第49話 決戦

 廃墟の街をりんごは走る。

 倒壊具合は中心にいくにつれ激しくなり、無残に打ち壊れた白亜の殿堂を超えた付近では無事に建っているビルなど一つも残ってはいなかった。

 それは、現代の耐震基準を考えれば不可解な事態であり、これが単なる地震によるものではないという事を示していた。


 廃墟の街の陰では生き延びた人間たちが暴虐の限りを尽くしているのを横目で見つつ、りんごはその元凶を断つためひた走る。

 そして霞ヶ関駅を通り過ぎた頃、りんごの目に映ったのは瓦礫の山で出来た宮殿だった。


「……はっ、分かりやすくて結構だわ」


 りんごは吐き捨てるようにそう呟くと、警戒を増してその内部へと侵入していく。

 宮殿の規模は先ほど通り過ぎた国会議事堂に匹敵するものだ。それを一瞬にして作り上げた敵の能力はまさしく人知を超えたものである事が理解できる。


(まぁ、これだけの破壊を巻き起こした相手に今更よね)


 金毛白面九尾の狐。

 歴史に名高い伝説の妖怪、否、それは妖怪の枠組みを超え神に属する存在だ。

 ここは既に敵の腹の中。四方どこから敵の攻撃が襲い掛かって来てもよいように、注意深く、だが速やかに歩を進める。


(……へんね?)


 だが、出迎えが全くないままにりんごは奥へと進む。

 そして、最奥――玉座と思われる場所にそれはいた。


 まさしく金毛白面の名にふさわしき、違和感を覚えるほどに美しい白い毛並み。

 大型のバス程度の大きさを誇る狐の白き頭部。


 その頭部がごろりと転がり――


「あ……ん……」


 その上にちょこんと腰かける青山かりんはなのしょうじょの姿があった。


「うふふふ。久しぶりねりんご。元気そうで何よりだわ」


 花の少女は満開の笑みでもってりんごへそう語りかける。


「どう……して……」

「うふふふふ。まったく昔からあわてんぼうねりんごは。ワタシが一度死んだぐらいで死ぬわけがないじゃない」


 花の少女はそう言いつつ、ふわりと地面へと飛び降りる。


「うふふふふ。その顔が見られたんでお姉ちゃんは満足です。ええ、今まで隠れていた甲斐があったというものだわ」


 花の少女はそう言いつつ、ゆっくりとりんごへ向かって歩を進める。


「この狐さんも薄々は気が付いてたみたいだけどね? 

 ホントはもう少し大人しくしようかとも思ったけど、なんか隙だらけだったからつい手を出しちゃった」


 花の少女はそう言ってコロコロと笑う。

 最後の封印が解け、全盛期の力を取り戻したその瞬間。万能が体を巡るその瞬間こそが最大の隙だった。

 花の少女はそう笑い、パチリと指を鳴らす。

 バンと白き頭は水風船のように割れて周囲一帯を紅に染めた。


 ギリと、りんごは歯を食いしばる。

 先の戦いでは松山と言う犠牲に加え、自分自身の限界を超えての勝利だった。

 だが、憎き仇は確かに自分の目の前に存在する。


 ふうと、りんごは大きく息を吸い込みこう言った。


「いいわ。一度殺した程度じゃ死なないって言うんなら、何度だって殺してあげる。それだけよ」


 りんごはすらりと蒼月を抜き正眼に構える。


「うふふふふ。ええそうよ、何度でも、ええ何時までも遊びましょう!」


 花の少女はそう言って満面の笑みを浮かべた。



 ★



 ガラガラと激しい音が鳴り響き、瓦礫の宮殿が崩れ落ちる。


「ああああああああ!」

「うふふ。うふふふ!」


 土煙の中から飛び出したのは雄たけびを上げて切りかかるりんごと、満面の笑みを浮かべる花の少女。


「うふふふふ。いいわ! すごくいいわりんご!」


 多種多様・千差万別・桜花爛漫。色とりどりの攻撃を止めどなく放ち続ける花の少女。


「ちッ!」


 かわし、そらし、はじき、うけとめる。

 それらの攻撃を最低限のダメージで潜り抜けつつ、少しまた少しと敵へ接近するりんご。


(大丈夫、一度は切れた)


 慢心――出来る余裕などは存在しない。

 どれもまともに喰らえば致死の一撃。

 己の全能力を使い切り、暴雨の様な攻撃を潜り抜ける。


(こ――こッ!)


 体中血まみれになりつつもたどり着いた領域で刀を振るう。

 それはまさしくあの時の再現。

 無限の結界に護られた花の少女の結界を断ち切る一撃。


「うふふふふ! ええ! 素敵よりんご! これはもう大丈夫なのね!」


 聞こえて来た声に絶望する暇もない。

 真っ二つに切り開いた花の少女が消えると、別の場所から現れた花の少女が襲い掛かってくる。


「くッ!」


 終わりの見えない戦いに、りんごは奥歯を食いしばりながら戦うより他はなかった。


「ぐッ!」


 右肩の肉を半分ほど不可視の斬撃に切り落とされる。



「づッ!」


 地面より吹き上がってきた炎の槍により左足に穴が開く。


「あぐッ!」


 突如背後に現れた奇怪な生物により背中をえぐられる。


「っあああああああ!」


 それらを強引にねじり伏せ、振るった刃が花の少女の首を切り落とす。


「うふふふふ! まだよ! まだ始まったばかりよ!」


 しかし、戦いは振出しに戻る。

 瞬きをする間もなく現れた別の――だが同じ花の少女が姿を見せる。


「上等よ、アンタが死ぬまで殺して――」

「やろうぞ」


 タタタタと軽快な音が鳴り響く。


「かかか! 待たせたなりんご! この我がってうぉおおお⁉」

「はいは~い。馬鹿な事言ってないで仕切り直しっすよしきりなおし~」


 りんごの前に立ちふさがった茨城童子――へ襲い掛かる攻撃からりんごごと横に突き飛ばしたなつめは、自らも素早く瓦礫の陰に隠れつつそう言った。


「……はぁ、まったく、姉妹水入らずの時間をじゃましないでくださらない?」

「うひひひひ~。まぁボクもそうしたい所なんですけどね~。生憎と怖いお姉さんとの約束がありまして~」

「あらそう? けど死んでしまったら終わりよね?」


 花の少女はそう言ってパチンと指を鳴らす。


「あら?」


 バンとはじけ飛んだのはなつめではなく、2人の間に飛び込んできた無数の平家蟹だった。その残骸が紙吹雪のように飛び散ったあとに3人の姿は残っていなかった。

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