第7話 3つの約束
「さて、状況を整理しよっか」
現状把握兼ランチのため、二人はカフェへ移動した。一番奥のソファ席に案内され、注文を済ませた後白河さんがそう切り出す。
尚、道中は無言。すごく気まずかった。
「わたしは『shu』と会う約束をしていて、そこに大槻柊がやってきた。つまり『shu』が大槻柊で、『ゆず』が白河悠月だったってことだよね?」
「そういう事らしいな」
改めて突き付けられた事実に思わず天を仰ぐ白河さん。
「なんで気づかなかったんだろ……」
「俺も全く気付かなかったよ。ほとんど喋ったことないってのもあるけど、学校と雰囲気が全然違うからさ」
俺が気づけなかった理由の一番はそこだろう。学校での「白河悠月」と普段ゲームをしている「ゆず」が全く違うのだ。「白河悠月」は物静かな高嶺の花といったイメージだが、「ゆず」は明るくて騒がしい、とまでは言わないがよく喋るタイプ。印象が違うと声が同じでも気付けなかった。
「わたしは気づけたはずなのになぁ……」
頭を抱えていた白河さんではあったが、こちらを向き直し、真面目なトーンで話し出した。
「とりあえず二人の関係についてルールを三つ作りたいんだけどいい?」
「ルール?」
「そ、まず一つ目。二人の関係について口外しないこと。他人に話しても面倒なことになるだけでしょ? 話す友達が居るかは知らないけど」
学校一の美少女が自分みたいな奴と二人で遊んでいるなどと知られれば、お互いに面倒なことになるだろう。これは合理的な判断だ。
後半に特に意味もなく傷つけられた気がするがそちらはスルー。視線で続きを促す。
「次に二つ目。これはルールっていうかお願いっていうかなんだけどさ。『白河悠月』じゃなくて『ゆず』として接して欲しいの」
「……と言うと?」
言葉の意味がいまいち分からなかったのでその意図を問いかける。
すると白河さんは何でもない話をするように語りだした。
「ほら、人って常に何かを、誰かを演じて生きているでしょ?」
そこで一度言葉を切る。
「家族の前での自分、クラスメイトの前での自分、先生の前での自分、あとは自分の前での自分」
「ユングのペルソナってやつだね」
「いつも私を演じているように今はわたしを演じている」
「だから『白河悠月』と『ゆず』は同じで違うの」
彼女は滔々と語る。その語り口からは感情が読み取れない。
ふと、ゆずが以前話していたことを思い出す。彼女は「人気者だが友達はいない」と言っていた。この言葉の意味が少し理解できた気がする。
何と言っていいのか分からず停滞する空気。
と、注文した飲み物がやってくる。店員さん、ナイスタイミングです。
二人とも頼んだのはアイスティー。白河さんは一口飲んでから、
「まっ、要するに今は『白河悠月』としてではなく、『ゆず』として会っているって事かな」
切り替えるように言った言葉は、いつもよく聞くゆずと同じものだった。
「だから今はゆずって呼んで欲しいかな。わたしもしゅーくんって呼ぶからさ」
そんな可愛らしい台詞まで付いてくる。ボイスチャットは声だけだからいいが、眼前のとんでもない美少女の台詞だと分かると破壊力が桁違いだ。内心を押し隠して、「分かったよ、ゆず」と答える。
そんな返事に満足気な白河さん、もといゆず。
「じゃあ最後に三つ目ね」
一度言葉を止めて、真剣なトーンで語りだす。
「これまで通り仲良くしてね。これで疎遠になったりしたら悲しくて泣いちゃうから」
「……ふっ!」
真面目な口調での可愛い言葉に思わず笑ってしまった。
「ちょっと! 結構本気で言ってるのに!」
「ごめんごめん、可愛いこと言うなぁと思って」
「絶対煽ってるでしょ!」
拗ねるように顔を背けるゆず。学校での様子からは想像できない子供っぽい一面だ。
「で、分かった?」
「もちろん、なんなら俺の方からお願いしたいぐらいだよ。なんたってゲーム友達はゆずしかいないからな」
「うむ、よろしい! ……これからもよろしくね」
改まった言葉にちょっと恥ずかしくなり、二人で目を合わせて笑った。
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