第21話 用心棒
「それで? お目当てはなんなのじゃ?」
「は? そんなの知らないわよ、目につくもの片っ端から頂いてけばいいんじゃないの?」
「相変わらず雑じゃのうお主は」
ぺちゃくちゃと喋りながら歩を進める二つの影。
2人が歩いているのは既にビルの廊下であり、セキュリティは当の昔に松山の手によって無力化されている。
敵陣の只中を堂々と歩む2人、その周囲には有象無象の妖の骸が転がり虚空へと帰り始めていた。
「さて、ここがヤツラの事務所ね」
そしてたどり着いた一つのドア。
その横の看板にはアルミの削り出しでコペラの文字が刻まれていた。
りんごはさも当然のように刀を抜こうとする。
その時だ。
「鍵は開いています。修理代の無駄ですのでそのままお入りください」
内より響く静かな声、それに2人は顔を見合わせた後、遠慮なくドアを開いた。
★
「あら、深夜まで残業お疲れ様ね」
広々としたコペラの事務所。
その奥にあるモダンデザインのすっきりとしたワークデスクの奥に座るのは窓から入る月光を受けキラキラとした金髪を輝かせる女性。コペラ代表、雪代であった。
「ええ、お陰様で」
雪代は切れ長の瞳をキリリと引き締め、りんごをしっかりと見つめながら静かにそう言った。
「で? そいつが最後の用心棒ってわけ?」
りんごはそう言って雪代の隣に立つ女性に刀を向ける。
そこにいたのは手にしたスマートフォンに顔を向ける少女だった。
少女は、ぼさぼさの茶髪を腰まで伸ばし、目元には野暮ったいデザインの黒縁メガネ。
大きめの黒のカーディガンをだらしなく身に着け、足には色落ちしたジーンズ、そして肩掛けした小さなポシェットをぶら下げていた。
「そう言うことになりますね。
……大積さん? 大積さん?」
三度呼ばれた少女はようやくその事に気が付き、ワイヤレスイヤホンを外して雪代の方へと視線を向けた。
「あ~、なんっすか? 雪代さん?」
「……」
雪代は無言でりんごの方へと視線を促す。
「……あ~。そうっすか、ホントに来たんっすね~。めんどくさい」
そう言った彼女はポリポリと頭をかきつつ、りんごたちにこう言った。
「ども~、ボクは大積、大積なつめっす。あ~なんか、近々襲撃があるかもしれんからとかなんとかで護衛任務を任されたっす」
なつめはそう言ってぺこりと会釈をする。
「……勢いがそがれる奴ね」
なつめのあまりのやる気のなさに、りんごが対応に困っていると、彼女はにこやかにこう言った。
「あっはっは~。そりゃいいっすね~。まぁお互いやる気がないことだし、今日は手打ちにしません?」
「はっ、冗談。ここまで来て手ぶらで帰れるかってものよ」
「……手ぶらでねぇ」
なつめはチラリと雪代へと視線を向けたのち興味なさげにそう呟く。
「まぁいいわ。そっちの都合なんて知ったこっちゃない。
それで? 二対一で戦おうっての?」
りんごは余裕の表情でそう言った。
それに対してなつめは面倒くさそうにポシェットから古びた銅鏡を取り出す。
「二対一? うんにゃ~百対二っすよ~」
どぷんと室内が一瞬で水に包まれる。
いや違う、さっきまで室内だったはずが、いつの間にかゴツゴツした海底へと様変わりしていた。
「な……にッ?」
りんごは素早く隣に立っていた松山を確認する。
「ちっ……あ奴の仕業じゃな」
松山は憎らし気にそう吐き捨てた。
「りんごよ、先ほどあの女が取り出したのは
「はッ? 何よそれッ⁉」
「あれに秘められし力は空間転移、儂らはどこぞの海底へ飛ばされたという訳じゃ」
松山の言葉に、りんごは混乱しつつも刀を構える。
幸いと火鼠の皮衣に込められた加護により呼吸に問題はなかったが、それでも深夜の海底である、視界は劣悪の上、水圧により動きに大きな制限が与えられた。
「チッ! 私たち帰れるんでしょうね! 電車代なんて持ってないわよ!」
「安心せい、鏡を逆に使えば戻るは可能じゃ。じゃがアレの原物は当の昔に喪失しておる、 模造品のアレではそう何度も使えん筈じゃて」
その言葉にりんごは激しく舌打ちをする。
模造品の沖津鏡、もしその力が往復しか持たないとなれば、自分たちはどこぞと知れぬ海底に置き去りにされることになる。
時間を掛ければ戻ることは可能であろうが、それがどの位の時間を要するのかは今の自分たちには判断できない。
「くッ! あの女ッ!」
見事にしてやられたりんごが歯噛みをした時だった。
「ボクっすか~?」
暗闇の中からぼんやりと黒いカーディガンが姿を見せる。
「へぇ……随分と余裕じゃない」
「まぁ、ここでアンタらの相手しろって依頼ですからね~」
なつめはそう言ってすらりと闇の中より一本の薙刀を取り出した。
「はっ、そんなもの無視してとっとと逃げてりゃよかったのにね」
「そっすね~、ボクもその意見には心底同意するっすけど逆らうと怖いっすから~」
そう言い互いの武器を構えあう2人。
だが、その時りんごは異変に気付く。
ざわざわと周囲に蠢く何かの気配。
りんごがそれに気が付いたことを察したなつめは面倒くさそうにこう言った。
「あ~、ボクへっぽこなんで~。数を頼りにやらせてもらうっす。
さっき言ったっすよね? 百体二って」
暗闇の海底に無数の紅い灯火が一斉に輝いた。
瞬時にその数を把握することは至難。
だが10や20では効かないことは確か。
無数の光源、それは怒りに燃える瞳から漏れる炎だった。
「平家蟹……アンタ海御前ね?」
背負った甲羅に人面を張り付けた無数の蟹。そして、それを従える妖。
それは壇ノ浦に身を投げたとある平家の女の成れの果て。
その名は海御前と言う。
「そっすね~、ど~でもいいんで言っちゃいますけど」
なつめはそう言ってポリポリと頭をかきつつこう言った。
「んじゃ~検めまして~。ボクは被検体0001789大積なつめっす。
戦に敗れ全てを失った女の妄執の果て、憎悪と嘆き、恨みと怒りの化身である哀れな
なつめはそう言って皮肉気な笑みを浮かべたのだった。
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