放課後とこれから
「それでは今日のオリエンテーションはここまで。明日からは一日四時間の授業をしていくわね」
一通り説明を終えたところで、チャイムが鳴って初日のオリエンテーションはこれにておしまいです。
「チャイム、スマホから鳴るんだ」
「仕方ないでしょう、元々ここ学校じゃないんだから」
悠樹がツッコミを入れたのは、チャイムが放送ではなく沙織さんの携帯電話から流れたこと。なんだか締まらないけれど、ここは学校ではなく研究所。放送にチャイムなんてないので、携帯のタイマーで鳴らすしかないのです。
「教室も好きに使っていいからね。ごゆっくり」
最後にそう言って沙織さんが教室から出ていくと、ここから先は放課後。六人の女の子たちの自由時間が始まります。
「地球に行ったら私たち全員記憶喪失かぁ」
早速おしゃべりが始まりますが、やっぱりみんな気になるのは記憶について。自分たち六人が友達だという記憶を残して、他のここで過ごした記憶が全て消えてしまうというのですが、みんなまだ実感はありません。
「どんな感じになるのかな〜」
「多分、漠然と私たち六人がお友達という情報だけが残されるんだと思います」
「随分詳しいんだな」
「NOAHの研究員もしていたので、それなりに」
他の五人よりも先にヨナ計画に協力していたフランは、記憶が消えてしまうことについても知っていました。
中学一年生という歳でノアの研究員という経歴にはみんな驚きですが、おかげでフランはみんなよりは二歩三歩先までヨナ計画の知識を持っています。わからないことはフランに訊いて教えてもらおうと、この時みんな思いました。
「していたってことは、今は違うの?」
「ヨナ計画の実働部隊に選抜されたので、こちらに専念する為に研究からは外されました」
ですがそんなフランも、今は研究員ではありません。ヨナ計画の実働部隊に入った以上、もうここで大好きだった研究を続けることはできないのです。
「でも、光里さんがいるので今はとても幸せです」
それでも今のフランはとっても幸せそう。車椅子に座る光里にべったりとくっついて甘えて、光里もそんなフランを嬉しそうに撫でて。二人は本当に仲良しさんです。
「光里とフランってすっごい仲いいよね。幼馴染とか?」
「一週間くらい前にお友達になったばかりですが?」
「それでその距離感!?」
「フランちゃん、すごく甘えん坊なの」
身体をくっつけ合い、まるで恋人のようにも見える仲良しっぷりですが、これが出会ってまだ一週間と聞くとみんなびっくり。
「なんか急に友達になれって言われて、なにそれってなったけどさ。この二人見てたら何とかなる気がしてきたわ」
「同感だな」
「一週間でこれなら一年もあればあたしたち全員大親友だよね〜」
ですが二人を見て、自信もついてきました。初対面だった光里とフランが一週間でここまで仲良しになれたのなら、一年あればここにいる六人全員が親友になれるよねと。
「じゃあさ、うちがみんなにあだ名つけていい?」
「あだ名か」
「うち、仲いい友達はあだ名で呼ぶんよ。だからまずは形からって思ってね」
「あだ名欲しいっ!」
「私も、欲しいです」
「じゃあ二人は……」
友達ということで、悠樹は早速みんなにあだ名をつけていくことに。まずは光里とフランにつけることにしました。
「みつりんにふららん!」
「友達にあだ名で呼んでもらうの初めてっ!」
「ふららん……ありがとうございます」
みつりんとふららん。初めて友達に付けてもらったあだ名に、光里とフランは大喜び。続けて小夜子と智実にもつけていきます。
「そっちはさやちんとさとみんでいい?」
「構わんが、生憎チ○コは付いてないぞ」
「いや、そういう意味じゃねーし!」
「あたしはおっけ〜」
少し良くない発言があったものの、小夜子と智実のあだ名はさやちんとさとみんに決まり。
「あとは……」
「あっ、あの……」
「月美ちゃん、だよね」
「……はい」
残る一人は、話に入りづらそうにお部屋の隅で静かにしていた月美です。それならこれしかない。悠樹が彼女のあだ名を決めるのはすぐでした。
