第23話 マリオネット

「……上等じゃない」


 深海の凍てつく水温よりなお冷たい殺気がなつめに向けられる。

 地獄の業火の如き怒りがりんごよりあふれ出す。


「やばッ! 皆さん来ますッ!」


 なつめは慌ててそう叫ぶが、凄みがましたりんごの剣閃は一太刀で2体の河童を切り伏せる。


 1体、また1体。

 河童たちの連携に精度の遅れはないが、感情を昂らせたりんごの動きはその先を行った。


(ちッ! やらかしたッ!)


 なつめは失言を悔いるが、敵の勢いは止まらない。


(くッ! な~にをそんなに張り切ってるんすかねぇ⁉)


 元はひきこもりのゲーム廃人であったなつめにとって、敵のデータを把握しておくことは呼吸することに等しいことだ。当然りんごに対しても同じこと、彼女のパラメータは全て頭に入っている。それを加味した上の陣形だった。


 だが、今の敵は事前の数字よりはるかに上回る動きを見せていた。


(ど~でもいいじゃないっすか! 復讐なんてめんどくさい!)


 自分がどうしてひきこもりになったのか、なつめはよく覚えていない。

 それは記憶力の問題ではなく、気力の問題だった。

 つまらない、興味のないことには意識が向かない、それは誰しもが持つ感覚ではある。

 

 彼女が人と違うのは、彼女は自分自身への関心が極度に薄かったのだ。


(めんどくさい、めんどくさい、めんどくさい!)


 しゅらりと、なつめは手にした薙刀で円を描く。

 そして、それを海底に突き立て手印を組んだ。


(あ~。クソめんどくさい)


 なつめの、手入れと言う単語からほど遠い伸ばしっぱなしの茶髪がゆらゆらと揺れた。



 ★



 キンと澄み渡る音が鳴り響き火花が散る。

 それにりんごは舌打ちひとつ敵を確認。

 河童の数は半分以下にまで減っている。だが先ほどの音は、その中に自分と撃ち合える者がいた証だ。

 得物の差こそあれど、河童たちの動きはついさっきまで均一の物だった。


 ちらりと奥を見る。

 そこには手印を組んだ敵の姿。


「にひひひ~。めんどくさいからやりたくはなかったんすけどね~。

 ボクの妖力を分け与えることで任意のユニットの能力を増加させる。

 ま~、よくあるバフっすけどね~。

 名付けて平家妖術怨縛傀儡マリオネットってのはどうっすか~?」


 そう言いへらへらと笑うなつめ。


(力が増したのは2体。それが限界?)


 りんごは敵と刃を合わせつつ分析を開始する。

 その視線を受けてか、なつめは苦笑いを浮かべつつこう言った。


「あ~まぁ、そうっすね。ボクの力じゃ2体が限界っす。

 けどりんごさん、ついてこれますかね?

 あまりゲ~マ~舐めないほうがいいっすよ?」


 そう言いどろりとした視線を向けてくるなつめに、りんごはニヤリと頬をゆがめる。


「はっ、ようやくその気になってきたって所かしら?」

「いやいや、ボクはいつもやる気なんてないっすよ~。ボクはただ事実を言っただけっす~」

「ゲーマーがどうとか、今聞いたばかりよッ!」


 踏み込みざまに一閃。

 だが、それは左から差し出された銛にて軌道をそらされる。

 そして、間髪入れずに右から襲い来る鎖鎌。


「チッ!」


 舌打ひとつ、寸でかわす。

 そこに押しかけてくる銛の連突。


「フッ!」


 と気合を込めてそれらを捌く。

 その間に足元へと投げつけられる鎖鎌の煌めき。


「チッ!」


 とまた一つ、舌打重ねて大きく下がる。

 絶え間なく続く連攻。

 なつめが操作する河童2体。

 その身体能力は先日戦った蜘蛛女よりわずかに劣る。

 だが、攻撃の洗練さではこちらが遥かに上だった。


 りんごは先ほどから前回の戦いで取得した「崩し」を使用しようと試みている。

 だが、それは相手の力を利用するカウンターの技である。


(くそっ!)


