農業をはじめよう

 みんなで脱衣場を建てた翌日。


「シャワー空いたよ。次誰行くー?」

「私が行こう」

「行ってらっしゃ〜い」


 シャワーを浴び終わった悠樹が部屋に戻ってきて、入れ替わりに小夜子が浴びに行きました。そして悠樹は自分のベッドに座り、ドライヤーで髪を乾かし始めます。


 ちなみにこのドライヤーやコンテナハウスの電気は、外にあるロボットからもらっていますが、未だにロボットのエネルギー残量は満タンの百パーセントから動きません。一体どんな電源を使っているのかはわかりませんが、今の所電気に困ることはなさそうです。


「脱衣場、作ってよかったね」

「はい。プライベートな領域がしっかり守られている安心感があります」

「前まではここですっぽんぽんになって外出てたからね〜」

「あると、落ち着く……」


 脱衣場、作るのは大変でしたがやっぱりみんな作ってよかったみたい。脱衣場を作るまではここで裸になっていたのですから、これは大きな進歩でしょう。


「それにしたってすごいよね。ついこの間まで学校に通う普通の女の子だった私たちがおっきいロボットを操縦して、こうやって自分たちで簡単な建物まで作っちゃったなんて」

「そう言われると、不思議ですよね」

「やってみたらできちゃったって感じ?」


 つい何日か前までは、普通の街で便利な道具に囲まれながら当たり前のように暮らしていた普通の女の子だったのに。色々と満ち足りていなくて誰も何もくれないこの環境に来てみれば、簡単なものですがみんなで建物すら作れてしまいました。


 あの頃の私たちに、こんな事ができたかな。ついそんな事を考えてしまいます。


「恵まれてたら気付かないけど、案外人間って元々誰でもこういう事ができちゃう生き物なのかもね〜」

「そうですね。だから人類はここまで発展する事ができた。そうかもしれないです」

「うぅ、なんだか頭のいい二人がハイレベルなお話してるよぉー」


 そして智実とフランが何やら難しいお話を始めて、光里が混乱し始めたところで、シャワーを浴び終わった小夜子が戻ってきました。


「シャワー、上がったぞ」

「なんで裸!?」


 何故か、首にタオルをかけただけの裸の姿で。


「いや、あまりに天気が良くて風も気持ちいいからな。もう少し外で日を浴びようかと。そういうわけだからまた後で」


 小夜子はそう言いながら服を自分のベッドの上に置くと、裸のまま外に出ていってしまいました。


「さやちんには脱衣場は意味ないっぽい?」

「まあそう言ってはいましたからね……」

「でも、あれは……」

「小夜子、前まで引きこもりの日照不足だったからね。きっと人目を気にしないで浴びられる日光にハマっちゃったんだよ〜」

「あはは……。次、浴びてくるね」


 あまりの小夜子の自由さに、呆れながら光里たちは笑いました。確かにあの子はちょっと変わった感覚ですが、外には誰もいませんしきっと大丈夫でしょう。


 シャワーは空いたということで、次は光里が浴びに行くことに。彼女は着替えを持って、みんなで作った自慢の脱衣場へと向かっていきました。






「それでは今日の作戦会議を始めまーす!」


 シャワーを浴びて冷凍ピザの朝ごはんも食べて、みんな揃って準備ができたところで、今日の作戦会議の始まりを光里が宣言しました。


「昨日みんなで頑張ったおかげで、脱衣場が出来てシャワーが快適になりました。まずはお疲れ様です!」

「となると、次はアレかな〜?」

「他にやりたい事があったら遠慮なく言ってね。それで、私からの提案だけど……」


 昨日は悠樹からの提案で、みんなで脱衣場を作りました。そして結果は大成功。


 みんなにも自信がついたところで、光里はいよいよ大きなプロジェクトを提案します。


「畑、作ろう!」


 そう、みんなで畑を作るのです。


「畑ができれば加工食品ではない新鮮な食材を食べられるようになりますし、是非とも成功させたいですね」


 フランの言うように、今は即席食品に頼っている食生活も、自分たちで野菜を作れるようになれば、味も栄養もとても豊かになります。「生活」をここですると決めたのなら、これは何としても成功させなければなりません。


