アルベット村という、始まりの地。

スライム登場

 ふと、優しい木漏れ日が差し込んできて、瞼を開けさせた。途端に左目に貫通しているような激しい痛みを感じる。それが徐々に和らいでいって、目が覚めると、視界には見たこともない景色が広がっていた。


 丈の低い軟らかそうな瑞々しい緑の若草が広葉樹の森に一面に広がっていて、樹の麓には未知の植物やきのこなどが生えていた。爽やかな風が吹いて、ササーッと葉っぱ同士が擦れ合う音が幻想的に響く。風の肌触りは心地よかった。地球ではこんなところ無いだろうと彼は思った。


 地面に座っていた零耶は背中に柔らかな重みを感じて横を向くと、肩に叶望の寝顔がちょこんと乗っていた。心地よさそうに寝息を立てて、彼の背中に抱きついて、というかしがみついている。彼女の服装は浴衣ではなく、いつも着ているような短パンにブカブカのTシャツという、なんとも引きこもりゲーマーの部屋着だった。


 今は状況を理解するよりも、彼女が快適そうに睡眠しているのを邪魔しないように、暫くこのままでいることにした。


 幾分か時間が経って、叶望は耳元で寝言を言い始めた。


「れいや……れいやぁ……ちがう、ちがう……ん」

気の所為か、彼女の抱きつく腕の力が強くなった気がする。


 不意に生暖かいそよ風が吹いて、彼女の髪が靡く。木漏れ日がちょうど彼女の顔に当たって、叶望は目を覚ました。

「起きたか」

「うーん……一応起きたけどさ……ここどこ?」

寝ぼけているのか、叶望は零耶とこの状態でいることになんの躊躇もなく、キョロキョロする。

「俺にもよく分からない。気づいたらここにいた、って感じだからな。雰囲気は地球っぽくないけど」

「そうだね。なんだか異世界に来ちゃったみたい」

「嘘だろ。なんだよその如何にも最近のアニメの最初の展開でありそうな」

「というか、なんか、左目の色、変わってない?」

「え、俺?」

「うん。なんかオッドアイみたいになってる。右目は普通に茶色だけど、左目は黄色っぽい。それに……なんか映ってない?


 彼の左の瞳には、摩訶不思議な文字が投影されているようだった。


「そうなのか?俺には見えないけど」


 状況整理に頭が追いつかず、途方に暮れていると、突然、彼らの数歩先にある樹の麓の茂みがゴソゴソいった。


 何だ、という好奇心と恐怖心の狭間でドギマギしながら、2人とも口を噤んでその茂みに見入っていた。


 そして、その茂みのゴソゴソが最骨頂に達したとき、出てきたのは――水色の太った雨粒みたいな形をした、いわゆるスライムだった。しかもベレー帽を被っている。両手にすっぽり入りそうなサイズのスライムがぴょんぴょん跳ねながらこちらに向かってきた。


「「へ……?」」

妙に2人の言葉がシンクロする。呆然とする彼らを余所目に、スライムは彼らの目の前で止まると、つぶらな瞳でジーッと見つめてくる。何かを訴えかけているようだ。

「ス、スライム?……なんかすっごい見てきてるが」


 すると、2人の左腕に装着されていた腕時計型端末がピコン、と軽やかな音を出した。そして空中に幾何学的なよく分からない文字を投影する。それでも、何故か日本語のように読むことができた。


『初期案内用スライム。ベレー帽を被っていて、最初の案内をしてくれる心優しいスライム』


 側面に金色に輝く勲章のついたベレー帽を被ったスライムは「ついてこい」と言わんばかりに、ぴょんぴょん跳ねながら、時々後ろを確認して何処かへ行こうとしている。


 零耶は叶望を地面におろして、スライムのあとについていく。


 少し歩くと、水晶のような正八面体樹の麓で浮遊しているのが見えた。木漏れ日が反射してキラキラと光っている。


  そこでスライムは一生懸命跳ねた。近づいてみると、また腕時計型端末が鳴った。


『アイテムビーコン。この世界の各所に設置されている。触れると異空間内に格納されている銃火器やアイテムを取ることができる。格納されているすべてのアイテムを取ると消える』

「銃……?」

叶望が不思議そうに呟く。


 ホログラムされた説明を読んで、零耶はそれにそっと触れてみる。すると空中にパネルが表示され、アイテムビーコンにあるものが表示された。


 そこには『SCAR-Lx』という実在する銃の改変版のアサルトライフルと、『Phyces-54』という完全オリジナルのサブマシンガンがあった。銃や投擲物などは腕時計型端末で仮想的に管理することができる。


 使用する弾薬はそれぞれ、ライトアモとエネルギーアモ。弾薬は獲得した分を架空で所有してて、マガジンが弾薬切れになった際は手の内に自動で補充されるらしい。


 銃のアタッチメントもいくつか入手したが、どれもティアLv.1だった。


 防具としてLv.1のボディアーマーが支給された。肌の上からお腹に巻くベルトのようなもので、装着すると、全身に薄いバリアが張ったと思うと、見えなくなった。腕時計型端末を見れば、HPパラメーターは1000で、その上にDEF(耐久値)パラメーターが200と表示される。DEFは自分が出したダメージ量によって上限が上がる。


