お米を食べよう!

 お日さまの光が降り注ぐ、よく晴れたある日。


「畑の水やり、終わったよ!」

「いい天気で助かるな」

「二人とも、お疲れ様」


 今ここにいるのは光里と小夜子、そして月美。三人は午前の畑仕事を終えると、日陰に座って一息つきます。


「月美、今日の昼飯はなんだ」

「鮎のポテト焼きにしようかなって……」

「あれ美味しいんだよね!」


 月美が今日作ろうとしているお昼ご飯、鮎のポテト焼きは前にも作ったことがあり、みんなからも好評だった料理。三枚おろしにした鮎の身にマッシュポテトを乗せて焼いたもので、旨味が染み込んだマッシュポテトとほぐした魚の身を一緒に食べる一品です。


 以前に食べた味を思い出して、光里は思わずよだれを拭います。


 そんな時、空から何か音が聞こえてきました。


「この音は……」


 響き渡るゴォーッというエンジン音。その音は段々と大きくなって、ここに近付いてきます。


 そして空を見上げると、三つの何かが飛行場に着陸しようとしていました。


「遠征部隊、戻って来たぞ!」

「いよいよだね……!」


 高度を下げ、姿を見せたその三つの何かとは、遠征に行っていた三機のゼクト・オメガでした。無事に着陸するとそれらはコクピットを開けて、コクピットにいたフラン、悠樹、智実の三人を降ろします。


「お待たせしました!」

「やっぱめっちゃあったよ!」

「見よ、この……」


 彼女たちは何をしに遠征に行ったのでしょう。その答えは、三人が乗っていたゼクト・オメガにありました。


「稲だ〜っ!」


 機体にロープでくくりつけられているのは大量の稲、稲、稲。とにかくできるだけ沢山持って帰る為に腕や足、頭などあちこちに稲が束ねてくくりつけられていました。


 今の暮らしの中の食料改革。その第一歩となる、野生の稲集めは大成功です。

 





 とはいえ、採ってきた稲をすぐにお米として食べられるわけではありません。


「しっかり、日の当たるように……」

「こうですかね」

「これで十日くらいだよね」


 まずは竹で組んだ乾燥台で天日干しをして、稲をよく乾かします。


「米が……米が食える……!」

「小夜子、よだれ出てるよ〜」

「米は日本人の魂と言っても過言ではない。その米がここに来てついに食えるんだ。興奮せずにいられるか」


 ついに主食がじゃがいもからお米に変わる。そう思うと今から待ちきれない気持ちですが、今はまだ我慢の時。よだれを飲み込みながら、稲を干す作業をみんな進めていきます。


「あーもう、難しい!」


 そんな中、光里は何やら作業を投げ出してしまいました。


「みつりん、銃を撃つのはめっちゃ上手いのになんでか不器用だよね。なんで?」

「本当、なんでだろう。嫌になっちゃう」


 脱衣場を作った時みたいに、今回もどうやら光里は上手く器用にできないみたい。ロボットの操縦や鉄砲の扱い、戦いに関わることならとっても器用かつ大胆に天才と言って間違いない程の技術を見せる光里ですが、こうした細かい作業は何故だか苦手。


「光里さんのそういうところも可愛くて好きですよ」

「うっ」


 フランにそれを言われると、光里は思わずびくんとしてしまいました。どうやら脱衣場作りの後の出来事を思い出してしまったみたい。


「それはそうと、ついにお米ですか。なんだか感慨深いですね」

「稲作、とは簡単にはいかないのは悔しいけど……」

「でも作らなくてもロボで取りに行けばめっちゃあるからいいよね」

「私たちの知っている日本よりずっと広い日本の、全ての田んぼが野生化している筈ですからね。無駄な収穫さえ避ければ、六人ではどれだけ食べても何百年経とうとなくならないと思いますよ」


