第50話 梵天の卵
「なん、なんなんすかッ? あれッ? やばさが桁違いなんっすけどッ⁉」
「そうじゃッ! 酒吞以上の理不尽さじゃないかッ⁉」
「今更なにを。アレが私の仇よ」
「あー! もう! こんなことならずっと寝たふりしてりゃよかったっす!」
「たわけが貴様! やばいからこそりんご一人に戦わせてどうするというのじゃ!」
「そんなこと言われてもボク一人加わったところでどうしょうもないっす!」
「あーうるさい、私を挟んでギャーギャー言わないで」
なつめに肩をかりつつ、全速力で後退するりんごは肩眉をしかめながらうっとうしそうにそう呟く。
「むぅ、じゃがどうするのじゃ? チラリと見ただけじゃが、彼奴の強さは並々ではないぞ?」
天上の攻撃力に、無限の結界、そして幾ら殺しても即座に復活する不死身。それはまさしく埒外の存在であった。
「なにか……なにかカラクリがあるはずよ」
例え神であっても全知全能の存在などありえない。
か細い希望を手繰るため、りんごはギリと歯ぎしりをする。
「そのカラクリ、ワタシが知っています」
瓦礫の宮殿を逃げるりんごの耳に届いたのはそんな声だった。
「何物⁉」
声をした方向へりんごが目を向けると、そこにはひび割れた眼鏡をかけたスーツ姿の女が瓦礫に埋まるように転がっていた。
「おろ? 鏡さん?」
「ん? 鏡とは何奴じゃ?」
存在に気が付いた茨城童子が瓦礫の山から女を救おうと近寄ると、それを見ていたなつめがそう声を上げる。
「ああ、鏡さんってのは、前のボス、つまりは九尾の狐の秘書をやってた人ですね~」
「敵ではないか!」
瓦礫をどかそうとしていた茨城童子はなつめを振り返りそう叫ぶ。
「敵だろうが今はどうでもいいわ。言いなさい、アレのカラクリっていったい何?」
りんごはよろめきながら鏡に近づくと、その上に重なっていた瓦礫を微塵に切り捨てながらそう言った。
「助かりました。そうですね、ゆっくりと解説している時間など無いので結論から」
鏡はよろよろと立ち上がりながら口を開く。
「以前九尾の狐様より伺ったことがあります。あの少女は生まれながらにして
「梵天の卵?」
「ええ、別名を宇宙卵……そうですね。近い概念で言えばアカシックレコードなどでしょうか。
何というかはともかく、彼女は世界そのものと直接的につながっているという事です」
「え~っと。それってつまり、アレと敵対するのはこの世界そのものを相手にしているようなこと……ってことっすか?」
鏡の説明を聞いたなつめは恐る恐るそう言った。
「そうなります」
「あほか! そんなのどうすれば良いんじゃッ!」
「さて。それが分かれば九尾の狐様も対処していたはずでございます」
激昂する茨城童子に鏡は淡々とそう答えた時。
「うふふふふ。鬼ごっこはもうお終いかしら?」
瓦礫の影より花の少女が姿を現す。
「あ~もう! しょうがないっすッ!」
がしがしと乱暴に頭をかきむしったなつめは、自棄になったようにそう叫ぶと、花の少女との間に立ちふさがる。
「ここはボクに任せるっす!
ってこんなこと言うキャラじゃ無いんっすけどね⁉ ボク⁉
りんごさん! あとは何とか頼みます!」
「くっ!」
「行くぞりんごッ!」
歯嚙みをするりんごの手を茨城童子は強引にとり、脇目も振らずに駆け出した。
★
「梵天の卵……な。確か天竺あたりの考えじゃったな」
「呼び方なんてどうでもいいわ。そのカラクリをどうすればいいかよ」
奥から聞こえる破壊音に耳を引かれながら、りんごは少しでも思考を巡らせる。
「あの少女へと注がれる力は、事実上無限と言ってもよいでしょう。ですが無限の海と繋がっていたとしてもポンプから吐き出される量には限界があります」
世界と繋がっているとしても、人と言う器を通して出力されるのならそこに限界がある。そう九尾の狐の狐は言っていたと鏡は言う。
「はっ。それは随分と有難い話じゃのう」
不貞腐れた顔をしてそう言う茨城童子を無視して、りんごは鏡にこう問いかける。
「その何とかと言う卵との繋がりを遮断する術はないの?」
「そうですね。全力を取り戻した九尾の狐様ならば、あるいは封印することも出来たかもしれません。ですが、それより前にあの方は少女に倒されてしまいました」
「それはアレから直接聞いたわ。それ以外の方法は?」
「梵天の卵との繋がりは概念、あるいは運命であります。それを断ち切る手段はございません」
目に見えない、そこに存在しないものはどうしようもない。
鏡は、ごく当たり前の事をごく当たり前にそう言った。
そして、ひときわ大きな破壊音が鳴り響くと、りんごの前の空間からどさりと何かが落ちて来た。
「……貴様」
ギリと、りんごは歯ぎしりをする。
りんごの目の前に投げ出されたものは、無残な姿と化したなつめだった。
「くっ、仕方がない。先ほどは奴に譲ったが――」
「なつめより弱いアンタじゃ何もならないわ」
りんごは覚悟を決めて刀を構える。
茨城童子の護符により、ほんの少しは動けるようになった。
打開策は少しも浮かんでこないが、今はそんなことを言っている場合ではない。
「そうよ、死ぬまで殺すだけよ!」
「うふふふふ。ええ、その意気よりんご」
りんごが踏み出すと同時に悪夢のような攻撃が再開される。
天地開闢のさまを思い浮かべるような苛烈極まる攻撃。
……それを遥か上空から眺める機会の目があった。
★
「アレが……敵」
いちごは、あちこちに亀裂が入った事務所でドローンから送られてくる映像を見ながらそう呟いた。
まさしく桁違い。
決死の覚悟で戦うりんごだが、荒れ狂う大海に飲み込まれる寸前の小舟に過ぎなかった。
『という訳じゃ! このままでは敗北は必至! 勝つ術が思いつかん!』
江崎のスマートフォンから漏れ聞こえる茨城童子の叫びに、居ても立っても居られなくなったいちごは、歯ぎしりをして席を立つ。
『おーっと! どこに行こうってんだ? 小娘?』
「スプーキーさん! このままじゃりんごさんがッ!」
『ケヒヒヒヒ! だからってお前ひとりがいった所で何が出来る⁉』
「けど! けど!」
このままでは恩人が死んでしまう。
いちごの脳内を占めるのはその思いだけだった。
『ケケケケ。そうさ。テメェ見てぇな小娘ひとり加わった所じゃ何もできねぇ。
だから――俺様を連れてけ』
「……スプーキーさん?」
『あの娘に預けたチンケな時計を介してじゃ上手くいきそうにない。やっぱり俺様が直接そばに行かねぇとな』
スプーキーはそう言ってディスプレイの中で肩をすくめる。
「……いちごちゃん? 何を?」
「江崎さん! 私行きます!」
いちごはそう叫び、ノートパソコンを抱えると事務所を飛び出したのだった。
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