第9話 また今度
二人は歩くこと数分、ゲームセンターに到着。
建物内はゲーセン特有の騒々しさに包まれていた。ゲームセンターはあまり来ることがないので、音の大きさに若干眉をひそめる。こういう空間が嫌いな訳ではないが、どうしても音に体が反応してしまう。
一方のゆずは楽しそうにキョロキョロと周りを見渡していた。その足取りは軽く、どことなく浮かれているようにみえる。
フロアの案内を見ると、一階にはクレーンゲーム、二階には格ゲーや音ゲーなどがあるようだ。
とりあえずクレーンゲームの間をぶらぶら歩く。
「そういやゆずはゲーセンとかよく来るのか?」
「うん、って言ってもたまに来るぐらいかな。時々学校帰りに音ゲーとかやったりするよ」
「へー、なんか意外。全然そんなイメージなかったわ」
するとゆずは目を細め、無感情な声で、
「実は前に友達と来た時に『え、きもっ……』って言われた程度には上手いんですよねー」
「うっわ、そのエピソードきついなぁ……。まぁ一般人からしたら『すごい』って感想よりも先に『きもい』が出てくるもんだよな」
想像できるシチュエーションなだけあって共感性羞恥がすごい。友達とゲームをする時に本気でやっちゃって引かれる事ありますよね……。あるよね?
「やめろやめろ! きついのは自覚してんだ‼」
どうどう、と荒ぶるゆずをなだめる。
そんな会話をしながら歩いているとゆずの目がとある筐体の前で止まる。
「ねぇねぇ、これ可愛くない?」
ゆずが指差したのは、黄色い猫のぬいぐるみ。とある育成ゲームに登場する人気キャラの「ピカニャン」である。
ピカニャンは子どもから大人にまで大人気の国民的キャラクターだ。
特徴としては、やる気の無さそうな目でいつもぐでっと寝そべっている。その生態はほぼニートといえよう。だが、そのゆるっとしたところが見ていて癒されると人気なのだ。
「取りたいのか?」
「んー……、やめとこうかな。どうせ取れなそうだし」
とは言いつつもぬいぐるみに未練がましい視線を送っている。確かにこのぬいぐるみ、よく見ると結構可愛いな。
……せっかくならやってみるか。
「よし、じゃあやってみようかな。自分ではほとんどした事がないけど、プロの動画はちょくちょく見るから実質プロと言っても過言ではないぞ」
「明らかに過言でしょ。もしかしてアレ? プロFPSプレイヤーの動画を見てるからって自分も上手くなったと勘違いしちゃうタイプ?」
「はいそこー、うるさいぞー。まあ見てろって」
そう言ってとコインを投入。ノリで啖呵を切ったが何となく出来そうな気がしてきた。どこに力を加えればどう動くのかを考えればいい訳だろ、何とかなるんじゃないか?
「まずこういう山積みにされてる台は片方の爪で引っかけて転がすのが定石なんだよ」
「って動画で言ってたの?」
「まぁその通りなんですよね」
今回はピカニャンの頭に右のアームを差し込むイメージかな。
まずは横のライン。アームの移動スピードが分からないので慎重に動かさないと。狙うはぬいぐるみの中心から少し左。
フーっと息を吐き、ボタンを押す。そして特有の効果音と共に動き出すアーム。
「ここだ!」とボタンを離すがアームは想定より右側に。ぬいぐるみの真ん前まで動いてしまった。もしかしなくてもミスった気がする。
「片方の爪に引っかけるって話はどこに? ど真ん中じゃない?」
「いやいやいやいや、全然想定通りだぞ? 頭を持ち上げることでぬいぐるみにでんぐり返しをさせるテクニック、いわゆる『ムーンサルト』を狙ったんだよ」
「ふーん……」
ゆずはじとーっとした目でこちらを見ている。
気を取り直して次は縦のライン。先ほどの動きからして、ボタンを離してからアームが停止するまでに、少しラグがあるようだ。
反省を活かして少し早めにボタンから手を離す。と、今度は逆に早すぎたようでぬいぐるみのど真ん中で停止する。
アームは下降し、ぬいぐるみの胴体を掴むが、結果としてぬいぐるみは持ち上がる事すらなく、アームの間を抜けていった。
ゆずは黙ってじとじとーっとした目でこちらを見ている。
「……まあそういう時もあるよな」
「むしろなんで自信満々だったの? てか、まだやるの? お金勿体なくない?」
「当然」
ノリで始めた訳ではあるが、負けたままでは終われない。更にコインを追加投入。
そしてこれが泥沼の戦いの始まりであった。
結果、幾度とチャレンジするも成果はゼロ。無駄なお金の浪費と気づいたときには千円と少しが虚空へと消えていた。
原因は恐らく二つ。