 フランの見込み通り、ロボットに乗って日本列島を回ると野生の稲がたくさんありました。これが大人数であればなくなってしまわないように次のお米を育てることなども考えなければいけませんが、たった六人であればその心配はいらないでしょう。今やお米は取り放題です。


「よし、これであとは乾くのを待つだけだね!」

「雨が降りそうな時は格納庫に運びましょう」


 全部の稲を乾燥台にかけたところで、今日の作業はここまで。そして……。






 稲を乾かす作業から十日。


「そろそろ乾いている筈ですね」

「ついにこの日が来たね〜」

「すぐだったような長かったような?」

「脱穀、しないと……」


 大雨が降るようなこともなく、稲が無事に乾いたところで次は稲からお米の入った籾を外す脱穀の作業です。


「でもこれ、全部手作業でやるの?」

「昔の人たちはそうしていた筈ですし、私たちもそうしないと仕方ないかもしれませんね」

「マジ大変じゃん」

「でも、これをすればお米を食べられる……」

「何ともちまちまとした作業になりそうだな」

「持って帰って少しずつやっていこう!」

「それが、いいと思う……」


 たくさんの稲から粒を取り出していくのは考えるだけでも大変な作業ですが、これをすればついにお米を食べられるということで、みんなやる気は満々です。


「でも、どうやって手作業で脱穀をするんでしょうか」

「割ってない割り箸で挟んで落とすのは、聞いたことがある……」

「でも割り箸なんてないよね〜」


 けれど問題は道具がないこと。流石に手でひと粒ひと粒千切っていては、いつまでかかるかわかりません。割り箸もありませんし、一体どうすればいいのでしょう。


「なるほど、わかった。なんとかなるな」

「お、さやちんなんか案あるん?」

「ああ、ある。手伝ってくれるか」

「うん、もちろん!」


 みんなが頭を悩ませる中、小夜子が何かを思いついたみたい。ここはみんな、小夜子の案でやってみることにしました。






「フランちゃん、もう少し上げてくれる?」

「わかりました。気をつけてくださいね」

「これで……」


 まずは下準備から。フランが操縦するロボットの手に乗って、ナイフを片手に光里は木の枝を集めに行きます。


「よし、採れた!」


 そうして枝を何本か集めたところで降ろしてもらうと、他のみんなも枝を持って集まっていました。


「いい感じに太めな枝集めてきたけど」

「私たちも採ってきたよ!」

「これでどうすんの〜?」


 みんなで集めてきたのは、それなりに太い枝たち。ここから先は小夜子の出番です。


「簡単に折れる枝ではダメだが……」


 まずは採ってきた枝の中から使えるものの厳選。軽く枝を曲げてみて、折れたものはその場で捨てて使えるものを探します。


「よし、これならいけるな」


 いい具合にしなる枝を見つけたところで、小夜子はナイフを取り出すと皮を剥ぎ、割り箸くらいの長さに切って縦に切り込みを入れました。


「これで脱穀できるか、試してみてくれるか」

「わかった……」


 早速できたものを月美が試してみます。切り込みに稲を挟んで閉じて、ぐっと引っ張ると、見事パラパラと籾が落ちてきました。


「うん。これなら、簡単にできる……」

「流石小夜子〜!」

「割っていない割り箸の代用なら、確かにこれでできますね」

「いいアイデアだよ、これ!」


 この道具なら手を使うより簡単に脱穀ができることがわかったところで、同じものを人数分作って脱穀作業の始まり。器の中にパラパラと籾を落としていきます。


「今日食べる分はこれでいいとして、毎食これをやるのは効率が悪い。もっと効率的な機材も作りたいところだな」

「これをずらーっと並べて固定しちゃえばいいじゃん」

「なるほど、それなら一気にできるな。その場合枝では耐久性が心もとないが」

「基地や格納庫の金属パーツに使えるものがあるかもしれませんね。今後意識して見てみましょう」

