第24話 現れしもの

 りんごと松山は沖津鏡を使用し元の部屋へと戻る。

 そこにいたのは――


「そう。やはり大津さんでは無理でしたか」


 落胆した様子もなくそう語る、事務作業中の雪代の姿だった。


「へぇ。随分と余裕そうじゃない?」

「余裕ではございませんよ? お陰様で仕事が立て込んでおりまして」


 雪代はそう言いつつも、パソコンから手を離さない。


「ふーん。いい度胸ね。

 まぁどうでもいいわ。後ろめたいことは山ほどあるんでしょ?

 さっさとその証拠とやらを寄越しなさい?」


 作業を続ける雪代のそばに寄ったりんごは、切っ先を突きつけながらそう言った。

 そうされた雪代はようやく視線をりんごに合わせると、ふわりと笑ってこう言った。


「後ろめたい? 一体何の話でしょうか?

 コペラは法を犯した事業など行っておりませんが?」

「はっ⁉ ネタは上がってんのよ!

 アンタがしらばっくれるならそのパソコンを丸ごと頂いていくまでよ!」


 りんごはそう言い、机上のノートパソコンをひったくる。


「おやおや、乱暴ですね」


 雪代はそう言って肩をすくめる。

 その余裕たっぷりな様子に、りんごは眉根を寄せるが――


「かかか。儂らが来ることは予測されておったんじゃ。裏帳簿なりなんなりは等に別の場所に移しておるじゃろうよ」


 知った風な口を利く松山に、りんごは苦虫を嚙み潰したような顔をしてこう言った。


「……じゃあなに? 私たちが今夜やったことの意味は?」

「かかか。唯の顔見せ、ご挨拶じゃよ」

「そうですね、或いは正式な宣戦布告という所でしょうか?」


 そう言ってニコニコと笑う雪代の前に、りんごはイラつきを隠しもせずにノートパソコンを叩きつける。


「あらあら、精密機械は大切に扱ってくださいね。これも公金で購入した備品ですので」

「それはどうも!」


 りんごはそう言って一端大きく深呼吸を行う。


「まぁいいわ。私自身は、アンタが不正をやってようがいまいが興味ない、私が興味あるのは――」

「アナタの姉。青山かりんのことですね?」


 言葉尻を捕らえる様にそう続ける雪代へ、りんごは殺気を込めてこう言った。


「いい? 二度とは言わないわ?

 アイツは私の姉なんて存在じゃない。

 その事決して忘れない事ね」

「……承知いたしましたわ」


 むき出しの殺意に、雪代は一瞬の怯みを見せてそう答えた。


「……ですが、彼女のことは私も管轄外ですわ。

 いえ、私だけではなく、玉汐様であっても彼女に対する命令権は持っておりません。

 彼女は自由気ままに現れ消える。彼女の居場所を知るのは彼女のみですわ」


 雪代はそう言って肩をすくめる。

 その時だった。


「うふふふ。そうね、誰かに命令されるなんてワタシ大嫌いですもの」


「⁉」と、全員の視線が部屋の片隅に向かう。


「あ……ん……」


 と、あっけにとられるりんご。


「……なんじゃと」


 と、今まで見たこともないほどに表情を厳しくさせる松山。


「……え?」


 と、どう反応していいのか困惑する雪代。


 3人の視線が向かう先。

 そこには優雅に微笑み花の少女の姿があった。


「うふふふ。こうして顔を合わせるのはあの時以来ねりんご?」


 花の少女はそう笑い、なんの迷いもなくゆっくりとりんごへ近づいて行く。


「き……さ……」


 りんごは、柄がおれんばかりに刀を握りしめ、全身をわなわなと震わせる。


「あっ……青山様? どうしてここへ?」


 りんごとかりんの間に位置していた雪代は味方の登場に席から立ち上がり、花の少女へと近づき――


「どいてくださる?」


 花の少女の一言で、雪代の姿は部屋から消えた。


「ぬッ⁉」


 今の行為の意味に理解が及んだのは、花の少女の他には松山だけだった。


(アレは、空間転移。じゃが奴は沖津鏡のような神宝を所持しておる様子も、ましてやそれを発動した気配もなし。まさかこ奴は……)


 ギリと松山は歯を食いしばる。

 花の少女、その脅威を冷静にそして正確に把握しているのは松山だけだった。


「きさ……貴様がぁあああああああッ!」


 怒りが混乱を上回った。りんごは雄叫びを上げ矢のような速度で――


「止めよ! りんごッ!」


 そこに横から突っ込んできた松山の手によって部屋の逆側へと突き飛ばされる。


「がッ⁉」


 壁にめり込むほどに飛ばされるりんご、それを行った松山にはいつもの余裕などどこにも見て取れなかった。


「あら? いけない狸さんね? りんごと遊んでいいのはワタシだけだわ」


 そう言って眉根を寄せる花の少女。


「ぐッ⁉」


 松山の口から多量の血が流れ落ちる。

 否、そんな生易しいものではない。

 松山の腹部には人頭大の大穴が開いており、誰がどう見ても致命の傷であることは明白であった。


「うふふふ。待っててねりんご」


 その大穴越しに、花の少女はりんごへと笑顔を向ける。

 どさりと、床に倒れ伏す松山をこえ、花の少女はりんごへと向かう。


「き……さ……まぁああああああああああああッ!」


 破片をまき散らしながら立ち上がったりんごは、渾身の力を込めて刃を振るう。

 あの時――5年前とは比較にならない速度と力。

 雷光を切らんばかりの速度で放たれたその一撃は――


「うふふ。うれしいわりんご。そんなにもワタシを想ってくれてるなんて」


 不可視の障壁によって花の少女に皮一枚届かない。


「あああああああああああああ!」


 今まで培ってきた全てを込めて叩きつける。

 振るう剣閃は1秒で10を超える。

 だが、それのどれ一太刀として届かない。


「おおおおおおおおおおおおお!」


 気炎を吐き上げ、怒りの炎を叩きつけるりんご。

 それに対し花の少女は――


「うふふふ。いいわ、ワタシからも手を出してあげる」


 そう言い、ふわりと宙に浮かぶ。


「きッ⁉」


 瞬間、室内の気温は極寒のものとなる。

 キラキラと月光を浴び光り輝く無数の氷柱、そのどれもが鋭利な断端をりんごへと向けている。


「うふふふ。がんばってねりんご」


 親愛のこもった笑みと共に放たれる無数の氷柱。それは室内を瞬きの間に廃墟へと変える。


「く……うッ!」


 だが攻撃はそれだけではない。

 氷の次は炎、炎の次は雷、雷の次は不可視の刃。

 ありとあらゆる、多種多様な攻撃がりんごへと襲い掛かる。

 襲い掛かる嵐のような攻撃の前にりんごは防戦一方へと押し込まれる。

 戦力差は歴然。

 もはや戦いにすらなっていなかった。

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