まず、そもそも狙ったところにアームが止まらないこと。縦横のラインを狙ったところに合わせるのが普通に難しすぎる。
そしてもう一つが、想定通りの位置に止まってもぬいぐるみがほとんど動いてくれなかったこと。筐体のアームの弱さに文句を言う様は、ゆず曰く「野良のトロールにキレてる奴みたい」とのこと。
「正直クレーンゲームの事舐めてたわ。動画では簡単に取ってるけどこんな難しいんだ」
「へー、そんなに。もしくはしゅーくんが下手なだけ……?」
「いやいやいや、やってみたら分かるって、ほんとに難しいぞ」
ふーん、と疑うかのようなゆず。そしてかばんから財布を取り出し、挑戦を始めた。
ここまでで多少は取りやすい位置まで動いてはいるので取れない位置ではないだろう。
「これ後は頭さえ持ち上がればコロンって落ちるよね?」
「だと思う……けど、それが出来なかったんだよなぁ」
ゆずは大きく息を吐き、真剣な眼差しでアームを見つめる。
そして慎重な手つきでボタンを押した。
ここまでで移動の雰囲気は把握しているのだろう。横方向は完璧な位置で停止する。
ゆずは小さな声で「ふぅ……」と溢した。集中した横顔は真剣そのもので思わず笑みをこぼす。
続いての奥方向への移動も完璧。
まさかのゆずの才能に声を漏らす。
「え、めちゃ上手いじゃん!」
「まだ分かんないよ」
縦と横のラインはばっちり。アームは狙い通りの場所へ降下していく。
そのままぬいぐるみの頭を掴むかと思われた。
が、アームは下に埋まっていた別のぬいぐるみのタグに引っ掛かった。そして引っ掛かったぬいぐるみはアームと一緒に上昇する。
すると、その上にあったぬいぐるみのバランスも崩れて、
「やっぱりしゅーくんが下手なだけだったじゃん」
「すっっげぇぇーーーーー‼」
まさかのワンプレイで二つのぬいぐるみを確保したゆずであった。
「え、実はプロだった? もしかしてクレーンゲームで生計立ててる?」
「そんな訳ないでしょ……。でも将来的に目指せるかもね」
ドライではあるが自慢げな口調で二つのぬいぐるみを取り出す。腕に抱えると取れた実感が湧いてきたのか、その美貌には歓喜の表情が滲む。
「おめでとう、ゆず。取れて良かったな」
「……うん」
満足気にぬいぐるみを抱きしめる様にはあどけなさが目立ち、大人びた顔立ちとのギャップから見ていてとても微笑ましい。
そんな子供っぽい自分の反応に気づいたのか、少し恥ずかしそうに笑っている。
ご満悦な様子のゆずであったが、ふとこちらに目を向けると、躊躇いがちに尋ねかける。
「ねぇしゅーくん、良かったらこの子、一人貰ってくれない……?」
「え、せっかく取ったのに?」
「せっかく二つも取れたからしゅーくんに一つ貰ってほしいなぁって思って」
ぬいぐるみを抱きしめて、やや上目遣いでそう言ってくる。
でもゆずが取ったものだしそれを貰うのはなぁ、と悩んでいると、
「……やっぱり男の子はぬいぐるみとか要らないかな……?」
邪魔だったらいいんだけど……、とその顔は少ししょんぼり。そんな悲しげに言われたら断れる訳がない。
「じゃあお言葉に甘えて貰うよ、ありがとうな」
ゆずからぬいぐるみを受け取り、景品の持ち帰り用の袋に丁寧に入れる。
「最初は取ってあげようと思ってたのに、俺が貰うことになるとはな」
何気ない一言だったが、ゆずは目をぱちくりとさせる。何か変な事でも言ったかなと思っていると、
「……そのためにやらなくても良かったのに」
「あー、そういや言ってなかったっけ。欲しそうにしてたからサッと取ってスッと渡そうと思ってたんだよ」
まぁ逆になっちゃったが、と苦笑い。ゆずは呆れたように息を吐く。
「せっかく可愛い女の子と一緒だからってカッコつけようとしちゃって」
「せっかく可愛い女の子と一緒ならカッコつけるのが男心ってもんだろ」
「……そういう事簡単に言えちゃうの良くないと思うなぁ。ずっとただの陰キャ君だと思ってたのに」
そう言って不満そうにぬいぐるみをもふもふ。可愛い女の子がぬいぐるみと戯れていると絵になるなぁ、なんて場違いな感想が浮かんでくる。
一通り楽しんで満足したのかぬいぐるみを袋に仕舞い、
「じゃあ」
一度言葉を切り、こちらを向き直す。
「今度までにわたしにプレゼント出来るぐらい上手くなっててね?」
「……おう、任しとけ!」
今度、か。その機会のために練習しておこう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます