランも光里を誘ってみたらどうだ」
「えっ、私!?」
思わぬ飛び火に驚くフラン。ですが小夜子がフランに声をかけたのは、ちゃんとフランのことを見てのことでした。
「正直あいつの事、結構エロい目で見てるだろ」
「そ、そ、そんなことないですよ!?」
否定できない。図星を突かれたフランは、慌てふためきながら誤魔化そうとします。
「うん、そうだよ。私たちは別にそんなのじゃ……」
「そんなことないです光里さん!」
「どっちだし」
とはいえはっきり違うと言われたら慌てて首を横に振る。フランの気持ちは複雑です。
「悠樹は……私のこと、どう思ってるの……?」
「思わぬ飛び火!」
そしてここに月美も入ってきてなんだかめちゃくちゃなことに。
「カオスなことになってきたな」
「誰のせいだと思ってんの?」
「とりあえず落ち着いて。ほら悠樹、息荒くなってる……」
「ごめん、ツッコミ疲れた」
「えっちの話は置いておいて、明日の作戦会議しよう!」
このままではツッコミのし過ぎで悠樹が力尽きてしまうので、そういうお話はここまで。気持ちを切り替えて、明日の作戦会議の始まりです。
「基地の探索、続きをしたい……かな」
「自給自足ライフの片手間じゃなかなか進まないもんね〜」
「私、本をもっと読んでみたいです」
この二年間ずっとここで暮らしてきたわけですが、基本的にあくまで調べ物は生活の為の日課の片手間に余裕があれば手を付けるくらいでした。
それでも少しずつ世界のことを知ることはできましたが、集中して調べ物をする時間は実はあまり取れていなかったのです。
「なら、明日は早起きして探索の日だね!」
ということで、明日の予定は基地の探索ということに。そうと決まると会議は終わり、みんなでお皿のお片付け。
そしてみんな一緒にコンテナハウスのベッドで眠りにつき、夜が明けて……。
翌日、光里たち六人は全員で図書室にやってきて、それぞれ気になる資料を探していました。
「なんか難しい本多いよね」
「三百年前の人たちが今に残したかったもの全部だもん。私たちじゃわからないこともいっぱいだよね」
「意味全然分かんないのあったらフランかあたしに回してね〜」
「智実。このファイル、わかる……?」
「見せて見せて〜」
みんなで資料を読み漁り、専門的でわからない本があれば知識が豊富なフランか智実に助けを求める。そうして光里たちは、次々といろんな知識を蓄えていきます。
「なるほど。ざっくり言うと核融合炉の作り方だね〜」
「それヤバくない?」
「ま、今は材料も技術もないから無理だけど何百年後かに自前で核融合炉作ろうってなったらお世話になるかもね〜」
「じゃあ大事に置いとかないとじゃん」
この図書室には、人類がこれまで築き上げてきた文明や叡智が、要約されてたくさん残されています。そして智実が読み解いたのは、核融合炉なんてとんでもないものの原理と作り方。
今は手が出るものではありませんが、今後もしかしたら自分たちで核融合炉を作る日が来るかもしれません。その時を考えて、この本は大事にわかるようにして置いておくことに。
一方小夜子は本棚ではなく、机の棚の中から何かを見つけたようです。
「これは……USBか」
「ほんとだ。USBだね」
それは、月でも見慣れたUSBメモリー。文字は霞んでいますが、そこには最重要という文字が書かれています。
「こちらで解析するので、貸してもらえますか?」
「わかった。任せたぞフラン」
「すごいよねフランちゃん。パソコンまで作っちゃうなんて」
「保存状態がよかったので、経年劣化したパーツを共食いで取り替えてナノマシンで軽く修復すれば動いてくれました。そのUSBは前々から気になっていたので」
このUSBはフランが受け取り、調べることに。実はこのUSBのことはフランは知っていて、空いた時間に少しずつパソコンを修理してこのUSBを調べる準備をしていたのです。
「やっぱりふららんはパソコン得意なん?」
「研究室では自作のパソコンを使っていたので、いじるのは慣れています」
月の世界でも特に最高の技術を持つ、月の地表にあるNOAHの研究所で研究員をしていたフランにとって、パソコンの扱いはお手の物。
最重要というからには頑丈なセキュリティなどを予想していましたが、あくまでこのUSBが遠い未来にここに来た人に見せるためのものだったからでしょう。セキュリティなんてものは無いに等しく、あっさりと重要なデータにまで辿り着けてしまいました。
「解析、できました」
「何かすごいの入ってた?」
「これ……相当すごいですよ」
そんな簡単に見られたのとは裏腹に、ここに残されたデータはフランの想像を遥かに超えるもの。ここにいるみんなの運命を、大きく揺るがすものでした。
「試製融合炉搭載超弩級空母ラグナロック建造計画。人類が月に移住するノア計画と並行して残留人類により進められた、もうひとつの人類の希望……」
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