第8話 遭遇
話がまとまったあたりで食事が運ばれてきた。俺はデミグラスソースのオムライス、ゆずは明太子クリームソースのオムライス。「いただきます」と手を合わせて早速いただく。
ふわっとしたタマゴがチキンライスの上に乗っかているタイプで、タマゴを真ん中から割ると綺麗に開く。このタイプのオムライスは見た目からして食欲がそそられるのでとても好きだ。デミグラスソースと一緒に口に入れると、ふわとろなタマゴとまろやかでコク深いソースの相性が抜群。今まで食べたオムライスの中で一番美味しいかもしれない。
ちらっとゆずの方を見ると幸せそうな顔でオムライスを口に運んでいる。美味しそうに食べる様子に自分までつい笑顔になってしまう。するとこちらの視線に気づいたようで、「ん?」と首をかしげるゆず。
「や、美味しそうに食べるなーって思って」
少し恥ずかしそうに言うには、
「まぁ実際美味しいからね。クラスメイトが話題にしてたから来てみたかったの」
「確かにめちゃ美味いよな。今度そっちの明太子の方も食べに来ようかな」
「ふふん、いいチョイスだったでしょ? 褒めてくれても構わんのだよ?」
ちょっと調子に乗っていて面倒だったので「はいはい、偉い偉い」と適当に流す。まあ実際めちゃ美味しいんだよな。
そして二人とも食べ終わった頃、
「そうだ、ここの店ナポレオンパイも有名らしくてね。これも頼んでみない?」
「ナポレオンパイってイチゴのやつだっけ?」
「正確にはイチゴとパイ生地を重ねたミルフィーユだね」
「パイって名前だけどミルフィーユなんだな。まっ、せっかくなら食べるか」
これだけオムライスが美味しいのならきっとデザートも相当な物だろう。実は結構わくわくしている。ゆずは席から顔を出して店員さんを探しキョロキョロ。
と、「やばっ」と急に顔を引っ込めた。ゆずは隠れるように身を縮こませている。何かあったのかと思い、ゆずの見ていた方向、自分の座っている後ろに振り向こうとすると、ゆずは手ぶりでそれを制止する。
「何かあったのか?」
体を前に倒して小声で尋ねると、何を思ったのか、ささっと俺の隣に移動して真横に座った。身体が少し触れる距離、つまりゼロ距離である。
(え、何、近くない? なんかちょっといい匂いするんですけどすごく良くないんですけど)
横に座るゆずから伝わる体温が思考を混乱に導く。動揺の冷めやらぬ中、ゆずは顔を耳元に近づけ、
「今座ってる席の後ろの方に学校の子たちがいるみたい。隣のクラスの女子が三人」
その言葉を聞いて浮ついた思考が吹き飛ぶ。
「……まずくない?」
「イエス、アブソリュートリーイエス」
二人でお洒落なカフェにいるところを見られれば、下衆の勘繰りをされる可能性が高い。バレる前に退店するにも、座っている位置関係上彼女らの前を通る必要がある。かといって帰るまで待機するのなら、何かの拍子にバレるリスクが付きまとうことになる。特徴的な髪色におやっと勘づかれる可能性があるだろう。
「どうする? 帰るにしろ待機するにしろ危ないよね?」
「だな。とりあえずパーカー貸すからフード被って顔隠せ」
「そこまで要るかな? パッと通ったら大丈夫だったりしない?」
「あほか、そんだけ美人なんだから嫌でも目を引くに決まってるだろ」
羽織っていたパーカーを渡すと、ゆずは「あ、ありがと……」と言ってそれを着る。男物なので余裕をもって顔を隠せたようだ。
進むにしろ待つにしろリスクは同じぐらい。動くなら動くで早く行動に移すべきか。となればとるべき行動は決まった。
「よし、パッと店から出るぞ。会計は俺がするからタイミングをずらして店から出てくれ」
とにかくこの場から離れるべきだろう。この場で避けなければならないのは、白河悠月が男性と二人でランチをしていることを目撃されること。学校一の美女の浮ついた話はまるで一大スキャンダルかのように扱われるだろう。俺がこの店で女子とランチに来ていたことが見られたとて、その相手が白河悠月だとバレなければ良い。
荷物をまとめて立ち上がると、「待って」とゆずが袖を掴む。「どうした?」と小声で問いかけると、ゆずも立ってそのまま腕にしがみつき、胸に顔をうずめる。
「ちょ、待って。ほんとにどうした!」
出来るだけ小さな声を意識してはいるが思わず声が出る。
「……こうすればわたしってバレないでしょ?」
「確かに合理的かもだけど流石にまずいって」
「議論する前に早く出よ?」
ゆずの言う通りこれならバレるリスクは減らせるが、如何せん色々とまずい。明らかに腕に柔らかいものが当たっているし、ゆずが喋ると胸元に息が当たってくすぐったい。本当にまずい、すごく良くない。男子高校生には刺激の強いシチュエーションだ。
が、議論するよりも外に出ることが最優先なのは間違いない。腕にもたれかかる感触を出来るだけ気にしないように会計に向かう。役得なシチュエーションなのかもしれないが、そんな心の余裕はなかった。
そして件の高校生の近くへ。スマホの画面を見ながら話題の動画について盛り上がっているようだ。そんな声が聴こえてか、ゆずが少し身を固くするのが分かる。ここまでカモフラージュすれば流石にバレないだろうと思っていると、三人のうち一人がこちらに気が付いたようだ。そして何かを思い出すように視線を向けている。
(やばい、もしやバレたか……?)