「土を耕すのもロボ使えるんじゃない〜?」

「でも、育て方は……」

「言われてみればわからんな。土に埋めて水をやれば育つ、と言う程簡単でもあるまいし」


 けれどそれには課題もあります。土を耕すのはロボットである程度楽にできますが、カプセルの中の種の育て方をここの誰も知らないのは問題です。


「それなら、わかると思います」

「フランちゃん、そんな事も知ってるの!?」

「い、いえ」


 ですがフランには、どうやら心当たりがあるみたい。


「基地の司令室には、シュリンクされた本が多くありました。多分、後からここに来た人に読ませる為に。もし置かれていた土や農具、カプセルの種子も同じように後の人に託す為に保管されていたのであれば、そのお部屋にマニュアルがあると思います」

「せっかく渡した相手が育て方を知らなかったら意味ないもんね〜」

「はい」

「その本が見つかれば、カプセルの種を育てられる!」


 フランは直接見てはいませんが、本当にこの基地が誰かに渡す為に作られたのなら。司令室と同じように、農業用品が置いていた倉庫にも説明書のようなものが置かれていると考えたのです。


「なので皆さんが土作りをしている間、私は基地に本を探しに行こうと思います。あとできれば本を持ち帰りたいので、もう一人……光里さん、いいですか?」

「わ、私!?」


 まずフランは決まりですが、どうやら彼女は光里にも一緒に来て欲しいみたい。


「じゃあフランちゃんと私が本探し、残り全員で土作り……それでいいかな?」

「あ、二人とも場所わかる〜?」

「そうでした。連れて行ってもらえますか」

「それならうち行くわ」

「ありがとう!」


 そうして今回のチーム分けが決まりました。フランと光里が本探し。悠樹がその最初だけ道案内についていくことに。


 智実、月美、小夜子と後に戻ってきた悠樹は四人で畑の土を作ることになりました。


「なら今日は、私がロボットに……」

「大仕事になるからな。先にコンテナからスポドリの粉を出して作っておこう。冷蔵庫に入れておくか」

「私もお水を入れてきます」


 今日のロボットのパイロット役は月美。小夜子は最初にスポーツドリンクを作ることにして、フランも水筒に水を汲みに行きました。


「それじゃあ今日も頑張ろー!」


 こうしていよいよ、光里たちの初めての農業が始まりました。






「確かこのへんに……」


 まずは本探しチーム。こちらは悠樹に案内されながら、薄暗い道を足元に気をつけて歩いていきます。そうして道を進んでいくと「倉庫」と書かれた扉がすぐに見つかりました。


「そうそう、この部屋!」


 その扉を開けると、中にはたくさんの土の袋や種のカプセル、肥料の袋やボトルが置いてありました。いくらか持って行ったので少しは減っていますが、それでもまだまだたくさん残っています。


「んじゃ、うちは戻るからまたねー」

「ありがとうございます」

「ありがとねー!」


 目的の部屋に着いたところで、悠樹は土作りの仕事に加わる為に帰っていきました。二人きりになったところで、本探しの始まりです。


「フランちゃん、どうして私を?」

「あ、ありました」


 知識なら智実の方があり、読書が好きな月美もいるのになんでフランは私を選んだのだろう。そう考えている光里をよそに、フランは棚を探して本を見つけます。


「ちょっと座っていただけますか」

「あ、うん」


 そして何もわからないまま、フランに言われるままにホコリを払って床に座る光里。


「それでは、失礼します」

「え、えっ!?」


 するとその膝の上にフランは座って、身体にもたれながら本を広げました。いきなりのフランの行いに、光里はびっくりです。


 一体どうしたのかな。そう思っている中、フランが口を開きました。


「昨日はすみませんでした。調子に乗ってしまって……」

「昨日……お尻ペンペン?」

「は、はい」


 どうしてもたれているのかはわかりませんが、フランは光里に昨日のことを謝りたかったみたい。いくら罰ゲームとはいえ、恥ずかしい思いをさせた上にお尻を真っ赤になるまで叩いてしまったのは思うところがあったみたいです。


