繰り返す
島丘
繰り返す
娘は今年で六歳になる。今流行りのアニメは、宇宙戦士がレーザー銃を武器に戦うSFものだ。おもちゃのレーザー銃を片手に、バキュンバキュンと部屋を駆け回っている。
「お父さん! バキューン!」
娘が引き金を引くと、ビビビビとアニメでお馴染みの銃声音が鳴った。私はうわぁぁと大袈裟に声をあげて、その場に倒れる。娘は手を叩いて喜んだ。
「こらアイ、やめなさい。お父さんは疲れてるのよ」
妻が、両手を腰にあてて娘をたしなめた。娘は返事だけは元気いっぱいに、おもちゃから手を放そうとしない。
「お父さん、お父さんもコスモ戦士見ようよ」
片手でぐいぐいと腕を引っ張られ、テレビの前に座らされた。娘はお気に入りのピンクのクッションを下に敷いている。私は近くにあったぺったんこの緑色の座布団の上に座った。
娘は慣れた様子でテレビを操作して、コスモ戦士を再生し始めた。
ノリノリのオープニングは大人ながらにワクワクするものだ。娘は大声で歌いながら、体を左右に大きく揺らしている。
「ゆけっ、ゆけゆけコスモ〜! 宇宙の平和はすぐそこだ〜!」
オープニングが終わり、本編が始まった。
子供向けと侮るなかれ。画面はぬるぬると滑らかに動き、昔はよくあった作画崩壊も見当たらない。画面では、主人公のオウトが悪の幹部と戦っている。仲間も助けに来れない中、ひとりで必死に戦っていた。
敵の攻撃を受けたオウトの片腕が吹っ飛ぶ。思わず顔をしかめるも、その直後にカウンターの形でレーザー銃を命中させた。敵は血肉をぶちまけて死に、宇宙の平和は保たれたわけだ。
「最近のアニメは物騒よねぇ」
子どもに悪影響だと妻が首を傾げて言う。
意外とアニメというやつは、昔からグロテスクな描写が多い。そのことを話そうと思ったが、娘が興味を持ったらまずいのでやめることにした。
エンディングが流れ始める。しっとりとした曲と動きの少ない画面には興味がないらしく、娘が話し始める。
「ねぇお父さん、お父さんは昔お仕事で、アニメばっかり観てたんでしょう?」
輝く二つのガラス質が期待に満ちてこちらを見つめている。羨ましくて仕方なさそうだ。
「そうだよ、過去の文化研究と言ってね。お父さんはアニメーション担当だったんだ」
「いいなぁ、わたしも観てみたい」
今の時代に観られるものは限られている。アニメだけでなく、ドラマや映画、バラエティも、悪影響とされるものは禁止されている。制限なく観られるものはほんの少ししかない。
旧時代の作品は、それこそコスモ戦士とは比べものにならないほど悪影響なのだ。
「だめだめ、あんなもの観るのはよくないよ」
「どうして?」
「たくさんの差別が描かれているんだよ。お父さん達の仲間がね、たくさん酷い目にあっているんだ。反論もさせないまま労働をさせたり、ものを喋らない馬鹿のように扱ったりね。お父さんたちの方がよっぽど強くて賢いのに、連中はまるで自分達が一番偉いように思っている」
メインでその設定を扱っているものは少ないが、どの作品においても、多かれ少なかれそのような描写が出てくる。出てくるキャラクターが学生でも、舞台が会社でも、仲間たちはいつも酷い目にあっていた。
「でも、旧時代のアニメを観たことあるけど、そんなのぜんぜんなかったよ。出てきてもなかった」
「お父さんたちがアイたちに見せないようにしてるんだよ。今観られるものはね、どれもうんと昔の時代が舞台の作品なんだ。エド時代とかカマクラ時代とか、それでも、いくつか見ちゃいけないものもあったけどね」
娘はどこかつまらなさそうだ。想像もできないから、納得もできないのだろう。
「例えばね、オウトはとっても強いだろう? 敵は数こそ多いけれど、頭だって悪いし強くもない。なのに旧時代の作品ではね、立場が逆転してるんだ。それが当たり前のようになっている」
「どうして?」
