スムパをしよう

 今日はついに、みんなの身体にナノマシンを入れる日。なのですが……。


「真っ裸でこのカプセル入んの? 注射じゃないん?」

「アニメでたまに見るやつだ〜」

「まさかこれを体験できるとは」

「ちょっと、恥ずかしい……」


 やってきた部屋に置かれているのは、人が入れるサイズの大きなカプセルが六台。そしてそこにみんなは、バスタオル一枚の姿で集められていました。


「平気ですか、光里さん」

「私は全然平気!」


 心配して光里に声をかけたものの、そんなフランの方が顔を赤くして恥ずかしがっているみたい。


「内側から叩き割って脱走する実験体ごっこしようぜ〜」

「いいなそれ。やるか」

「しないでね!?」


 そして智実と小夜子の二人はアニメや漫画で見たような装置を前に、とっても乗り気のようです。


「投与だけなら注射でもできるんだけど、定着させるのにナノマシンを活性化させる特殊な電磁波を二時間ほど全身に浴びる必要があるの」

「このカプセルの中で寝とけば身体に馴染むってこと〜?」

「そうね。そう考えてもらっていいわ」

「でもこの中で二時間は暇そうだな」

「二時間で目を覚ます弱めの麻酔ガスが注入されるから、あなたたちにとっては一瞬で終わるはずよ」


 光里たちがすることは、二時間の間このカプセルで眠るだけ。その間に裸の全身にナノマシンを働かせる専用の電磁波を浴びて、体に馴染ませるのです。


「また後でね、みんな」

「なんだかドキドキしますね……」


 光里は沙織さんの助けを受けて、みんなバスタオルを外して裸でカプセルの中に寝転がると、カプセルの蓋が閉じて音声メッセージから流れ出しました。


【これより麻酔ガスの注入を開始します。力を抜いて、楽にしてください】


 そしてそのメッセージから少しして、目の前が真っ暗に。眠いと感じるよりも先に、みんなの意識は闇の中に沈みました。








「あれ?」

「えっ、もう終わり……?」


 気がつくと、もうカプセルの蓋は開いていました。あまりにもすぐに感じたので、みんな思わず驚いてしまいました。


「安心して。もう二時間経ったわ」

「時間飛んだってくらい一瞬だったんですけど」


 みんなが感じた時間は本当に一瞬でしたが、きちんと時間は二時間経っていたみたい。この感覚が、睡眠と麻酔の違いなのです。


「私たち、どうなったの……?」

「ナノマシンをいきなりフル稼働させると拒絶反応の危険もあるから、今は定着する為の準備段階で何も起きていない筈よ」

「急に動かすと身体がびっくりしちゃうってことだね〜」


 ナノマシンが身体の中に入りましたが、今のところはまだ何も起きないそう。


「あと光里ちゃん」

「なんですか?」

「このナノマシンは、ラビットシンドロームの対策としても研究されているものなの。だから普段からあなたの体内のナノマシンのデータを取らせてもらうけど、構わないかしら」

「はい、協力するって決めましたからっ」


 ただしラビットシンドローム患者の光里は、治療法を探す為にナノマシンによるデータ集めがもう始まるみたいです。それについては光里はどんな協力もしようと思っていたので不満はありません。