「じゃあつくみんで! よろしくね、つくみん!」
つくみん。月美のあだ名はつくみんに決まりました。悠樹は早速あだ名で呼びながら手を差し伸べますが、月美はその手を取るのを躊躇っているみたいです。
「その、私、友達とか苦手で……」
「だったら無理して入ってこなくていいから、うちらがつくみんの興味ある話でもしてたらいつでも入ってきてね。歓迎するからさっ」
そんな彼女に、悠樹は無理にとは言いません。まだ時間は一年もあるのだから、興味があって入りたいときにみんなの輪の中に入って来ればいい。そう考えて悠樹は、今のところは手を引きました。
「あの陽キャ、人格者のオーラを感じるな」
「ジメジメしたオタクのあたしたちとは大違いだね〜」
悠樹のその相手を思い遣れる様子を見ていた小夜子と智実は、思わずそんな言葉を口にしました。自分のことを日陰者だと思っている二人にとっては、悠樹の姿はとても眩しく見えたのです。
「なんだか上手く行きそうっ」
「賑やかで楽しくなりそうですね」
一方光里とフランは、これからの毎日への期待をよりいっそう強めてわくわくで胸がいっぱい。この六人なら、きっと上手くいく。そこに疑いなんて、ひと欠片もありませんでした。
空の様子はあまり変わりありませんが時計の針が夕方の時間を指した頃、光里とフランは自分たちのお部屋へと帰りました。しかし……。
「私たちのお部屋って、ここでしたよね?」
「うん、多分……」
「こんなに広かったですかね」
扉を開けるとその向こうはこれまでの二人部屋ではなく、それよりずっと広いお部屋が広がっていました。
「あれ、うちの部屋って……」
「もしかしてみんなこの部屋か?」
困惑する二人の後ろに、悠樹や小夜子たち四人もやってきました。
「ベッドは……六つありますね」
「大部屋だ〜」
どういうことかはわかりませんが、二人部屋だったお部屋は教室から戻ってくると六人部屋になっていました。これはきっと、これからはこの六人で同じ部屋で過ごすようにとのことでしょう。
「お、お邪魔します……」
みんな次々とお部屋に入って、最後に月美が遠慮がちに入ります。そして光里とフランが使った形跡のある手前のベッド二つは避けて、みんなそれぞれベッドに飛び込んだり座ったりしました。
「わ〜い、ベッドふかふか〜!」
「この感じ、昔入院した時を思い出すな」
「確かに病院のベッドって感じだよね。うちは経験ないけど」
家のベッドではなかなかないようなふかふか具合に、みんなは大喜び。しかもこのベッド、全てリクライニング機能まで付いていました。
この研究所は医療機関の類でもあるので、きっと病院に使われるようなベッドをここにも使っているのでしょう。
「なるほど、壁が上に上がって収納されるようになっていたんですね」
「あ、本当だ」
「謎に凝ってんじゃん何」
そしてフランは辺りを見渡して、突然大きくなったお部屋の真相に気が付きました。教室に行く前、部屋を出たときにはあった壁がまるでシャッターのように、天井に収納されていたのです。気付いてみれば、とても簡単な仕掛けでした。
これから六人はこのお部屋で寝食を共にして、一年間で友達にならなければいけません。しかし……。
「ここで一年一緒に過ごして全員友達になれというわけか」
「まあぶっちゃけなんかもう友達感あるっちゃあるけどね」
「うん、なんだかもうお友達になれた感じがするっ!」
一日目の今日にして既にそれなりに打ち解けてしまい、みんなに焦りや不安は特にありませんでした。この調子なら大丈夫そうですね。
「光里さん、ベッドに移りますか?」
「そうだね。手伝ってもらっていい?」
「あ、うちも手伝うわ」
「ありがとうございます、悠樹さん」
お部屋に帰った時点でしないといけないのは、一人ではベッドに戻れない光里を寝かせること。フランはパワーアシストを身に着けて準備して、悠樹もお手伝いに入りました。
こうして光里たち六人の新しい日常が。一年後には忘れてしまう、かけがえのない毎日が始まったのです。
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