「今日はひとまず手作業で頑張ろう!」

「これ全部ウチの中に持っていっちゃわない?」

「いいね、そうしよう」


 こうすればいいかな、ああすればいいかなと。効率のいい方法を考えながら、六人はひたすらお米作りの作業を続けるのでした。





「思ったよりサクサク進むね〜」

「なんだか楽しいかも」

「先はクソ長いけどね」


 そして一時間経った頃。コツを掴んできたのか六人の仕事のスピードは上がり、いくつかのボウルが籾でいっぱいになってコンテナハウスの中に並べられていました。


「脱穀ができたとして籾殻はどうする」

「マッシュポテトを作るのに使ってた、すり鉢でできる……」

「すり鉢もそんな数ないし、そこそこ脱穀できたら班分けする?」

「稲からお米を外す人と、殻を取る人に分けるんだね」


 ここからは、籾から殻を外して中のお米を取り出す作業。すり鉢が足りないので、分担して作業をしなければいけません。


「お米って、大変なんですね」

「もう一粒も残そうって気にならないよね〜」

「山盛りライスがどれ程贅沢な代物だったか思い知らされるな」


 二年間ずっと食べたかった日本人の生命とも言える主食、お米。月にいた頃は当たり前のように食べていたそれを作るのがどれだけ大変で、たくさん食べるのが贅沢だったのかを。

 光里たちは痛くなった手で、ひしひしと感じることができたのです。





 そしてその夜、ついに……。


「でっきたぁ〜!」

「玄米ご飯……ご飯!」


 お鍋で炊いた玄米ご飯が、ほかほかの湯気を上げていい香りを漂わせながらみんなが囲むテーブルへと姿を見せました。


「おかずも作った……」

「チンジャオロース!?」


 そしてご飯のお供にと月美と悠樹が作ったおかずの数々。ご飯に合う佃煮や鶏肉の甘辛炒め、そして光里が待ち望んでいたチンジャオロースなどが、ご飯のお鍋を囲むようにテーブルに並べられました。


「よかったですね、光里さん」

「やばい、うち泣きそうだわ」

「おかずと一緒に米を食う……。とうとうここまで来たんだな」


 ここに来るまでの二年間、光里たちの主食は常にじゃがいもでした。ふかし芋やマッシュポテトをおかずと一緒に食べるのも悪くはなかったですが、やっぱりみんな日本人。心の中ではお米がずっと食べたかったのです。


「みんな、冷める前に……」

「そうだねっ」

『いただきまーす!』


 早速みんなで手を合わせて、いただきます。それぞれ手元のお茶碗にご飯を盛り付けると、鍋肌についていた部分には香ばしいおこげもついていました。


 地球に来てから一番の贅沢。何のおかずもなしに、みんな一緒に最初の一口をぱくりと頬張りました。


「お米……お米ですよこれ……!」

「白米より粘りがないっていうかパラパラしてるけど、ちゃんとお米だね〜」

「マジで美味いってか、人生で一番美味いんですけど」

「んーっ、幸せー!」

「この茶色いひと粒ひと粒に、幸せが詰まっているようだ」


 そしてしっかりとその味を、幸せと共に噛み締めます。玄米なので白米よりはもっちりしていなくてパラパラしていますが、白米よりも栄養たっぷりのひと粒ひと粒を、みんなは心から幸せそうに味わっています。


「チンジャオロースも美味しいー!」

「うわぁ、この佃煮なんだかすごく懐かしい感じ〜」

「おばあちゃんの、秘伝。ある材料でできるように、応用はしたけど……」

「これは米が進むな。おにぎりに入れても良さそうだ」

「うちが作ったチキンはどうよ」

「焼鳥ほど甘くなくて、甘じょっぱい味がお米と合わさって美味しいです」

「よっし!」

「甘辛チキンに佃煮。米があるだけで、こんな味が濃い物も美味しく食べられると思うと、有り難みがすごいな」


 ついにお米を食べられるようになって、より一層暮らしが豊かになった光里たち。


 そして、時は流れ……。

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