私たちだった理由

「あなたたちに投与されるナノマシンは説明したように、ゼクト・オメガの機体に組み込まれたナノマシンによる擬似神経にアクセスする為に必要なものとなります」

「専門用語が多いSFは嫌いじゃないが、実際に直面すると困るな」

「頭ぐちゃぐちゃーってなるんですけど」

「気持ちはわかるけど、ちゃんと聞いていてね?」


 六人だけの学校生活にも少しずつ慣れてきた頃。みんなは教室で、ナノマシンという機械についての授業を聞いていました。


 ナノマシンというのは化学成分ではなく細菌のように小さな機械のことで、近いうちに六人全員の身体の中に入れられることになっています。少し難しいお話ですが、自分たちの身体のことでもあるのでとても大事なお話です。


「フランちゃんのおかげでわかりやすいよ」

「開発に携わっているので、これくらいは」

「後で、教えてくれる……?」


 みんな難しいお話でちんぷんかんぷんですがただ一人、フランだけは完璧に内容を理解しています。というより、最初から知っていました。


 ナノマシンを作ったうちの一人なので、知識で言えば今話してくれている沙織さん以上。そんなフランに隣で教えてもらいながら授業を聞くことで、光里も上手く理解できてきています。


「副次効果としては身体機能の補強及び補助や体内に侵入した病原体の破壊などがありますが」


 ナノマシンの主な目的はロボットを動かすことですが、他にも色々な効果があるのでその説明が続きます。ですがなんだかすごいなぁと聞いていたみんなの耳に、聞き捨てならない言葉が入りました。


「もっとも大きな要素として、定着した時点で老化が停止することが挙げられます」

「はい!?」

「先生、マジで歳取らなくなるんですか!」

「ええ。理論上は何万歳になっても今の10代の若々しい姿のままになるわ」


 老化の停止。なんとナノマシンを入れると、今の姿のままで歳を取ることなく何万年も生き続けられるというのです。不老というスケールの大きなお話に、場は騒然としました。


「ならどうして先生は使わないんですか〜」

「容赦ないわね」


 そんな中智実がふざけてした質問に、沙織さんはため息をつきながらも答えてくれます。


「でもいい質問よ。使えるものなら使いたいけど、ナノマシンは現状誰にでも使えるわけではないの。主に二つの問題のせいでね」

「二つの問題?」

「まず一つは年齢。ナノマシンを投与して安全に身体に定着させられるのは20歳未満まで。だからこの時点で私の永遠の若さという夢は潰えましたね畜生」

「先生〜、目が死んでま〜す」

「そして次に適性。同じ10代でもナノマシンがより良く定着できるかどうかには個人差があります。これは健康診断などの各種データから計算可能ですが、これがあなたたちが計画に選ばれた最大の理由です」


 年齢と、ナノマシンと身体の相性。その二つの理由により、ナノマシンは誰にでも使えるわけではないのだと言います。ナノマシンが若い子にしか使えないというのが、地球を取り戻すという危ない作戦に自分たちが駆り出される理由なのだろうとみんな納得しました。


「質問だ」

「何かしら」


 そんな中、小夜子が手を上げました。智実と並んでふざけている事が多い小夜子にどんな質問をされるのだろうと少し緊張しながら、沙織さんは小夜子の質問を聞きます。


「ナノマシンの適性は日系の女子にしかないのか?」

「鋭い質問ね」


 ですがその内容は全くふざけていない、それどころかとても重要なところを突く質問でした。


 ここにいるのは、ハーフやクオーターはいれど日本人という枠組みに入る、それも女の子ばかり。日本人の血を引いた女の子でないとナノマシンは使えないのか。そう小夜子は考えたのですが、本当のところはそれとはまた違うものでした。


「結論から言うと、ナノマシンは全ての人種で男女問わず定着可能です。しかしそれでもここに日系の女性ばかりが集められた理由は別にあります」

「別の理由……?」


 ナノマシンに人種や性別は関係ないみたい。それならどうして、ここには日本人の女の子という偏ったメンバーが集められているのでしょうか。その答えが、これから明かされます。


「アララト中の全ての学生を対象に検査を行った結果、最も適性が高いのは茅瀬光里ちゃん、あなただとわかりました」

「えっ、私!?」

「おめでとうございます」

「そこから地球での生活における人間関係を鑑みて、光里ちゃんと同性かつ同一文化圏で適性上位五人が選出されました。それがあなたたち六人が選ばれた理由です」 


 世界で一番ナノマシンとの相性がいい人間が光里で、その光里に合わせて他のメンバー五人が選ばれたというのです。


「なるほど。確かにいきなり外国人と仲良くなれと言われても何を話せばいいかわからないからな。それどころか言語が通じるかも怪しい」

「女子だけなのは、痴情のもつれで仲間割れとかしないようにだったりするわけ?」

「理解が早くて助かるわ」

「それで日本人の女の子しかいないんだ」

「私はハーフですが日本国籍なので、そうなりますね」


 一年でお互いに言葉もわからない外国の人と仲良くなることは難しいですし、男の子がいれば恋愛関係で仲違いを起こしてしまうかもしれません。


 この為に、ここには日本人の女の子ばかりが集められていたというのです。






 ナノマシンの授業が終わった後の、10分間の休憩時間。みんなはこれまでの授業の感想を語り合っていました。


「なんだろうな。ここの授業を聞いていると、SF小説か何かの解説をされている気分になる」

「確かに現実味は薄いですよね」


 形こそ学校の授業に近いですが、その内容はまるで物語のような現実味のないものばかり。けれどそのどれもが現実で、これから六人が向き合っていかなければならないことなのです。


「私が、みんなを巻き込んじゃったのかな……」


 そして光里は、この六人が選ばれた理由を知って思い悩んでいました。一番適性のある自分に合わせてみんなが選ばれたのなら、自分がみんなを戦いに巻き込んでしまったのかなと。


 ですがそんなこと、みんなは全く気にしていませんでした。


「巻き込んだとかそういうのはやめにしない?」 

「普通に生きてたら、永遠の命を手に入れて巨大ロボで地球を救いに行くなんてあり得ないからね〜」

「いやそれはあり得なさ過ぎるっしょ」

「だが事実だ」


 不安がないといえば嘘にはなります。けれど月面にまで来て世界の真実を知ったことや、ロボットに乗って地球を救いに行くこと。これから得られる経験は、普通に生きていてはあり得ないものばかり。


「まあそんなわけだしさ。一緒に楽しんじゃお」

「うんっ!」


 確かにこの先は大変かもしれないけれど、それでも楽しんでいこうと。にへらと笑って差し伸べた悠樹の手を、光里は弱々しくも取って握りました。


 私はここにいていいんだと。友達でいていいんだと。そんな喜びと希望を胸に抱いて。

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