第27話 決着、そして

『見事』


 しわがれた男の声のぶっきらぼうなその一言を、二つに分かれた自らの仇が黒い靄となり世界に拡散してく様を見ながら、りんごは無言で受け取った。


『どうした? 喜ばんのか?』


 その純粋な疑問の声に、りんごはこう答えた。


『ちょっとね、色んな感情があふれてきて、気持ちの整理が落ち着かない』


 自分を地獄へと叩き落とした憎き両親の仇。

 それを討ち果たした喜びは確かにある。

 だが――


 りんごは視線を手にした刀へと向ける。

 100万と1の重み。

 それは決して軽いものではなかった。


『勝どきを上げろりんご。それは勝者の責務だ』


 重々しくかけられたその言葉に、りんごは無言でうなずくと、高らかに刀を掲げ腹の底からの雄たけびを上げる。


「私の――勝ちだッ!」


 りんごの声が大きく響き渡る。

 そしてりんごは掲げた刀をそのままある方向へと向けた。


(この復讐は私だけの物だった。松山もそのために利用しただけ)


 それはお互い納得の上での協力体制だった。その筈だった。


(だけど!)


 手にした刃の重みが訴える。


「次はアンタよ!」


 自分の番は終わった、ならば約束を果たす番。

 りんごは決意を込めた瞳でこう続ける。



 ★



「玉汐様、青木かりん様が打ち取られたようです」


 机に向かってカタカタと仕事をしていた玉汐は女秘書の報告にその手を止めた。


「おや? それは以外ですね」

「ワタシの目を疑いですか?」


 秘書はきらりと丸眼鏡を光らせながら静かにそう声を上げる。


「いえいえ、あなたの能力は良く知っていますわかがみさん」


 玉汐はそう言って苦笑いをする。

 彼女の秘書であるその女性の正体は雲外鏡と言う妖怪が人の姿をとったものである。

 無用な軋轢を生まないために、玉汐自身が直接遠見の術を使って監視を行えない代わりに、要注意人物である青山かりんの監視を鏡に任せていたのはその能力にある。

 古き鏡の付喪神である雲外鏡には、鏡、或いはその類似品を通してそちらを覗き見るという能力がある。

 処理能力の限界で多数の標的を同時に監視することはできないが、青山かりんは何を置いても監視すべき対象の一つであったのは確かだ。


 鏡から詳細について報告を受けた玉汐は上機嫌でこう言った。


「おやおやおやおやそうですか、あのうっとおしい刑部狸を道連れに行ってくれたのですか。それはそれは何よりでございますわ」


 いつになく上ずった上司へ、鏡は無表情でこう尋ねる。


「それほどの者だったのですか?」

「あははは。まぁアナタは高々数百年物の古鏡を私の力で付喪神と化したもの、あの狸の厄介さを知らないのは無理もありませんわね」


 玉汐は鏡が寄越してくれた紅茶に一口口をつけてから話を続ける。


「あの狸は――かつてのワタシと戦い、そして生き残った。

 それで厄介さの程は測れまして?」


 玉汐はそう言って獰猛な笑みを浮かべる。

 なるほど、確かにそれならば脅威としては十分だ。玉汐の正体を知る鏡は冷静にそう判断した。

 と、2人が談笑している時に、事務所のドアが慌ただしく開く音がした。


「大将! 大将! あのバケモンがくたばったってホントか⁉」


 口角泡飛ばしながら入ってきたのはまだ若い女性だった。

 一応見かけはスーツ姿だが、寝ぐせだらけのショートヘアに粗暴な言動と、とてもエリート官僚の到着点である事務次官室にふさわしいとはとても思えない有様だった。


「はぁ、全く芳賀はがさんは相変わらずですねぇ」


 玉汐はため息を吐きこう尋ねる。


「けど、どこの情報ですか? 鏡さんより目がいい存在などそうそういないはずですが?」

「ん? おお! 当事者だよ当事者。あのバケモンに事務所潰されれたから何とかしろってクレーム入ってきた!」


 芳賀は笑いながらそう言って自分のスマートフォンを玉汐にポイと投げる。

 それを片手でキャッチした玉汐は愉快そうな笑みを浮かべながら耳に当てた。


「はい、お電話変わりました玉汐でございます。雪代様でございますか?」

『ええ、私です玉汐様』


 スピーカーから届いてくる声は憔悴しきった声であった。


「あらあら、随分とお疲れのご様子ですわ。如何なさいましたか?」


 玉汐は上機嫌でそう問いかける。



 ★



 いつになく上機嫌の玉汐の声に、やはり全て承知なのだろうと思いつつ、雪代は状況報告を行った。


「ええ、事務所、と言うかビルは壊滅、倒壊していないのが奇跡的です」


 雪代は随分と風通しの良くなったビルを見ながらそう言った。


「はい。妹さんの勝利宣言がはっきりと。

 はい? 私ですか? そうですね、彼女の……ワープ? ですか? それでまぁ何とか命だけは」


 そう、命は何とか助かった。

 やましいことも含めた全事業データも、彼女たちが攻めてくるという事で別の場所へと移してあったから、別の箱さえあれば事業の再開は直ぐだろう。

 ただ、姉妹喧嘩の果てにビルがジェンガの様になったと保険屋に言っても通じないだろうから、そこは管理責任者という事で玉汐に一肌脱いでもらわなければいけない。


 玉汐と会話を続けながら、ズキリと走る痛みに、雪代はわずかに眉をしかめる。


「いえ、問題ありません。ワープした際に左手の指が2本ばかり持っていかれただけです」


 青山かりんが行った空間転移の座標設定が甘かったのか、はたまたそんなものをする気がなかったのか。

 雪代の見立てでは恐らくは後者であろうが、ともかく彼女が転移した際に、左手の小指と薬指はビルの壁面と一体化していた。


(まぁ、指2本で済んだのは僥倖だったわ)


 真っ赤に染まったハンカチで巻かれた左手にチラリと視線を向けつつ、雪代はそう独り言ちる。


「はい? いえ、それは結構です。義肢装具士の心当たりならございます」


 こんなことで余計な借りは作りたくない。否、玉汐が用意してくる義指と言うナニカを身に着けるほど度胸はないと、雪代は丁重に断った。



 ★



「はいはい。ええ、それでは保険会社にはこちらから話を通しておきますわ。あと各基金からの助成金も早急に回すように手配しますわ」


 上機嫌で話を終えた玉汐は会話を終えると芳賀へスマートフォンを投げ返す。


「やれやれ、雪代様も用心深いものですわねぇ」


 不満げにそう語る玉汐に芳賀は意地悪な笑みを浮かべてこう言った。


「けけけ。そう言いつつも大将。これ幸いと首輪の一つでもつける気だったんじゃねーの?」

「あらあらうふふ。それはそれ、これはこれですわ」


 芳賀の言葉にそう笑う玉汐へ、芳賀は勢いづいてこう言った。


「けどこれで、厄介者は居なくなった! 一気に計画を進める時だぜ!」

「まぁそうですわね」


 そう言って玉汐はチラリと鏡へ視線を向ける。


「はい、計画は順調です、日本全国へと延ばされた保護施設により、封印の解除は順調に進んでおります」


 冷静にそう語る鏡に、玉汐は満足そうにうなずいた後、眉根を寄せてこう言った。


「まったく、あの坊主も厄介なものを仕掛けたものです。

 日本全国に散りばめて施された寄木細工のような結界、それを全て解き放たなければワタシの力を取り戻すことは敵わないなんて、どれだけ暇だったのでしょうかね?」

「けけけ。大将がやらかしたことを思えば当然の結果じゃねぇの?」

「あらあら、心外ですわね。ワタシはちょっと後押ししただけですわ」


 玉汐はそう言って薄暗い笑みを浮かべる。


「けけけ。言う言う、おっかねぇ。その後押しとやらでこの国をあと一歩まで追い詰めた奴の言う事かよ」

「ふふふ。事実ですもの」

「まぁいいぜ。オレは面白そうな奴につくまでさ。それで? 何時仕掛けるんだ――」


 そして芳賀はその名前を上げる。

 それは遠く離れた場所でりんごが読んだのと同じ名だった。


「「厚生労働事務次官玉汐前、否、玉藻の前――九尾の狐」」

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