 こうして、一回目のナノマシン施術は何事もなく無事に終わったのでした。







「もう放課後かぁ」

「午前の四時間しかない上に二時間は麻酔で寝ていたからな」

「みなさんは放課後、どうなさるんですか?」

「それなんだけどさ」


 ナノマシン施術の後の二時間の授業も終わり、放課後に。これからどうするか考えていたところ、悠樹に何か考えがあるようです。


「みつりんってどんなの食べれんの? いつもお粥とかリゾットばっか食べてるけど」

「そういうの以外は難しいかなぁ」

「基本的に流動食に近いものに限られますね」

「そっかぁ。じゃあみんなで喫茶店とかはきついよね」


 悠樹はみんなで喫茶店に行ってみたいと思っていましたが、光里は食べられるものもとても少ないのでそれは少し難しそうです。


「どうせなら皆で同じものを、だな」

「でもどうしよっか〜」

「ごめんね、私の為に……」

「いやいや、いいっていいって」

「あ、あの……」


 みんなで食べて満足できるものは何か。みんなが頭を悩ませる中、手を挙げたのは月美でした。


「つくみん、なんかあんの!?」

「スムージーなら、みんなで作って飲めるかな……」

「それだ! みつりんスムージーは飲める!?」

「甘くて好きだよ、スムージー」

「これは決まりか」


 スムージー。それなら噛む力や飲み込む力がとても弱い光里でも飲めますし、みんなもきっと楽しめますね。


「それじゃあ今日はスムージーパーティー、略してスムパだぁ〜っ!」


 こうして今日の午後の予定は、スムージーパーティーに決まりました。






 そうと決まれば早速エレベーターで月面からアララトへ降りてお買い物へ。ちょっと奮発して、スーパーではなくちょっぴり高級な青果店にみんなでやって来ました。奮発と言っても、お金はノアが出してくれるのですが。


「それじゃ、入れたいフルーツ片っ端から買っていこー!」

「あたしみっかん〜!」

「いちごも美味そうだ」

「私は冷凍のブルーベリーがいいなと。光里さんは何か好きなフルーツはありますか」

「桃がいいかなぁ」

「桃、いいですね」


 早速みんなそれぞれ、好きなフルーツをどんどんカゴに入れていき、光里が欲しいものはフランに取ってもらいます。


「つくみんも遠慮しないで……」


 そんな中、引っ込み思案の月美はまた遠慮してしまっていないかなと。悠樹は心配して声を掛けますが……。


「ってめっちゃ入れてる!?」

「スムージーを作るならバナナは万能だから、たくさん買っておかないと足りなくなる。それと牛乳は必要で、バニラアイスやヨーグルトも入れると違った感じの味に……」

「月美の奴、いつになく燃えてるな」


 他の誰よりも熱くなって、夢中でカゴに物を詰め込んでいました。月美のカゴはもちろんみんなよりもずっといっぱい詰まっています。


「まさか友達と外にお買い物に行けるなんて……」

「何かあったら私や皆さんがついているので、安心して楽しんでくださいね」

「ありがとう、フランちゃん」


 光里とフランにとっては、これは初めての友達とのお出掛け。このひとときを、彼女たちは心の底から楽しみました。


 ですが本番は、まだまだこれからです。






「スムパはっじめよーう!」


 月面にあるみんなのお部屋に戻ると早速機材を並べて、悠樹の合図でパーティーの始まりです。


「でもいいのか、光里?」

「えっ、何が?」

「私らは菓子を買ってきてしまったが、お前は食べられないだろう」

「主役のスムージーは一緒に飲めるし、私の為に妥協してもらうのもなんだかちょっと嫌かなって」

「いい子やで光里は〜」


 光里は食べられませんが、みんなで食べるお菓子も抜かりなく準備していました。最初はみんな光里に気を遣っていましたが、せっかくならという光里の声で後から買い漁ったものです。


「スムージー、作ろう……」

「はりきってますね、月美さん」

「急速冷凍機も借りられたから、氷無しで濃厚に作れる……」


 ミキサーや冷凍機などの機材も貸してもらい、月美は今までにないくらいはりきっているみたい。すぐにでも作りたそうです。


「うちらも手伝えることある?」

「ならいちごのヘタを取って、大きめのフルーツは切ってくれる……?」

「マンゴーってどうやって切るんだ」

「そのまま食べるわけじゃないから、適当にぶつ切りで……」


 そんな月美をお手伝いする為に、みんなはナイフでフルーツを切っていきます。


「このナイフ、凄い切れ味ですね。りんごも簡単に切れてしまいます」

「地球行きの時には持たせてくれるという話だったな。どうやら鹿を捌いたりなどにも使えるらしい」

「ガチ中のガチじゃん」


 使っているナイフはとても持ちやすくて、簡単に切れてしまいます。このナイフはいずれ地球にも持って行くものらしく、手を切らないように気をつけなければいけませんがその性能は普通に売っているものとは比べ物になりません。


「あ、これならみつりんもいけんじゃね?」

「やってみたい!」

「ちょい待ってて」


 このナイフなら、気をつければ光里でもフルーツを切れるはず。閃いた悠樹は桃の皮を向いて半分に切り、種を取ってまな板と一緒にベッドの備え付けテーブルの上に置きました。


「よし、じゃあこれをもっと細かく切っていこうか」

「や、やってみるね」


 パワーアシストグローブを身につけて光里は緊張しながらナイフを握り、ゆっくりと桃にナイフを入れました。そして……。


「切れた!」


 光里もまた無事にフルーツを切ることができました。またも初めての体験に、光里は大喜び。


「できたぁー!」

「後はこれを袋に入れて急速冷凍機に……」


 その後みんなもフルーツを切り終わると、月美は切ったフルーツを種類ごとに袋に入れて急速冷凍機に入れ、スイッチを押しました。


「10分でできるものなのか」

「本当なら30分らしいけど、この為に細かく切ってもらったから……」

「なるほど、確かに細ければ凍るのも早いですね」

「今のうちにナイフ洗っとこ〜」


 フルーツが凍るまではあと10分。それまでにみんなでナイフやまな板を洗います。


 それから10分後。急速冷凍機を開けてみると……。


「ちゃんと凍ってる……」


 みんなで細かく切ったおかげで、フルーツはちゃんとカチカチに凍っていました。これでスムージーを作ることができますね。


「じゃあ早速作っちゃう?」

「まさか六台もミキサー貸してくれるなんてね〜」

「一人ずつ好きなのを作って、みんなで飲み合いっこしようよ!」

「みつりん、ナイスアイデア」


 借りたミキサーは一人一台。ということで、光里のアイデアでみんなそれぞれ作ったものの飲み合いっこをすることになりました。


「光里、どれ使いたい」

「それなら、えっと……」

「私はこれと……」


 そうと決まればみんな好きなフルーツを選んでミキサーに入れて、スムージーを作り始めました。


「作品発表ー!」

「光里テンション高いね〜」

「こんなの初めてだからついはりきっちゃって」


 そしてみんなのスムージーが完成すると、ついに作品発表。特に光里はとてもはりきっているみたいです。


「じゃあ順番はみつりんからでいい?」

「うんっ」


 というわけで、最初に発表するのは光里からになりました。


「私が作ったのは白桃だよ」

「飲んでみて、いい……?」

「どうぞどうぞー」


 光里が作ったのは、白桃のスムージー。早速六人分コップに注いで、みんなで飲んでみます。


「うむ、美味い」

「これ白桃だけじゃないよね」

「そうそう、りんごもちょっと入れてみたの。どうかな」

「りんごのおかげか白桃だけよりすっきりしていて美味しいです」

「風邪の時でもいくらでも飲めそうな優しい味だ」


 そしてみんなそれぞれ感想を一言。とても優しい味で大好評です。


「なら次は私が」


 光里の次はフランが出すようです。彼女は果たしてどんなスムージーを作ったのでしょうか。


「私はミックスベリーヨーグルトにしてみました」

「王道でいいセンスだね〜」

「ではいただこう」


 フランが作ったのは、ミックスベリーヨーグルトスムージー。なんだか美味しそうですが、その味は……。


「バナナも入れたの……?」

「はい。ベリーとヨーグルトだと酸味が強いので、甘味をと……」

「美味しいじゃん。バナナのおかげで飲みやすいし」


 隠し味にバナナで甘味を足して、甘酸っぱくとても飲みやすい味に仕上がっていました。フランのスムージーもまた好評です。


「次はうちいい?」

「悠樹はどんなのかなぁ」

「うちのはこれ、マンゴーバナナスムージー!」

「甘ったるそうだが……」


 その次、悠樹の作品はマンゴーバナナスムージー。小夜子の言うように甘味が強そうですが、果たして美味しくできているのでしょうか。コップに注いで、みんなで飲んでみることに。


