新計画、そして。
「よーし水やり終わり!」
「随分と育ってきましたね」
「うんっ!」
「本当に育つのが早いな。まだ一週間だが、ほうれん草あたりはもうすぐいけそうだ」
畑作りから一週間。たくさん植えた作物たちは品種改良のおかげかこの短い間でもすくすく育ち、その成長を楽しみにしながらみんな畑仕事を続けています。
「みんな……シャワー浴びたら、ご飯にしよう」
仕事も一段落ついたところで、月美が言いました。
「お、今日の昼食は何だろうか」
「冷凍チャーハン。フランのカイワレも、入れようかなって……」
「いいですね。たくさん使ってください」
「カイワレならお部屋でも水耕栽培できる。フランの名案だよね〜」
今日のお昼ご飯はチャーハン。それもカイワレ入りです。
カイワレはフランが思い立って、洗ったカップ麺の容器を使った水耕栽培で育てたもの。これならすぐに育つと試してみたところ、他の野菜たちよりもずっと早くに食べられるくらいにまで育ったのです。
「早く食べたいし、もうみんなでシャワー浴びちゃう?」
「いいですね。そうしましょう」
「肌色パラダイスだ〜!」
「一緒にシャワーとは、皆も随分とおおらかになってきたな」
「誰もさやちんには言われたくないっしょ」
美味しそうな献立を聞いて、もうみんな我慢できません。早くご飯を食べたいからと、みんなで一緒にシャワーを浴びてしまうことにしたのです。
けれど一人だけ、その中に入れない子がいました。
「私は……その、恥ずかしいから、後で一人で……」
月美はまだ、みんなでシャワーを浴びるのは恥ずかしいみたい。彼女は後で一人で浴びるつもりでしたが、そんな時、悠樹がシャワーに向かう子たちの中から外れます。
「ごめん、うちも後にするわ」
「じゃあまた後でね〜」
こうして月美と悠樹以外の四人で一緒にシャワーを浴びに行くことに。お風呂ならともかくシャワーを四人で浴びるのは狭くないのでしょうか。
そして二人だけが残り、月美は訊きます。
「悠樹は、行かないの……?」
「うちはつくみんと行きたいから」
「えっ……」
どうして一緒に行かずに残ったのか。悠樹は、月美と一緒にシャワーを浴びに行きたかったみたいです。
一体どうして。疑問に思う月美に、悠樹は言います。
「ぶっちゃけつくみん、みんなの輪の中に入っていくの苦手っしょ」
「みんなのこと、苦手ってわけじゃなくて……でも、輪に入ってもついていくのが大変で……」
普段の暮らしの中で、いつも月美がみんなのいる場所から一歩引いたところにいたのを悠樹はよく見ていたのです。もちろん月美もみんなが嫌なわけではありません。ただ、引っ込み思案のせいでついていけなかっただけなのです。
「うち思うんよ。こんなうちら六人が世界の全部、みたいな環境でさ、一人ではぐれちゃ大変じゃねってさ」
「わかってる、けど……」
「けど無理するのも違うと思うんよ。そんなんつくみんの幸せじゃねーし」
みんなと一緒にいたくても、ついていく度胸がない。そんな彼女に、悠樹は手を差し伸べました。
「だからさ、うちが手を繋いでみんなとつくみんを離れないようにしたいんよ。つくみんは、うち越しにみんなと無理しないくらいに付き合えばいい。それなら今よか気楽っしょ?」
「でも、私こんなだし、何もできなくて……迷惑、かけてしまう……」
「いやいや、つくみん大事よ? 料理とか家事とか上手いし。そりゃ今は冷食とかレトルトだけど、野菜ができたらみんなもっとつくみんに頼らなきゃよ。何もできないから、とか思ってんならそんなことはないから自信持ちなって」
「ありがとう……」
みんなと一緒に間近で関わり合うのは、まだ難しいかもしれない。けれど、こんなにも自分を気にしてくれる悠樹が間にいてくれるのなら。これからみんなの輪の中に入っていけるかもしれないと、月美にも少し自信が湧いてきました。
「そんでさ、コンテナの中見てたらいい物見つけたんだけど。見てみて」
その後、悠樹はごそごそとコンテナの中を漁って、あるものを取り出しました。
「ほら、水着。これならそんなに恥ずかしくないっしょ。これ着て一緒にシャワー行こっ!」
