第17話 7年前 参
(大日本帝国再興計画……ねぇ)
宇賀谷は心の中であくびをする。
彼女のスポンサーは戦後の日本に誕生したとある財団だと言う話だ。
彼女自身はその財団とやらには会ったことはない。
彼女がその話を聞かされたのは厚生労働省の玉汐前とかいう見るからに胡散臭そうな女だった。
人を謀る狐女。それが宇賀谷が玉汐に感じた第一印象である。
その女はこう語った。
『御前は強き祖国を取り戻そうとのお考えです。ですが資源小国の日本では使えるリソースはそう多くはない。
そこで御前はこう考えました、かの信玄公の仰った様に「人は城人は石垣」まさしく我が国が誇る最大の資源は瑞穂の国に暮らす民そのものでございます』
(よーするに、強化人間とやらを作ってそれを暗躍させようって話)
どこの子供向けのアニメかと思うような計画だった。
だが、アメリカでやらかしたことが見つかった際に、どこからともなく助け舟を出してくれた恩――と言うか契約がある。
(それに……出来ちゃったもんな、強化人間(笑))
宇賀谷はチラリと背後を見る。
純白の檻、そこに横たわる一匹の化け物。
否、室内にあるのはそれだけではない。
化け物が催眠ガスで鎮静化している間に運び出されている物。
それは原型をなくした装甲車だった。
(にしても、妖怪ねぇ)
その訳の分からない単語に、宇賀谷の頬が思わず緩む。
高校までは日本で暮らしていた宇賀谷だ、勿論妖怪と言う単語は良く知っている。
だがそれは、現代日本ではアニメや漫画の中の存在の筈だった。
だが、玉汐と言う女が連れて来たのはソレだった。
常識の根幹となっていた物理法則を無視した存在。
そう、玉汐が求めたのは「人間と妖怪を融合させる」と言う事だった。
人体の限界をはるかに超える異次元の肉体スペック。
物理法則を超越する異能の技。
なるほど、確かにこれを量産することが出来れば、小国程度なら力づくで破壊できるかもしれない。
いな、大国であっても甚大な被害を与えることは可能だ。
(なにしろアレにはあらゆるセキュリティーは通用しない)
アレの肉体は人間の物とは変わらない。
それを魔力だか妖力だかでブーストしているのだ。
(空港のエックス線検査じゃ妖力は映らないからねー)
あくまで普通の人間として対象に接近し、号令に従いその本性を現す。
そこで初めて対象は、自分の隣にいるのが人外の存在だという事に気が付くのだ。
(あっ、やばい。やっぱおもろい)
くすくすと笑みがこぼれることが抑えられない。
目の前の男。
児童養護界の重鎮様とやらは、定期的にせっせとサンプルを運んでくれる。
ここでは人体実験はやりたい放題だ。
自分の専攻とはちと離れた感はあるが、そんな事は些細な事。
(実験だ、実験が出来る)
禁忌などと言うかび臭い言葉はここには存在しない。
あるのは技術の発展のみ。
その先に何があるのかなど、研究者である自分には知ったことではない。
誰も見たことがない風景、誰の足跡もない世界に自らの足跡を刻み付ける。
探究者としてこれ以上の楽しみはあるだろうか?
「うふふふ。まかせてよ君塚さん。実験は順調順調。きっと満足いく結果出して見せますって♪」
宇賀谷は酩酊したような目でそう笑った。
★
(ぐ……う……)
床に這いつくばる少女は顔を上げないまま静かに耳を澄ませていた。
切り忘れたスピーカーから漏れ聞く言葉、その一語一句を聞き逃すまいと。
(必ず……必ず……)
この部屋を抜け出してヤツラを皆殺しにしてやる。
どす黒い情熱だけを生きる糧として、静かに復讐の刃を研いでいた。
(脱出路は2つ)
まずは正面のドア。
内部から単独では開くことのできないあのドア。
四六時中煌々と灯りに照らされ、実験の度に気絶と覚醒を繰り返す身では、今があの時から何日過ぎたのが全く把握できていないが、あのドアは大銀行の大金庫の分厚さを持つ金属製のドアだという事は把握した。
(そして、右)
けたたましいエンジン音を立て、先ほど自分が破壊した車が運ばれていく。
部屋の右、その一部は大型の搬入口となっておりそこから課題の出し入れがされているのだ。
勿論そこも内側から単独で開くようにはなっていない。
巨大で分厚い金属製の壁が上下に動くことで開閉するようになっている。
(ヤツラはまだ気付いていない)
実験が開始する前、すなわち搬入口が開く前には、いつも不快な匂いのするガスが室内に充満し自分は強制的に眠らされている。そして準備が整ったら
だが――それには慣れた。
甘ったるい匂いのする不快なガス。それがもたらす睡魔は既に克服した。
(しかし、足りない)
脱出するにはその搬入口を使うのが手っ取り早い。
だが音から判断するに、搬入口の先にあるのは巨大なエレベーターだ、迂闊に押し入ったとしてもそこにあるのは次の行き止まりでしかない。
そして何よりも――
目を閉じ、静かに自分の体へと意識を向ける。
どこかへ仕込まれた首輪。
激痛を発し動きを封じるこれを何とかしないと、奇跡的にこの部屋を抜け出れても直ぐに拘束され逆戻りだ。
(必ず……)
ギリと歯を食いしばり決意を固める。
最初に着せられていた筈の患者服は当の昔にボロ布になり、今の自分は下着すら身に着けていないありさまだ。
そんな自分へ容赦なく向けられる大人達の視線。
あるものは粘りを帯びた下卑た視線。
あるものは化け物を見る畏怖の視線。
そしてあるものは――お気に入りのおもちゃを見つめる歓喜の視線。
(あの女)
ここの責任者だという、宇賀谷と言う女。
恐らくはあの女が首輪の仕組みを把握している。
まずはあの女を何とかしなければ……。
★
(腕は最高、だが人間としては最悪の部類の女だな)
観察室を後にした君塚は、おもちゃを前に上機嫌な女の顔を浮かべながらそう思った。
宇賀谷玲子28歳。若くして数多くの実績を残した天才に分類される人間だが、その人間性はまさしく悪魔と言っても過言ではない。
頭にあるのは己の腕を振るう事だけ、その際に流れ落ちる血の量も、その後に流れ落ちる血の量も、彼女はそれを極めて正確に把握しておきながら、全くそれを気にしてはない。
あるのは自分の
それに付属する全ては、それが正負のどちらに属そうと、彼女にとって等しく無価値な存在だ。
理念もなく、倫理もなく、目的すらなく、唯々研究すること自体が目的の研究者。
それはある意味純粋な存在かもしれないが、君塚の目にはこれ以上なく醜悪な化け物に見えた。
(我らには遂行なる目的がある)
君塚は財団の息がかかった人間だ。
彼が幼少の頃、父が経営する工場が倒産した。
そこから先は坂道を転がり落ちるように一家はボロボロになった。
父親は蒸発、母親は自殺。
天蓋孤独の身となった彼へと手を差し伸べてくれたのは財団だった。
財団は彼にとってまさしく命の恩人だ。
その財団の長である
彼の想い、彼の願いを叶えるためにこの身は存在する。
そのためにはどんなことでもやって見せる。
それが君塚将門と言う男だった。
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