「大丈夫大丈夫、気にしないで。実は私もちょっと変な気分になってたし」


 ですがあの時、どうやら光里もちょっとドキドキしていたみたい。少なくとも、悪い気はしていませんでした。


「えぇ……お尻を叩かれて興奮していたんですか」

「そ、それを言ったらフランちゃんだって女王様みたいになってたよ!?」

「……ふふっ」

「あはははは!」

「ほんっと、おかしいですね……!」


 お互いあの時は、お尻を叩いて叩かれて。ちょっぴりえっちな気持ちになってエスカレートして。思い出すともう二人とも笑いを抑えられません。


「それもこれも小夜子のせいだよ!」

「あの人は少しふしだら過ぎると思います。今日だって裸で日光浴なんて。あれさえなければかっこいいお姉さんなんですが……」

「他にもよくわからないこと言ったりするけどね」


 そして話題は小夜子の方へと向いていきました。そもそもあの子が罰ゲームでお尻ペンペンなんて言い出さなければ、あんなおかしなことにはならなかったのです。


 ということにして、二人の中ではあのお尻ペンペン事件は小夜子のせいということで責任を押し付ける事にしたのでした。


「いいですね、こうして笑い合える友達というのは」

「うん、すごくいいっ」

「本当に、皆さんと友達になれてよかったです」


 そんな冗談も言いながら、友達がいる事の喜びを噛み締めて笑い合うフランと光里。そしてフランは、本を置いて光里と向かい合い、胸にぎゅっと顔をうずめます。


「でも……こうして甘えられるのは、光里さんだけです」

「私も、フランちゃんとはこうしているのが当たり前な気がするなぁ」


 そこにはまさに、二人だけの世界が広がっていました。薄暗い倉庫の中の、とてもとても狭くて甘い二人の世界。


 こうしているとフランも光里もとても心が落ち着き、安らかな気持ちでいられます。ですが、いつまでもこうしているわけにはいきません。


「本、探さないといけませんね」

「あ、そうだった」

「あと十秒……いえ、三十秒だけいいですか」

「いいよ。でもみんな待ってるから、三十秒したら探そうね」


 その後フランが言ったとおり三十秒だけそうして穏やかなひとときを楽しんだ後、二人は名残惜しくもひとまず離れて本探しに戻りました。






 一方その頃、土作りチームはというと。


「力を入れ過ぎないで、ゆっくりと……」

「よし、いいよーつくみん! 上手い上手い!」

「やっぱロボのパワーなら簡単に掘れるね〜」


 飛行場のアスファルトやコンクリートがない芝生の部分を、月美がロボットの指で掘り返していました。人の手ならとても大変な力仕事ですが、巨大ロボットのパワーならとても簡単。まるで公園の砂場のように簡単に掘れてしまいます。


「待ってくれ、ストップだ月美」


 作業は順調でしたが、そこで突然小夜子がストップをかけました。一体どうしたのでしょうか。


「ブルーシートが剥れかけている。テープを交換しよう」


 土を掘り返す作業にあたって、ロボットの指の関節には土が入らないようにブルーシートをガムテープで留めて覆っていたのですが、それが剥れかけていたようです。


「もう少しゆるめにシート張った方がよくない?」

「そだね〜。ぴっちりしてると曲げ伸ばししてたら剥がれるし」


 剥がれる度に、次は剥がれにくいようにと工夫して月美以外のみんなでシートを貼り直します。そうして改良を繰り返す度に、剥がれる頻度は段々と減ってはいました。


「それにしても関節の保護とは、月美が言ってくれなかったら気付かなかったぞ」

「精密機械だから、その、土が入り込んだら駄目かなって……」


 シーリングというこの関節の保護ですが、思いついたのは月美でした。ロボットの中でも手は見るからに特に精密な部分で、そこに土や砂を入れたら壊れやすそうだと考えたのです。


「それでいざって時に動かなきゃバカだからね〜」

「いざって時って、どんな時だ」

「ん〜、宇宙人が攻めてきたぞ! とか?」

「いやないわー」

「ないな」

「でっすよね〜」 


 冗談も言いながら、三人はシートの張り替え作業を進めていきます。


「終わったぞ。月美、続けてくれ」

「どれくらい、掘る……?」

「適当でいいんじゃない? できるだけやっとこ〜!」

「わかった……」


 そして関節にシートを張り終わったところで、月美のロボットは再起動。再び指で引っ掻くように土を掘り始めます。


「うちらは掘ったところの土に色々混ぜて戻して鍬で耕せばいい感じ?」

「ああ。だがこれで合ってるんだろうか」

「大丈夫じゃない〜? お野菜も生きてるんだし多少ズレてても自分でなんとかするでしょ〜」


 一方悠樹たち三人は鍬を手に取り、掘り返された土に肥料や腐葉土を混ぜながら耕して土の塊や雑草を砕いていきます。


 こうして作業を進めていく中、ついに光里とフランが帰ってきました。


「みんな、おまたせー!」

「本、集めてきました」

「二人ともおかえり〜」

「どう、いい本あった?」

「思ったとおり色々な本がありました。カプセルの種などの育て方も、わかりやすく書かれていましたよ」


 やはりフランの思ったとおり、倉庫には農業に関する本がたくさん置かれていたみたい。光里が押す台車には、たくさんの本が山積みになって載っています。


「それと、興味深い記述もありました」

「ほう」


 それに加え、育て方とは別に何やら書かれていたことがあったみたいです。


「カプセルの種子や種芋などは、食糧難に対応する為に栽培期間を大きく短縮する品種改良が行われたもの、だそうです」

「つまりめっちゃ早く育つってこと?」

「はい!」


 これはとても嬉しい事実です。みんな作物が出来始めるのは早くても二ヶ月くらいは先になると思っていたので、早く出来上がって食べられるとなるとそれは気分も上がるというものです。


「そうとなると気合入ってくるね〜」

「二人も手伝ってくれ。さっさと土作りを終わらせて種を植えてみよう」


 その後は光里とフランも鍬を手にして土作りに加わり、みんなで一緒に汗を流し始めました。






「みんな何植える? 私は大好きなピーマン!」

「やっぱりこんな時でも美容は気になるし、ミニトマト行っとくわ」

「私はじゃがいもにします」

「鉄分も欲しいから、ほうれん草で……」

「葉物野菜はいいね〜、増やしていこう!」

「豆も欲しいな」


 土が仕上がった後はうねを作り、みんな各々好きな種や種芋、苗などを植えて……。


「できたぁ〜!」

「みんな、お疲れ様!」


 ついにみんなが汗水流した努力の結晶にして初の自給自足プロジェクト、野菜畑の完成です。


「マジ疲れた泥だらけ、シャワー浴びたい!」


 長く大変な土仕事の後で、服や身体はどろどろに。叫んだ悠樹だけではなく他のみんなも早くシャワーを浴びたいところです。


 しかしまだ、問題はあります。


「そういえば水やりはどうするんだ。タンクから汲んでくるか?」

「地下水の給水設備があるので、そこから持ってきましょう。すぐそこにありますし」

「あれ、そうだったの……」

「いつの間にそんな事知ったの〜?」

「これも本……というか倉庫の資料に書いていました。地下にある浄水施設から地下水を引っ張っているので、生活用水にも使えるそうです」

「なら雨が降らなくてタンクが切れたら頼る事になるかもね〜」

「タンクの備え付け設備は便利だ。そうなることは避けたいな」


 ですがその問題、水やりもすぐに解決できるみたい。土作りチームは気にしていなかった近くの小屋が、給水設備だったみたいです。


 水やりに使えるのはもちろんですが、浄水タンクに頼っていた水の予備の供給元が見つかったのも大きな収穫でしょう。とにかく、水に関しては問題はなさそうです。


「とにかくみんなシャワー浴びよう。服もすごく汚れてるから洗わないと……」

「ちゃんと泥を払ってから、洗濯機に入れてね……」

「はーい」


 こうして畑作りは無事に成功……したかはまだわかりませんが終わりを迎え、光里たちは家へと帰っていきました。


 みんなで植えた野菜たち。これらは無事にちゃんと作物を実らせるのでしょうか。それがわかるのは、もう少し先になりそうです。

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