第5話 物語はいつも唐突に


 ゴールデンウィークがちょうど半分過ぎた日。時刻は午前十一時を過ぎた辺り、柊は自宅の最寄駅へと歩いていた。

 五月の初頭にも関わらず最高気温は二十五度、九州から関東まで多くの地点で夏日となる予定らしい。長袖のシャツに薄手のパーカーといったラフな服装であるが、これでも少し暑いぐらいだ。また日差しは想像以上に強く、インドア派の柊としては辟易してしまう。


(暑いしめんどくさくなってきたな……)


 別に行きたくない訳ではないが、なんとなくめんどくさくなってきた。約束の当日になってから面倒に思えてくるこの現象に誰か名前を付けて欲しい。だいたい行ったら楽しいのだがそこまでのハードルが高いのだ。

 そんな事はさておき、駅への道を進みながら、今日に至った経緯を思い返すのだった。



* * * * *



『オフ会しない?』


 唐突な提案に思わずぽかんとしてしまう。聞き間違い、のはずはないが想像しなかった提案に頭が追い付いていない。


「……まじ?」


『まじまじ』


 IQの低い会話になってしまったがどうやらまじらしい。今まで会おうという話はおろか、リアルの話すらほとんどした事がないのに。


『わたしも関西住みでさ。ゴールデンウイークにでも会ってみたいなぁって思ったんだけど……。どう、かな……?』


 急な可愛い言い方に少しドキッとしてしまう。そんな内心を隠しながら、急なお誘いの意図を尋ねることにした。


「急になんで? 今までリアルの話とかすることなかったから、てっきり隠したいのかと思ってたんだけど」


『んー、理由かー。……言うなればなんとなくかな? そもそも今までリアルを隠そうと思ってたわけでもないし。なんとなくしゅーくんと会ってみたいなぁって思ったの』


 可愛らしい理由だったが、なんとなくそれだけではないような気がした。とまあ理由を尋ねてみたものの答えは最初から決めている。


「……そっか。うん、俺もゆずに会ってみたい」


 今話しているこの「ゆず」という人間がどんな人なのか興味があった。我ながら珍しい感情だ。広い範囲の交友関係は不要として割り切り、少数の人としか関わってこなかったが、ゆずの事をもっと知ってみたいと思う。

 それの言葉を聞いてゆずは、


『ほんと⁉ やった‼ 正直断られるかもって不安だったからほんと良かった……』


「今日はやけに可愛いセリフが多いな」


 思わず心の声が漏れる。と、ゆずとしては全くの無自覚だったようで、『恥ずかしいからやめろ!』と叫んでボイスチャットから逃げ出した。

 ちょっと優しくされたりちょっと可愛いところを見せられるだけで、高校生男子の心は簡単に動いてしまうので今後は慎んで頂きたい。



 しばらくするとゆずがミュートを解除した。どうやら何かを食べているらしい。


「何食べてるの?」


『ん? アイス、カップのやつね』


「何とも背徳的な時間なことで」


 時刻は十二時手前。若人よ、こんな時間に食べて大丈夫か?

 こんな意味を込めた言葉だったが意図を汲み取ったようで、


『へーきへーき。太る原因は血糖値が高いまま寝るからだよ? つまり血糖値が下がるまで、あと二・三時間寝なければ大丈夫』


「それはそれで良くないけどな」


 自分の知っている限り、ゆずの生活習慣は割と壊滅的にみえるが大丈夫なのだろうか。

 それはそれとして先ほどの会話に戻す。


「それで、さっきの話なんだけど」


 そう切り出すと居住まいを正すような気配を感じる。ゆずが提案した話なのになんで緊張しているのだか。


「ゴールデンウイークの序盤は天気悪いみたいだしちょうど真ん中の日でいい?」


『うん、わたしもそれがいいと思う。んじゃ場所はどうする? 自分が言い出したことだからこっちが合わせるよー』


 そう言われて少し考える。梅田辺りを指定するのがベストなのだろうが、ちょっと遠いので面倒くさい。最寄りのターミナル駅である三宮が一番都合は良い。が、ゆずが家から遠いのであれば別の方が良い。まあとりあえず聞いてみるのが早いか。


「それじゃ三宮でどう?」


『あー、三宮か……』


 と微妙な反応をするゆず。何かまずかったのだろうか。


「家から遠かったりする?」


『そういうことじゃないんだけど……。ま、いっか。三宮で大丈夫だよ』


 よくわからないが本人が大丈夫というなら大丈夫なのだろう。


『そうだ、言い出した張本人がこれ聞くのも変な話だけどさ』


 一度言葉を切って続きを話し出す。


『オフ会って何をするもんなの?』


 確かにそう言われてみれば……。今までネットで知り合った人と実際に会ったことはないし、そもそもここまで仲良くなった人はいなかったし。正直なんとなくのイメージでしか分からない。


「ご飯食べながらお話しよう! みたいな感じ?」


『へー、オフ会ってそんな感じなんだ』


「ごめん、俺も知らん。なんとなくのイメージで言った」


『まぁランチ食べながらお喋りでもしましょっか。お店は適当に見繕っとくねー』


 というわけで、「shuとゆずのオフ会第一弾(次回開催未定) 三宮でランチでも食べながらお喋りしようの会」の開催が決定した。

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