第2話 眠気とうどんとラーメンと


 四時間目の終わりを告げるチャイムの音で目を覚ます。授業の途中で眠ってしまっていたようだ。原因は明確、夜遅くまでゲームをしていたせいだろう、もしくは眠気を誘うおじいちゃん先生の話し方が悪い。

 深夜までゲームをするような生活になったのは昨年末からだ。それまではずっと朝型の人間だったので睡眠不足はそこそこきつい。

 昼休みに突入しても消えぬ眠気でうだうだしていると横から声がした。


「今日は一段と眠そうだな、彼女がなかなか寝かせてくれなかったか?」


「俺に彼女がいないことぐらい知ってるだろ。ただ夜遅くまでゲームしてただけだよ」


 声の主は級友、もとい悪友の本郷陸斗だった。陸斗とは一年生も同じクラス、更に言えば去年の秋までは同じ部活動に所属していた。友達が少ないので二年生でも同じクラスでかなり助かっている。


「まぁ彼女は出来ないかー。柊って顔は悪くないけどなぁ。もうちょっと他人に興味持ったら?」


「別にいいんだよ、不特定多数から好かれたいわけじゃない」


「俺みたいにモテたければ雰囲気の改善からだな、俺みたいにモテたければ」


「陸斗がモテるってとこは否定できないからムカつく」


 実際のところ、陸斗は今は彼女はいないがかなりモテる。明るい茶髪の影響で一見チャラく見えるが性格は意外と真面目、成績は微妙だが陸上部のエースである。

 一方で柊は陰キャという程ではないが目立つ生徒ではない。接点があったから仲良くなったものの、本来なら柊が友達にならないタイプの人間だろう。


「まぁそんなのはどうでもよくて。早く食堂行こうぜ、柊がのんびりしてるから既にちょー混んでそうだけど」


 教室を見回すとすでにお弁当を食べている人もちらほら。


「あー、確かに……。のんびりしてる場合じゃないな」


 そう言って立ち上がり、二人で食堂へと向かった。



 我らが神撫高校は兵庫県神戸市に位置する県内トップクラスの進学校だ。この学校の一番の特色として、生徒の自主性を重んじている点が挙げられる。

 いわゆる自称進学校では髪型の制限、スマホの禁止、厳格な服装管理など、厳しい校則が敷かれていることが多々ある。

 が、神撫高校にこのような校則はほとんどない。授業中でなければスマホの使用は自由だし、髪型、髪色の制限どころか制服の着用すら必須ではない。社会規範に基づいた範囲であれば多くが許可されている。その代わり「自由には責任が伴う」ということなのだろう。

 そんな神撫高校らしい自由な様子は食堂内にも溢れていた。机を陣取りスマホゲームで遊ぶ陽キャ集団がいればヘッドホンをつけて自習に励む生徒もいる。食堂はフリースペースじゃねぇぞとっとと教室に帰れ、と思わなくないが口には出さない。

 券売機の列に並び、お財布と相談しながらメニューを検討。といってもほぼ毎回ラーメンしか頼まないのだが。

 いやはやラーメンは素晴らしい。食堂の中で一番美味しいし、コスパも良い。醤油・塩・味噌・豚骨とバリエーション豊富で飽きることもない。最近話題の完全栄養食とはきっとラーメンのことなのだろう。

 と、ラーメンの素晴らしさに浸っていると陸斗が話しかけてくる。


「柊は何頼むの? ラーメン? どうせラーメン?」

「どうせってなんだどうせって。ラーメンの素晴らしさを知らんのか?」


このままラーメンを頼むのは癪なので今日はラーメン以外を頼むことにする。

仕方なく期間限定メニューを見ているとぼっかけうどんが目についた。

ぼっかけは神戸市長田区の誇るご当地グルメだ。牛すじ肉とこんにゃくを醤油などで甘辛く煮た料理で、他県ではすじこんと呼ばれているらしい。たまにはうどんも悪くない。


「今日はぼっかけうどんにしようかな」


「へーそんなのあるんだ、珍しいな。まあ俺はラーメンにするけど」


「こ、こいつ……‼」



 思うところはあったがぼっかけうどんを購入、空いている席を探して腰を下ろす。陸斗は醤油ラーメンを持って正面に座った。

 「いただきます」と手を合わせ、うどんをすする。業務用の麺なのだろうか麺にコシは全くないが、牛すじは柔らかく味がしっかり染みていてなかなかに美味しい。今度もう一回ぐらい食べるのも悪くない。。

 そんな事を考えていると陸斗が思い出したかのように話しかけてくる。


「そういやさっきの授業中、白河さんが寝落ちしてたんだよ。いつも真剣に授業受けてるのに珍しいなーって思って。あとチラッと寝顔が見えてすげぇ可愛かった」


「ふーん、そうなんだ。……てか女の子の寝顔を覗き見るのはどうかと思うぞ」


 白河悠月。

 この学校で一番美しい生徒は誰かと問われれば大半が彼女の名前を挙げるのではないか。遠くからでも目を引く透き通ったシルバーメッシュのロングヘア、滑らかな乳白色の肌。水晶のように澄んだ瞳に薄紅色の唇。物語のお姫様を思わせる非現実的な美貌は「可愛い」よりも「美しい」と形容するのが適切だろう。

 更に学力は学年トップレベル。定期考査においては一学年三百人を超える我が校で常に一桁順位を維持している。

 真偽は不明だが、「入学早々サッカー部の先輩から告白され、それをにべもなく断った」、「放課後に告白の待機列が出来ていた」、「彼女が訪れたことで湊川が透き通った」との噂すらある。まあ最後は間違いなく嘘だ。

 容姿端麗で成績優秀。多弁なタイプではないが人当たりは良く、外面内面ともに欠点らしい欠点が無い。まさに高嶺の花と呼ぶに相応しいだろう。


「おいおい、あの白河さんの寝顔だぞ。可愛い子の寝顔を拝まない方がむしろ失礼に当たるだろ」


「じろじろ見るのはそれ以上に失礼だと思うぞ。まぁすごい美人なのは間違いないが」


「実に紳士的な意見だな。もしくは恋愛対象が女子じゃないのか」


「残念ながら当方の恋愛対象となる性別は女性になっております」


 まあぶっちゃけた話、如何に白河さんが美人だったとしても然程興味がない。今まで喋ったことはほとんどないし、今後も関わる予定はない。特別な彼女と何者でもない俺が交わる機会はないだろう。「自分の人生に関わらないのならばどうでもいい」というのが本心だ。


「まっ、優等生の白河さんとて授業中に眠くなる時ぐらいあるだろ。俺みたいに深夜にゲームしてたわけじゃないだろうし」


「それは違いない」


 いじるような調子で言うと陸斗も同調して笑う。

 ふとスマホに目を落とすと昼休みの終了まで残り十五分。次の授業は体育なので着替えの時間を考えると意外と時間がない。ロック画面の時計を見せて時間がないことを陸斗にアピールすると、心得たというように麺をすするスピードを上げる。お昼ご飯の残りをパッと掻き込み二人で食堂を後にした。

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