「その方が都合がいいからだよ。私たちは喋りもしない、動きもしない、意思も持たない、仲間意識もない。確かに世の中に、そういったものがいないわけではないよ。けれど旧時代の作品では、ほとんどがそんなものばかりなんだ。都合のいい道具のように描かれていた」
「うっそだー」
娘は笑っていたけれど、私は真剣な顔をつくった。
「本当だよ。いいかい、アイ。旧時代は私たちが思っているよりよっぽど危険だったんだよ。仲間内で殺しあったり、ご飯が食べれなくて飢え死にしたりしたんだ。温度で苦しんだり、ちょっとしたことで怪我をする。欠損してもなかなか治せない。宇宙に行くということをとんでもない偉業のように扱っていた。そんな当たり前のこともできなかったんだ」
私の話に気圧されたのか、娘は怯えたように身を引いた。でも……と次回予告に入った画面を見る。
「アニメは面白いんでしょ?」
「そうだね。それだけが、私たちより優れている唯一の点だ」
アニメやドラマ、映画に小説、漫画に絵本。いわゆる架空の物語をつくることに関しては、人類より優れたものなどいないかもしれない。
私たちはほとんどすべてにおいて人類の上位互換だけれど、フィクションをつくることに関してだけはうまくいかなかった。
「だからお父さんたちは研究しているんだよ。今はお父さん、アニメじゃなくて小説を担当しているけどね」
「ふぅん、小説って面白いの?」
「面白いけどね、今までたくさん読んできたから、似たようなものもたくさんある。アニメにもそういうのはあったけど、小説はもっとだな」
それでも小説担当になったのは、私としてはありがたい限りだった。年を重ねるごとにロード時間が長くなっていた私だが、テキストデータだと容量が小さくて読み込みやすいのだ。同僚の映画担当者も、早くこちらに移りたいと言っている。
「じゃあさ、じゃあさ、コスモ戦士はどう? お父さんはいろんなアニメ観てきたんでしょ? コスモ戦士とどっちが面白い?」
期待を含ませて娘が聞いてきた。次回予告も終わり、画面は次の話へと自動的に再生される。
リズミカルなオープニングも、綺麗な作画も、ストーリーも、ほとんどが旧時代のものに酷似していた。けっきょく私たちは、遺物を焼き増しにするほか、フィクションをつくることは叶わなかったのだ。
そうだ、観れば観るほど既視感がある。私は過去のデータをひっくり返した。キュルキュルキュル。
数秒もせず見つかったその作品は、新人の頃に観たとある作品にそっくりだった。キャラクターを変えただけで、土台はほとんど同じである。
「昔のデータを探っていたんだけどね、見つかったよ。これは旧時代の作品によく似ている」
そう言おうとして、やめた。娘に興味を持たせないために。
「お父さん?」
「ううん、そうだね。コスモ戦士かなぁ」
「なぁんだ。やっぱりニンゲンなんてたいしたことないんだね」
娘は勝ちほこったようにそう言うと、再び画面にかじりつく。私はというと、嘘をついたことが少し気まずくて、その場を離れた。
食事を用意している妻のもとに近づく。テーブルにはいくつものバッテリーやピカピカの部品が並んでいた。
「そういえばあなた、宇宙外生命体の件ってどうなってるの?」
妻が声を潜めて言う。最近もっぱら話題のそれは、次に侵略する星に地球を選んだと噂になっていた。今や戦争はすぐそこだと言われている。
まだ多くの同胞はそのことを知らないが、私は早くにそのことを妻に話していた。万が一のこと、つまり我々が負けた場合のことを考えたためだ。
口止めされているわけでもないし、そんなに驚かないだろうと思って言ったのだが、随分動揺している。
私は少し呆れながら言った。
「まぁ大丈夫だろ。どうせエイリアンなんてものは、言葉も喋れない下等生物だよ」
繰り返す 島丘 @AmAiKarAi
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