 心の中で悪態をつく。

 敵――河童ではなく、それを操作するなつめは、りんごの攻め気を見て、攻撃の強弱を巧みに変化させる。

 カウンターの技が最大の効果を発揮するのは、相手が全力で撃ち込んできた時。

 ならば、相手がそれを待っているなら、囮を差し出し空振りさせればいい。


(その上、私が裏をかけば、さらにその裏を取られる)


 フェイントの一撃を力ずくで叩き切ろうとすれば、それを読まれて本気の一撃が来る。

 大積なつめ。彼女は人の気持ちは理解できないが、人の行動を分析する術には長けていたのだ。


(よ~っし。いけるっすね)


 表面上は余裕を見せつつ、なつめはそう分析する。

 今、彼女が使っている技にデメリットが無いわけではない。

 先ほどまではオートでけしかけていたユニットを自力で操作するのだ。

 2体の眷族に己の力を流し込みつつそれを行う、その事は当然ながら彼女の妖力と精神力をすり減らしていった。


(うひひひ。レッドゲ~ジからの大逆転を喰らうなんてゲ~マ~の恥っすからね~)


 ポーカーフェイスにへらがおの裏では大量の脂汗を流しつつ、焦らず慎重に獲物を追い詰める。

 どこまでもロジカルに、システマティックに。


「くッ⁉」


 ぐらりとりんごの態勢が崩れる。

 海流操作によって作った窪みに足を引っかけさせることに成功したのだ。


(今っすッ!)


 もう相手のゲージはミリほどしか残っていない。

 ここで叩き込み、このめんどくさいイベントに蹴りをつける。

 なつめはそう判断し、残りの妖力を注ぎ込み必殺の一撃を――


 ぶわりと急激な海流の変化が起こる。


「んにゃ⁉」


 それに気を取られた一瞬の隙に、なつめが操作していた内の2体がほぼ同時に切り落とされる。

 だが、それを成したりんごは苦虫を嚙み潰したような顔をしてこう言った。


「余計なお世話よ」

「かっかっか。そりゃすまんのう。まぁ年寄りが冷や水浴びせるにはちょうどよい場所じゃろ?」


「海底だけにな」と闇の向こうから現れた和装の美女はそう嗤う。


「くっ……タイムアップでしたか」


 なつめはギリと歯噛みをする。

 和装の美女――松山のデータはとても少なく、完璧にその行動を予測することは不可能だった。自分たちのボスは把握しているようだったが、教えてくれたのはその概要のみ。

『数千の年月を生きた大妖怪』それだけである。数値に表せられるような者ではないという事らしいが、ゲーム廃人の彼女にしてみれば数字こそが全てである。


「まぁ……今更何言っても後の祭りって奴っすね~」


 なつめはそう言うと、海底にへたり込み素直に両手を上げる。


「かかか。まっ、そうじゃな。平家の女の妄執が最も力を発揮できる場所と言えば瀬戸内の海を置いて他にはない。じゃが残念じゃったな、ここは儂の庭でもある」


 松山はそう言ってニヤリと嗤う。

 その言葉で、彼女の正体はだいぶ絞れはしたが、今更と言う話だ。


「ふん。そんなことはどうでもいいわ。それよりとっとと出すもの出しなさい」

「わっかりました~。降参ですよ降参」


 りんごはそう言って降参の意を示したなつめに近づいていき――

 奇声と共に、なつめの足元が跳ね上がり、ギラリと鋏が煌めいた。


「知ってる」


 斬と妖刀が振り下ろされ、特大の平家蟹は真っ二つに両断される。


「にひひひ~。ホント面白くない人っすね~りんごさんは」

「はっ。アンタみたいな嘘つきにそう言われてもどうってことないわ」


 りんごはそう言って、妖刀の切っ先をなつめの喉元へ突きつける。


「うひひひ」


 なつめはへらへらとした笑みを浮かべたまま、ポシェットから古びた鏡を取り出し、りんごの足元へと転がした。

 りんごはそれへ視線を向けることなく、足先で松山の元へと蹴とばした。


「んあ~? まだなんか用っすか?」

「当り前よ、私にとっちゃあんなものおまけだわ。私が知りたいのはあの女、青山かりんの居場所だけよ」


 切っ先にこもった殺意に気圧されるようになつめは頬を引きつらせながら口を開く。


「いひ、いひひひひ。あ~あれっすね~。りんごさんのお姉さんのことっすよね~。

 まぁさっきもちらっと言いましたけど。お姉さんはウチのボスの所にいます。

 けど、知っての通りりんごさんのお姉さんは気分屋なので、いつどこにいるかはボクからは何とも言えないっす~」


 吐くものは吐いた。だからその剣呑なものは退けてくれ。

 なつめはそう視線で訴える。

 それに対したりんごの答えはこうだった。


「は? なんでアンタに加減する必要があるの? アンタはアレの仲間なんでしょう?」

「いっいやいやいや。だから言ってるじゃないっすか⁉ 

 りんごさんのお姉さんとお友達なのはウチのボス――」

「覚えておきなさい。アレはとっくの昔から私の姉なんて存在ものじゃないのよ」


 その言葉と共に、刃が振られ。なつめの頭部はころりと海底へと転がった。

 松山はその様子をニヤニヤと楽し気に眺めていたのであった。

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