第6話 そして舞台の幕が上がる
そんな事を思い返しているうちに駅に到着した。電車が来るまで少し時間があったのでコンビニで飲み物を購入、そしてホームに向かうと見たことのある人がいた。
同じマンションの住人である白河さんだ。祝日ということでホームに人は多いが、彼女はその中でも一際目を引く。普段から綺麗でよく目立つのに、今日はいつもよりお洒落な服装なようで一層の視線を集めている。その服装から推測するに誰かと出かけるのだろう。あの容姿なら彼氏の一人や二人、三人や四人いてもおかしくない。
こちらには気づいていないようなので離れた車両で電車を待つ。もしも気を使って話しかけられても何を喋れば良いか分からないからだ。
と、メッセージアプリの通知音がなった。相手はゆずだ。
〈ゆず:ちゃんと起きてるかー? 集合場所着いたら連絡するねー〉
〈shu:ちゃんと起きてるよ笑 こっちも着いたら連絡するわ〉
そう返信するとスタンプと共に〈了解!〉と返ってきた。女子っぽいスタンプではなく、普段よくプレイするゲームのものだったので少し笑みがこぼれる。コイツほんとこのゲーム好きだな。
そんなうちに電車がやってきたので乗り込む。車内は家族連れや学生で混雑していた。柊はどうせ数駅で降りるので出入り口付近に陣取る。
車窓から見えるのは神戸が誇る名峰たる六甲山。関西が誇る野球チームである阪神タイガースの影響で「六甲おろし」という言葉は有名なのではなかろうか。神撫高校では毎年ゴールデンウィーク明けに、新しいクラスメイトとの仲を深めるという目的で山登りがある。三年とも異なるコースを歩くのだが、噂によると二年生が一番しんどいらしい。去年でもかなりきつかったので正直かなり憂鬱だ。
三宮駅には十分程度で到着、その旨をゆずに連絡する。
〈shu:今駅に着いた。駅前広場向かってる〉
するとすぐにゆずから返信が来た。
〈ゆず:わたしも今着いた‼ もしかして同じ電車乗ってた?笑〉
〈shu:かもな〉
相手を待たせないように少し早めに着いたが、ゆずも同じ考えだったようだ。
少し歩いて待ち合わせ場所に着くとゆずからメッセージがきた。
〈ゆず:今着いたよー! ということで一目でわかるように猫耳付けまーす。猫耳美少女がわたしだから声かけてね♡〉
んん? 正気か?
思わず文章を二度見する。
〈shu:え、まじで言ってる? ここ秋葉原でもコミケでもないぞ?〉
〈ゆず:大丈夫大丈夫! わたし猫耳似合ってるから!〉
〈shu:そういう問題じゃないんだよなぁ。……もしかして羞恥心とか家に忘れてきた?〉
まず間違いなく待ち人である俺まで奇怪な目で見られるだろう。初対面の相手と会うのにどんな度胸をしているのか。
たぶん議論するだけ無駄なのだろう。すごく嫌だが諦めて猫耳ガールを探す事にする。
スマホから顔を上げて周りを見渡す。
と、件の人物はすぐに見つかった。
明らかに場違いな猫耳があるから当然ではあるが、理由は恐らくそれだけではない。
彼女があまりにも綺麗だったから。
まるで物語から飛び出してきたような美しい銀色の髪の少女が、猫耳をつけてベンチに腰かけていた。その光景はまるで一枚の写真のようだ。
広場にはそれなりに人が多いが、彼女の周りだけぽっかりと穴が開いたように近寄らない。
周囲から好奇と羨望の眼差しが。しかし彼女は我関せずといった様子で視線をスマホに落としている。
そんな信じがたい光景に思わず首を振った。
「いやいやそんなことないだろ……」
猫耳美少女は十分に衝撃的だったが、一番の驚きはそこではない。
俺はその人物を知っていたのだ。
動揺冷めならぬ中ではあるが、自分の見間違いではないかゆずに確認する。
〈shu:それっぽい人見つけたんだけど合ってるか自信ないから一回猫耳外して貰える?〉
するとすぐに既読が付き、スタンプが一つ。そして眼前の少女が猫耳を外し、かばんに仕舞い込んだ。
予想が確信に変わった。あぁ、そういう事なのだろう。なんという確率、まるでフィクションだ。だが否定しようのない事実であるらしい。
(これ、どうすりゃいいんだよ……)
完全に困り果てていると、ピロンとスマホの通知音が鳴る。
〈ゆず:大丈夫? 見つけれた?〉
こちらの反応がない事を心配に思ったのか、ゆずから確認のメッセージだった。とりあえず行動に移さなければ。と、考えてみるもどうすべきか何も浮かんでこない。
このままバックレる訳にいかないし、かと言って普通に話しかけるのもあれだし。
思考回路はショート寸前。
あー、もう考えても仕方ない。兎にも角にも話しかけたら何とかなるか。
覚悟を固めて彼女に向かって歩き出す。彼女の聖域に足を踏み入れると、周囲からの「これが彼氏?」というような視線が。ごめんなさい全然違います自分もこんな綺麗な人だとは思ってなかったんです。
自分の中で謎の弁護をしながらも彼女に近づく。すると彼女は歩いてくる人影に気づいたようで顔を上げ、
そしてそのままフリーズした。
その顔には疑問符を浮かべている。
「どうもこんにちは、初めましてゆずさん」
言葉の意味が分からないといった顔。
それが何かを理解したような表情へと変わっていった。
事実は小説より奇なりとはよく言ったものだ。
「大槻くん……?」
彼女は、白河悠月は絞り出すようにそう言った。
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