 アイテム類の収納をするのに必要なLv.1のバックパックも入手した。目安として6ストックの荷物が入る。


 アイテムは6秒でHPを200回復できる回復薬数個と、5秒でDEFを200回復する充電パックを数個得た。


 アイテムビーコンから全てのアイテムを取って装備すると、アイテムビーコンは輝きを失い、コンクリの塊になると、ふとしたヒビから粉々になってしまった。


「ねえ零耶。私思ったんだけど……」

「うん」

「何故か分かんないけど、私たちFPSのサイエンス・ファンタジーの世界に飛ばされたんじゃない?」

「同感。これこそ叶望の得意分野じゃないか。良かったな、こんなぴったりな世界に来れて」

零耶の言葉には若干の皮肉めいた感情が伺える。

「何言ってんの。実際にあんな弾当たったら痛いだろうし、走るのやだよ。でも……正直好奇心で溢れてる」

「何でだよ」

叶望の最後の一言に、呆れたように失笑する零耶。


 そんな会話のそばで、ベレー帽スライムはまた「注目しろ」と言わんばかりにぴょんぴょん跳ねると、お辞儀をするように目線を下ろした。お辞儀とは言っても、それだけである。もしかしたら、初期案内をし終えたので、もうお別れの時間なのかもしれない。


「私、決めた」

突然、叶望が意を決したようにそのベレー帽スライムを見つめる。隣にいた零耶は何をしでかすのか不安だった。


 一方、嫌な予感がしたのか、スライムは冷や汗をかいて、逃げ出すように跳び出した。が、一歩茂みに及ばず、一緒に跳んできた叶望の両手にすっぽり入ってしまった。


 彼女の手に収まってもなお抗い続けるスライム。スライムならスルスルっと抜け出せれそうだが、頭にひっついているベレー帽が邪魔で容易に変形できなくなっていた。


「このスライム、私の相棒にする!」

「え」

思わず彼の口から呆気ない声が漏れる。その台詞を彼女が言い放った瞬間、ここまで必死に抵抗していたスライムがピタリと止まった。と同時に腕時計型端末が軽快に電子音を鳴らした。


 ホログラムされた文章を見る。

『初期案内用スライム、パーティーに参加しました。現在、パーティーには零耶、叶望、初期案内用スライムが加入しています。残り3人が参加可能です。初期案内用スライムの名前を変更しますか?』


 これを見るやいなや、落胆した表情を見せるスライム。


 それを読んだ叶望はうーん、と首を傾げながら考える。そして、考え抜いた末、思いついた名前。

「そうだ!ベレー帽被ってたし『ベレー』にしよう!」

そう言うと、腕時計型端末はピコン、と反応し彼らのパーティーに『ベレー』という名前が登録された。


「……なんかごめんな、スライム。突然こんなぽっと出のパーティーに強制参加させられて」

「名前はもう『スライム』じゃない。『ベレー』って呼んで。というかなんで同情を得ようとしてんの」

「いや、実際に可哀想だと思ったからだよ」


 嫌味でも言いながら、ふと叶望の方を一瞥する。ぐったりとするベレーを微笑みながら両腕で抱えて嬉しそうにしている彼女を見て、不覚にも可愛いと思ってしまう彼がいた。


「……で、どうする?これから。何をすればいいんだ?」

コホン、と少し咳払いをして会話を続ける零耶。

「分かんないけど……とりあえず、周りの見渡せる高台に……でも、ここらへん結構平坦だね。緩やかな起伏はあるけど。それに、装備が全然揃ってないから、アイテムビーコン探しながら高台も探そうかな」

「そうだな」


 彼は手に持っていたPhyces-54を背中に回すと、光の量子となって異空間内に保管された。


 腕時計型端末の上にホログラムされた画面をスワイプさせると、自分のHPとDEFのパラメーターの他にもう2つあった。


 HPパラメーターの下にあるのがStamina(スタミナ)で、その隣に円状のSE(スキルエネルギー)がパラメーターが表示されてあった。


 Staminaは走る力やジャンプ力、持続力などに影響するもので、食事したり休憩することで回復する。逆にダメージを受けたりストレスを受けると減少する。


 SEは個々のプレイヤーが持つ特殊能力を発動するためのエネルギーらしい。何もしていなくても貯まるが、ダメージを与えることで効率が一時的に上がる。頻度は少なくて1日に1、2回程度だという。


 ちなみに、零耶の特殊能力は『黄金の瞳に内蔵された量子コンピューターが時空間処理をして時が流れるのを遅くさせる』能力。


 叶望の特殊能力は『この異世界に存在する食材を組み合わせて様々な薬を作る』能力。


「……なんか、零耶のほうが特殊能力っぽいじゃん」

「それは知らんけど、俺は物理とか数学好きだし、その人の特徴に合わせてるんじゃないか?」

「でも、私にそれっぽい特徴ある?」

「潜在能力かもしれない。薬剤師でも目指したら?」

「なんでよ。勉強は嫌だ。そもそも戻れる保証なんて無い」

「まあ、それはそうだけどさ」


 零耶はそんな会話をしながらふと思う。

(量子コンピューター……ここの世界がゲームとかだったら別に驚かないけど……もしこの世界が現実と繋がっているとしたら……俺の目には……)


【銃コレクションNo.1】

SCAR-Lx

弾薬 ライトアモ

基本ダメージ(頭 /胴体/手足) 250/180/110

DPS 1620~1800

1マガジン/弾薬数 20/25/28/30/34

アドバンスチップ AB/GL

 実際に存在するSCAR-Lをモデル化したアサルトライフル。ほぼすべてのアタッチメントが装着可能。

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