「美味しい! なんか酸味足した〜?」

「キウイをちょびっとね」

「うん、美味しい……」

「これ私好きかもっ」

「甘くて美味しいです」


 甘過ぎないかと心配されていたものの、飲んでみるととても美味しいスムージーでした。キウイの酸味が足されて甘過ぎない味に仕上がっています。

 特に光里はとてもお気に入りのようで、すぐに飲み干してしまいました。


「次あったし〜!」


 悠樹の次は智実の作品。一体どんなものを作ったのでしょうか。彼女が出したのは……。


「どうぞ、バナナスムージーで〜す」

「普通!」


 ものすごく普通な、何の変哲もないバナナスムージーでした。


「甘い。普通に美味い」

「なんだか安心する味だね」

「飲むバナナといった趣ですね」

「いいと、思う……」


 その味はまるで飲むバナナ。バナナの味としか言いようがないバナナが全ての味ですが、それ故の安心感もある一品に仕上がっていました。


「次どうする?」

「私の力作は最後にしたいな」

「じゃあさやちんラストで、次つくみんいい?」

「わかった……」


 次は小夜子が最後がいいということで、月美が発表することに。一番気合が入っていた彼女が作り上げたのは……。


「ミックスジュース、どうかな……」

「おお〜」

「王道だが作れと言われるとわからんやつだな」


 王道の黄色いミックスジュース。見た目もスムージーの王道とも言えるミックスジュースのそれですが、お味はいかがなのでしょうか。みんなで飲んで確かめてみます。


「うわ、美味っ」

「何これ、すごく美味しい!」

「お店で飲むよりも美味しいですねこれ」

「オリジナルでフルーツをブレンドしてみたの……」

「ガチだ。この子ガチだよ〜」


 その味は甘味と酸味のバランスがとてもよく複雑ながらもまとまっていて、まさにお店以上。料理が上手いというだけはあり、月美のオリジナルブレンドのミックスジュースはとっても絶品でした。


「最後は私だな。見るがいい、私の渾身の力作を」


 そして最後は小夜子の作品。力作だから最後にしたいという程のスムージーとは一体、どんなものなのでしょうか。期待が集まる中、彼女が出したのは……。


「いちご牛乳だ」

「いちご牛乳」

「いや、スムージーじゃねぇッ!」


 思わぬものが出てきて智実は思わず繰り返し、悠樹はツッコミました。見た目からしてもスムージー感のない、サラサラとした普通のいちご牛乳です。


 スムージーかどうかはとても怪しいですが、大切なのは美味しいかどうか。違和感はありつつもみんなひとまず飲んでみることに。そのお味は……。


「めっちゃ美味いのが腹立つ!」

「もしかして、はちみつ……」

「お、正解だ」

「スムージーかどうかは別として、とても美味しいです」

「なんだか癖になりそうだよね〜。スムージーかどうかは別として」

「こんな美味しいのを作るなんて、小夜子すごい!」


 はちみつを使った甘さ控えめのいちご牛乳。スムージーらしさは全く無いですが、その味は大好評でした。


「まあスムージーではないが」

「ぶっちゃけやがった」


 その後でスムージーではないと小夜子自身が白状してしまいましたが。


「光里、白桃もっともらっていい〜?」

「私マンゴーバナナもっと飲みたいなぁ」

「ポテチ開けるよー」


 その後はお菓子も開けてたくさん作ったスムージーを飲みながら、みんなでパーティーを楽しみました。まだこの暮らしが始まって長くはないですが、六人の絆はきっと前より深まったことでしょう。

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