第4話 唯一の下僕
「........え?」
ルーグァは顔の真横に伸びた脚を見て、小さく呟いた。幸い顔面に直撃はしなかったが、恐らくわざと外したのか。分からない。だがその恐怖に、ルーグァの顔は青ざめた。
「ルーグァ、でしたか?」
と、男が言うと、上げられていた脚がすっと素早く地面に着いた。ルーグァはそれに少し安堵したように、その問いかけに答える。
「は、はい。オズマさんに助けてもらった.....」
が。
「オズマ様、ですが?」
男はにこやかな笑みを絶やさず、優しい声色のまま威圧感のある言い方で食い気味に言うと、首を傾げた。真っ赤な前髪、一本の毛がはらりと目元にかかる。
ルーグァはぞっとした。背筋が凍るような感覚だった。足が、全身が、動かなかった。
「私はトキノ。オズマ様の唯一の下僕です。オズマ様から貴方の事は伺いましたよ。女だと勘違いされ街中で売られていた哀れな者だ、と」
トキノの名乗った男は胸に手を当て、恭しくもどこか棘のある言い方で話した。細い糸目は、にこやかに笑みを浮かべたままだった。
「(なんだこの人...オズマさんの下僕、って.....?)」
ルーグァは冷や汗を流しながら、トキノを見つめるしかなかった。何を言っているんだ、この人は。下僕?オズマさんの?何もかも分からない。
「オズマ様は貴方を街中で見つけて買われた、デスゲームの人員確保のために。嗚呼、辺鄙な街で売買されていた人間を救うオズマ様の寛大なお心と優しさ!なんと素晴らしい」
トキノは胸に手を当てながらもう片方の手を広げ、うっとりと語り出した。が、急に真顔になったかと思えば、両手を下ろして独り言を呟くように言った。
「しかし、何故オズマ様は貴方を仲間に選んだのでしょう?別に貴方でなくとも他の者がいた筈。私はあのお方の言う事は全て正しいと信じていますが.....」
トキノは片眉をしかめ、不機嫌そうな声色できっぱりと言った。
「今回ばかりは意思を尊重しかねます」
言い終えた途端、トキノはルーグァの周りを練り歩き始めた。ぐるぐると、周りを闊歩して。ルーグァはうるさく鳴る自身の心臓の音を聞き、ただトキノの言葉を重く受け止めていた。
「そんな棒のようにひょろひょろで気弱そうな貴方が私達とデスゲームに参加出来るとは思えませんがねぇ。貴方に何か特化したものはあるのですか?貴方が参加する事で一瞬で敗退し、オズマ様の足を引っ張るのではありませんか?」
突如始まった罵倒、その言葉の羅列に、ルーグァの胸はツキ、と痛んだ。トキノはルーグァの周りを歩きながら、辛辣で圧のある言い方で問いかけた。
「我らプレジャーキラーズが敗退した時に、責任は取れるのですか?」
「そ、....、それは」
と。
トキノは足を止めたかと思うと、額同士がくっつくほどルーグァに近付いた。
「街中で汚い中年にでも買われて、奴隷のように扱われたら良かったのに」
トキノは、真正面から低い声で囁いた。ルーグァの白い髪とトキノの赤い髪が、攻撃し合うように絡み合う。
「.......!」
堪らずルーグァの目が揺らぐ。胸がドクン、と鳴った。苛立ちと悔しさで、自身の中の何かが爆発しそうだった。思わずぎゅっと強く拳を握った。爪が皮膚に突き刺さる。
が、トキノは言葉を止めない。
「腹が立ちますか?でも反撃出来ませんねぇ、何せ貴方は何も持っていないのですから。オズマ様に助けられた?「助けていただいた」の間違いではありませんか?あのお方に見込みを持たれて調子に乗っているのでしょう?貴方は運が良かっただけです。分かったらとっとと失せて下さい」
うるさい。
うるさい。
もう、限界だ。
「......!!!」
次の瞬間。
ルーグァは力任せにトキノを押し倒した。華奢な体からは想像も出来ない力で。ルーグァは馬乗りの状態になり、乱れた前髪の奥の瞳でトキノを見つめた。
「オズマさんはこんな自分を助けてくれた。あの人が仲間にしてくれるって言ったんだからもうそれでいいはずだ。あなたが口を出す権利なんてどこにもない」
ルーグァの目は紅く光っていた。トキノは先程のような笑みを浮かべてはおらず、動揺を露わにした様子でその目に見つめられるままだった。
「(なんだ、この力は......)」
と。
「何をしている」
近くで声がした。二人は体を起こし、その声がする方向を見た。
「...オズマ様!」
トキノが叫ぶ。そこにはオズマが、凛とした姿勢で彫刻のように美しく立っていた。
「私の連れてきた新しい仲間に何をした、トキノ」
「.........少しばかり蹴りを。外しはしましたが...」
トキノの言葉に、オズマは呆れたように後ろを向いた。
「全く、仲間同士争っても何も生まないだろう。喧嘩は愚民のする事なのだよ。デスゲーム開始はもう3日後に迫っている、仲間割れをしている暇など無いだろう。二度とこのような事はしないと誓いたまえ」
オズマは言い終えると、後ろを向いて歩き出した。が、トキノは食い下がる事なく叫び続けた。
「承知いたしましたが...!何故このような者を仲間に!」
オズマは立ち止まり、黒髪を揺らしながら振り返ってトキノの方を向いて不敵に笑った。
「私はこいつが気に入った。私が仲間だと言ったら仲間なのだよ」
その言葉に、トキノは黙り込んでいた。オズマは再度後ろを向くと、家の方向へと歩いて去って行った。
「分かったら家に戻りたまえ、話があるのでな」
その後ろ姿を、ルーグァとトキノは二人で見送っていた。暫く、静寂の時間が流れた。
と。
「あ、あのっ。さっきは押し倒したりして.....」
「先程の事は謝罪します、が......」
ルーグァの謝罪の言葉を遮るように、トキノは口を開いた。それから眉をしかめて苦々しく呟いた。
「私は貴方を仲間だとは認めませんよ。...では」
そう言って去っていくトキノを、ルーグァは呆然としたような、困惑したような面持ちで見つめていた。
ルーグァが家に戻ると、メンバーが全員リビングに集合していた。オズマが全員を確認すると、息を吸って口を開く。
「3日後の夜はデスゲーム初戦だ。ゲーム内容は恐らく会場で発表されるだろう。恐れるのではなく楽しみたまえ。まずは__」
オズマは不敵ににやりと笑った。
「初戦で死なないように」
一同は意気込んだ様子で頷いた。
その3日後。
4月30日の夜。倉庫のような会場には、沢山のプレイヤーが集まっていた。
「みんな集まってくれてありがとう!今日からデスゲームの始まりだよ!ゲームオーバーにならないように頑張ってね!」
上から下がったテレビ画面から、加工されたアナウンス流れる。プレジャーキラーズだけでない、他のチームもそれぞれその画面を見ている。
「最初のゲームは...⚪︎×ゲーム!」
アナウンスが響くと、画面にゲーム名が映し出された。
生死を賭けたデスゲームが、いよいよ幕を開ける。
PLEASUREKILLERS 界外煙 @kaigekemuri
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