焦りを表に出さないようにしながら、誤魔化すように空いている手でゆずの頭をポンポンとする。そしてちらりと女子高生の様子を伺うと、バカップルを見るように冷たい目線が向けられていた。彼女は興味をなくしたようでガールズトークに戻っていく。
(バレてはなさそうだけど視線が痛い!)
正直俺も人前でイチャコラしてる奴が居たら冷たい目で見ると思う。まさか自分が向けられる側になろうとは……てかカップルじゃないんだけど。
ほっとしながら会計に急ぐ。向けられていた視線を思い出す。――もしかすると俺が同じ学校であることに気が付いたかもしれない。ゆずの言っていた通り、確かに学校で見たことのある顔だった。まあもし自分の名前を知っていたとしても、誰も「大槻柊が彼女とカフェでいちゃついていた」なんて話に興味がないだろうし、そもそも「大槻柊って誰?」となるだろうし問題ないだろう。
結局その後は何事もなく店の外に出ることに成功した。
念のため店から少し離れた路地に入ってようやく一息。「もう大丈夫だぞ」と声をかけると、ゆずは腕から離れた。
「さすがに焦ったな……。たぶんバレてないよな?」
「……あ、うん。少なくともわたしはバレてないと思う」
歯切れの悪い返事。フードを目深に被っているのでその表情は分からない。
「大丈夫か? 今日はこれでお開きにする?」
するとゆずはフードを取って、
「大丈夫大丈夫! ……ちょっとドキッとしただけだから」
「正直ちょっとどころじゃなかったがな」
同級生が居たのにはドキッとしたし、それに……ゼロ距離の密着にもかなりドキッとした。冷静に考え直すとあまりに役得なシチュエーションだったのでは……?
「ごめんね、わたしの考えが足りてなかった。クラスメイトが話題にしてたって事は知り合いが来てもおかしくなかったよね」
真剣な声音のゆず。思い返してみると集合場所について微妙なリアクションをしていた記憶がある。きっとこうしたリスクを警戒してのものだったのだろう。
恐らくだが、誰かに見られたとしても誰も相手の事を知らなければ大丈夫だと考えたのではないか。だが、まさかの結果として、同じクラスの俺がやってきたが為に面倒な事態になってしまった、と。
「あれは不可抗力だろ、全然気にしなくていいよ。……そもそも俺も女子のクラスメイトと遊ぶ予定じゃなかったからな」
茶化すような調子でフォローを入れる。実際、あれは事故のようなものだったし仕方ない。
「仕方ないのはそうなんだけど……。うん、しゅーくんがそう言ってくれるなら……」
ゆずも一応納得はしてくれたが、まだ少し気にしているようだ。
「よしっ、せっかくならどっかで遊ぶか。……って言っても誰かとバッティングしなそうなとこじゃないとダメだよな」
明るいトーンを意識して声をかける。と、ゆずは少し考えるような素振りの後に、
「あ、それじゃあゲームセンターとか行く? 大きいとこじゃなかったら大丈夫だと思うし」
「おー、ゲーセンか。確か近くにあったよな」
スマホで確認すると徒歩五分ほどの位置にゲームセンターがあった。音ゲーや格ゲーが充実している割とディープ寄りの店のようなので、女子高生が友達と遊びに来る事は恐らくないだろう。
「距離的にもちょうど良さそうだな。んじゃゲーセン行きますか」
「おっけー! それじゃレッツゴー‼」
歩き出そうとするとゆずは思い出したように、
「あ、そうだ、念のため今日一日このパーカー借りてていい? また洗って返すから」
余った袖をぶらぶらとアピールしながら聞いてくる。このあざとい感じ絶対わざとやってるだろ。
「あー、全然問題ないよ。帰りにそのまま渡してもらっても問題ないぐらい」
こちらとしては気を使っての言葉だったのだが、ゆずからは何故か冷たい視線が。
「えー、それはなんかヤだな。おなごの脱ぎたての服を求めるってもしかして変態さんですか?」
「あまりにも語弊があるだろ。善意百パーセントだったのにまさかの罵倒に驚いてるよ」
んな訳あるかこいつ真顔で何言ってんだ。
よく見ると笑いを堪えるように肩がふるえていた。ゆずは真顔をキープしようとするが、結局笑いを堪えきれず「ぷっっ」と吹き出す。とはいっても下品な笑い方に見えないのは何とも不思議だ。
「ほんと良い性格してるよな、まぁそういう所は嫌いじゃないが」
「でしょ? わたしも自分のこういう所だけは嫌いじゃないよ」
彼女は一歩前に出てクルっとこちらを向く。
添えられた笑顔には作り物じみた様子はなく、それはとても魅力的に感じた。
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