あまり露出は多くない、可愛らしくも清楚な印象のビキニ水着。裸だと恥ずかしくても、これを着てなら大丈夫かもしれないという悠樹の心遣いです。
「ま、待って。シャワー、一緒に浴びる必要は……」
「うん、そんなにない!」
そして悠樹は月美に水着を握らせると、笑いながらそう言って手を引っぱりました。
それからしばらくした後。シャワーから上がった光里たち四人はそれぞれ自分のベッドに座っておしゃべりをしていました。
「たまにはこういうのも賑やかでいいよねっ」
「絵面的には大変いかがわしいが、まあいいか」
「おっぱい……光里さんのおっぱい……」
「フランよ、鼻血出てるぞ〜」
四人で詰めてシャワーを浴びたりなんてしたら、やっぱり大変なことになっていたみたい。
狭いシャワールームに四人で入れば当然中はみっちり。特に背の低いフランはとても目に毒な光景を目に焼き付けてしまい、思い出すと鼻血が止まりません。
「みんなお待たー」
「お、きたきた。夕べはお楽しみでしたかなぁ〜?」
「そ、そんなんじゃ……」
こうしているうちに、悠樹と月美もシャワーを終えて部屋に戻り、ベッドに座ってドライヤーで髪を乾かし始めました。
そして髪が乾くと月美は立ち上がって、コンテナから持ってきて玄関近くに置いていた小さなキッチンに立ちました。
このキッチンは収納式のキャスター付きの移動式キッチンになっていて、部屋の中でも外でも好きなところで料理ができる便利なアイテムです。
「そろそろ、ご飯作るね……」
「あ、うちも一緒にいい?」
「いいけど……冷凍だから、手伝うことはないよ……?」
「うちが見てたいだけだからおっけー」
「それなら……折角だから、カイワレを切ってもらえると助かる……」
「おっけ。どれくらい?」
「あなたの、好きなくらいで……」
悠樹もその隣に立って、二人は一緒に料理を始めました。月美はIHコンロで冷凍チャーハンを炒め、悠樹はその横のまな板でカイワレを切っています。
「あの二人、距離近くなったか」
「青春だねぇ〜」
「私と光里さんも負けませんよ」
「あはは……」
シャワータイムの間に何があったのかなと、そう思いながら四人が見守る中、チャーハンがいよいよ良い感じに出来上がってきました。もうこれで完成かな、というところで悠樹が切ってくれたカイワレを入れてもう一度軽く炒め、完成です。
「みんな、ご飯できた……」
「これは、美味そうだな」
「すごいよ月美!」
殆ど炒めただけのただの冷凍チャーハンですが、カイワレのフレッシュな緑が加わってそのままよりもとても美味しそう。一体お味はいかがなのでしょうか。
『いただきまーす』
天気は晴れ。暖かいお日様が照らす下でテーブルを囲んでみんなでお昼ご飯。まずはみんな一緒に最初の一口です。
「どう、かな……」
さて、カイワレチャーハンは無事に美味しくできたのでしょうか。ドキドキしている月美に、帰ってきた感想は……。
「やっば、美味過ぎでしょ」
「元の冷凍チャーハンが美味いのもあるが、カイワレがいいアクセントになって美味さを倍増させているな」
「シャキシャキが残ってるのがすごくいいっ!」
みんなからも大絶賛。仕上げに入れて殆ど生のままのカイワレのシャキシャキとした食感とほろ苦さがチャーハンの美味しさを引き立て、みんなスプーンが止まりません。
「自分で作った野菜が、こんなに美味しいなんて……」
「これは他のお野菜たちも期待だね〜」
カイワレ一つ出来ただけでここまで豊かになった食が、他の野菜たちも収穫できれば一体どうなっていくのだろう。今から期待で胸が高鳴ります。
『ごちそうさまでしたー!』
あまりの美味しさに、みんなあっという間にきれいに平らげてしまいました。ここに来て初めてのフレッシュな味わいに、みんなもう大満足です。
「いやー、人生で今日ほど野菜が美味いと思った日はないわぁ」
悠樹が言ったそれは、口にしなくともみんな同じ気持ちでした。
自分たちで畑を作って野菜を育てる。その経験がきっと、最高に美味しい調味料になったのでしょう。
「あ、お皿洗ってくるね!」
「光里さん、私もお手伝いします」
当番、というわけではありませんが今日は光里とフランがお皿洗いへ。残った四人は何をするでもなく、椅子に座ってのんびりと日向ぼっこです。
「今日もいい天気だね〜」
「いいものだぞ。こういう日に全裸で芝生に寝転がるのは」
「ちょっと気持ち良さそうって思っちゃった自分が悔しいんですけど」
悠樹がイケナイ誘惑に少し惹かれてしまったりもしながらおしゃべりをしているうちに、光里とフランもお皿洗いを終えて戻ってきました。
「お待たせー!」
「おっつー」
「それじゃあ今日の作戦会議、しよっか!」
そして光里とフランが席につくと、今日の作戦会議が始まります。
とは言っても生活に慣れてきたこの頃。作戦会議は最初の頃ほどの意味はありません。お昼ご飯の後に開き、いつもの日課に加えてやりたい事があれば提案して、みんななければ楽しく雑談する集まり、といった風に変わっていました。
いつもならこのまま何気ない雑談が始まるところですが……。
「あ、あの!」
「もしかして月美、何かあるの?」
「考えてる事が、あって……」
「お、いいじゃんつくみん。なになに」
どうやら今日は月美が何か提案したいみたい。実は月美からの提案は、今回が初めてです。
ですが彼女が語る提案は今日明日くらいの事ではなく、もっとスケールの大きなものでした。
「私たち……本格的に、自給自足するべきだと、思うの」
「ほう。自給自足か」
「冷凍やインスタントも、いつまでもつかわからないし、いつ何があるかもわからないから……」
「有事の為に保存の効く即席食品は温存して、日々の食事は自分たちで確保できるようにする、ということですね」
「そういう、こと……」
「確かになくなってからじゃ遅いからね〜」
今まではみんな野菜を作って即席の主食にプラス一品、くらいに思っていたのですが、月美の言葉で考えを改めました。
コンテナの中にある分で全部、自分たちで作ることもできない即席食品に頼ってしまっては、それがなくなった時にどうしようもなくなってしまいます。なのでこれらはあくまで非常食ということにして、全部の食事を自給自足で賄いたい。そんな月美の考えに、みんな納得して頷きます。
「いいよ自給自足、やりたい! 如何にも私たちの生活、って感じしない!?」
「燃える気持ちはわかる」
「面白そうだけど、実際問題どうするかだよね」
「ふ〜む……」
やってみたい。その気持ちはいっぱいですが、どうすればいいのか、何をすればいいのかがわかりません。野菜だけでは自給自足は成り立たないですから。
ですがその事も、月美は考えていました。
「基地の中、探してみたらどうかな……」
「確かに、農業キットが置かれていたのが私たちに自給自足をさせる為なら他に必要なものもあるかもしれません。例えば、釣具とか……」
「釣り、楽しそう!」
「魚がもし釣れたら、タンパク質も摂れる……」
「釣具があるかどうかはわからないけど、もう一度みんなで基地の中を探してみよう!」
農具や種が置いていた基地の中なら、きっと自給自足に必要な他の何かもあるかもしれない。そう考えて、今日の午後はみんなでもう一度基地の探索をしてみることにしました。しかし……。
「あ、あった」
「ありましたね」
探索を始めてから五分ほど。あまりにもあっさりと、目当てのものが見つかってしまいました。
「農具の隣の部屋に釣具があるとは」
「まあ自給自足の用品をまとめて置いてたんだろうけどさ〜」
確かに考えてみれば、自給自足の為に農具などを置いていたのなら、同じ自給自足に使う釣り竿も近くに置いていても不思議ではありません。ですが、探索しようと意気込んでやって来てこれでは、ちょっぴり拍子抜けしてしまうのも無理はないでしょう。
「これがあれば……」
「釣り、できるじゃん!」
とはいえ、ここにある釣り竿やルアーといった道具があれば、飛行場のすぐ近くにある川で釣りをすることができます。もし魚を釣ることができれば、美味しいだけではなく貴重なタンパク源にもなり、是非とも成功させたいところです。
「本もたくさんありますよ」
「私も、読んでみていい……?」
「みんなでいろんな本、見てみよう!」
「おぉ、ルアー釣りのやり方書いてるよ〜」
「見てみろ月美。魚の捌き方が書いてあるぞ。できそうか」
「難しそう。だけど……やってみたい」
また農具の倉庫と同じように、この釣具の倉庫にもたくさんの本が残されていました。竿の投げ方などの釣りの基本や、その中でもルアー釣りの方法、エサ釣りの方法や使える餌。さらには釣った魚の調理まで、色々な知識が本の中に記されていたのです。
「これは……」
「どうしたのフラン」
そんな中で、フランは一冊のとある本が気になった様子。真面目な顔で本を見るフランに、光里は声をかけました。
「見てください」
「お魚の図鑑だね。どれが食べられるのかな」
「これ、きっと近くの川に棲んでいる生物の図鑑です」
「でもこれがどうかしたの?」
「表紙、見てください」
それは魚や虫、鳥など、川に棲む生き物たちの写真や説明が載った図鑑。ですがフランが気になったのはその中身ではなく表紙。そこには、こう書かれていたのです。
「みなさん、司令室に行きましょう」
「え、でも釣具は?」
「ここがどこか、わかるかもしれません!」
そう言って、釣具の事を投げ出して突然飛び出していくフラン。その後を追って、他の五人もまた司令室へと向かいました。
「で、来たのはいいがどうするんだ」
「地図を探してください。広範囲ではなくなるべくこの近隣のもので。きっとどこかにあると思います」
司令室に来たみんなは、フランの言うことに従って本棚の中から地図を探し始めます。
それから数分ほどして、光里がビニールに包まれた薄い地図を見つけ出しました。
「これでいい?」
「ではそれを広げて、猪名川を探しましょう。猪の名前の川と書いて猪名川です」
「なるほど。その川沿いに基地らしきものがあれば、そこがこの場所ってことだね〜」
次はその地図を床に広げてみんなで集まり、たくさんある川の中から猪名川を探します。
「これは淀川だぁ」
「こっちは神崎川か……」
大きな川はいくつかその名前を見つけましたが、目当ての名前はなかなか見つかりません。小さな川をよく見ても違う名前ばかりで、みんな目が疲れてきています。
「あ、ありました! 猪名川!」
「うわ、よく見つけるなぁ〜」
ついにフランが、地図の中に記された猪名川という名前を見つけ出しました。
「後はこれで……」
最後はその川沿いを辿って、基地のようなものを探していくだけ。そしてそれらしきものは、すぐに見つかりました。
「わかりました。大阪国際空港。別名、伊丹空港。恐らくそれが、この場所の名前です」
基地ではなく、空港。司令室のプレートのメッセージには基地と記されていたので矛盾しますが、他に飛行場らしきものはないのできっとここはそうなのでしょう。
「ってことはここ、大阪なの!?」
「まっさか知ってる街だったとはね」
この誰一人として人間が見当たらない廃墟が自分たちも知っている大阪だった、ということにみんなはびっくり。ですが、まだおかしなところがありました。
「だけど伊丹なんて場所、聞いたことないよ〜?」
「伊丹という地名は、兵庫県という別のエリアに入るらしいですが……」
「兵庫県って、なんだそれ」
「私も、知らない……」
別名にある「伊丹」という地名も「兵庫県」というのも、ここのみんなの誰も聞いたことすらないのです。
「わからないことが、一気に増えてきましたね」
謎を解き明かす筈が、いざ探ってみれば謎が増えるばかり。思わずフランは頭を抱えてしまいました。
「とにかく要はここが大阪で、それもうちらが知らない大阪ってことだよね」
「もしかしてあたしたち、並行世界の大阪に来ちゃった〜!?」
知らない地名だらけの、知らない大阪にいる。そう理解はしながらも、一度は慣れていたわからない場所にいるという最初の頃の不安がみんなの心の内に蘇ってきます。
本当に違う世界なのだとすれば、私たちは一体どうすればいいのかな、とそう考えてしまうのです。
「ここは確かに私たちの知らない日本で、知らない大阪なのかもしれないけど……」
ですがリーダーの光里には、こんな時でも迷いはありません。彼女は不安が拭えないみんなに、声高らかに宣言します。
「ここがどこだったとしても、続けていこう! 私たちの生活を!」
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