第3話 見ず知らずの仲間

オズマ達プレジャーキラーズの家にやって来たルーグァは、窮地に陥っていた。

「っ.....?」

ルーグァは今、プレジャーキラーズの一員の男リリットに、突然首を絞められたのだった。ルーグァの頭は真っ白になり、状況を理解出来なかった。

「ルーグァかわいーから...苦しむ顔もかわいーと思うんです...」

「かは、っ.....!」

ぐぐ、と力を込められ、ルーグァは苦しそうな声を漏らす。リリットはそれに興奮したような目で、ルーグァの顔を見つめていた。

「や、っ、やめて...」

首を絞められて高くなる声のまま、ルーグァは力のない震えた手をリリットに伸ばした。

が。

「暴れちゃダーメ。せっかくのいい顔が見れなくなっちゃうから」

リリットはその抵抗をもろともせず、さらに力を込めてルーグァの首を絞めた。ギリ、ギリ、と肌が絞まる鈍い音を肌に感じた。

ルーグァは意識が遠のくような感覚の中、頭の中で呟いた。

苦しい、死んじゃうのかな。

ここで死んじゃうのかな。

父さん。

「あ」

と。リリットが不意に手を緩めたかと思うと勢いよく離した。ルーグァは「かは」と辛そうに息を吸い、目を見開いた。

ルーグァは数回咳をこむと、苦しそうに顔を歪ませた。リリットはふらりと後退り、それから呆然と口を手で覆う。

「女の子じゃ、ないんですね」

「......え?」

突然投げかけられた言葉に、ルーグァは目を丸くする。リリットは笑顔に戻ると、細長い指で自身の喉仏をトントンと数回叩いてみせた。

「喉仏、あったから。かわいー顔してるから女の子だと思った」

その言葉に、ルーグァはぱちくりと瞬きをした。女の子?喉仏?ああ、なんだ。そういう事か。

ルーグァは丸い瞳でリリットを見上げながら、肩からずれた上着をくいと上げ直した。

「よく間違えられる、から...別に気にしてない...」

「ごめんね急に、でも.....」

リリットは俯いたまま自身の頬をぽりぽりと掻くと、顔を上げた。

「ルーグァの首...すっごくいい首でした♡」

その顔は、興奮し切って顔の端まで赤くなり、見開いた細い目と滴る汗が光っていた。にたりと笑った口元は、まるで悪魔のようだった。

ルーグァは息を呑み、全身の毛が逆立つような感覚を覚えた。リリットはにこやかな笑みでルーグァを見つめ、こてんと小首を傾げて言った。

「ルーグァの事気に入りました、これから仲良くしましょうね.....♡」

「は、はい....」

ルーグァの返事は、ふわふわと曖昧に宙を舞った。


「お...男の子〜!?」

リビングにて、マータスが甲高い声を上げながら両手で口元を押さえる。

「うん。オレ全然気付かなかったー」

「きれいなお顔だから、ずっと女の子だと思ってました〜...」

「おれも...」

「あーーーークソッ可愛いからワンチャンあると思ったのによ!!」

リリット、マータス、エゴ、ガイテスの4人で話している様子を、ルーグァは遠くで見つめていた。そして何やら恥ずかしそうな表情で呟いた。

「みんな自分のこと話してる.....」

「人気者だねルーグァ君」

そこへグレイヴがやって来ては、優しくルーグァを見て微笑する。

「にっ、人気者なんてそんな...」

その言葉に、ルーグァはわたわたと焦りながら手を左右に振った。注目を浴びるのには慣れていない、それに自分が人気者だなんておこがましい。早くこの話題が終わってほしい、とルーグァは心の中で呟いた。

「.....新入りでしょ、"お兄さん"」

突如、ルーグァの肩を叩く者がいる。ルーグァは驚くと、その影を見て問いかけた。

「.....!君は...?」

そこには薄い黄色の髪の毛に長い前髪の、スマートフォンを持った少年が立っていた。少年はスマートフォンに目を向け、指で何やら操作しながら小さな声で答えた。

「......エレマ。僕は最初からお兄さんが男の人だって気づいてた。........よろしくね」

素っ気ないがどこか柔らかい言い方をするエレマと名乗った少年。そこへグレイヴが声をかける。

「エレマ君もルーグァ君と仲良くしたいんだね」

「......まあ」

優しく言うグレイヴに、エレマはもじもじとした様子で恥ずかしそうに目線を下にやる。この時、ルーグァの胸がじんわりと温かくなった。

みんな、思ってたよりずっとあったかくて、優しい人達なんだな。

いろいろと突然なことだらけで不安だったけど...。でもまあ、なんとかここでやっていけそうかな。

すると、ルーグァの全身の力がふっと抜け、ふらりと足元が不安定になった。

「(......あれ?なんだろ、全身の力が抜けて......)」

そう思った瞬間、ルーグァはばたりとその場に倒れた。

「.......?ルーグァくん?」

エゴ達と談笑していたマータスがそれに気付くと、即座にしゃがみ込んでルーグァに声をかけた。

「ルーグァく〜ん!!」

するとその場にいた全員がルーグァの元に駆け寄った。マータスはルーグァを見て、焦りに満ちた表情で言う。

「どうしよう、目を開けません〜!」

いくら揺さぶっても、声をかけても、応答

はない。目も開けない。一体どうしたら良いのか、一同は迷った。

と。

「........いや」

グレイヴが長身を屈めて、落ち着き払った様子で呟く。

「疲れて眠ってるだけみたいだね。今はそっとしておいてあげようか」

見ると、ルーグァはすやすやと小さく寝息を立てていた。長い睫毛、純粋そうな寝顔は、見ている全員の心を和ませた。


4月27日、火曜日。

「ふあ」

ルーグァはリビングに降りると、眠たそうな顔で欠伸をした。朝日がリビングに差し込んで眩しい。清々しい朝だった。

「ルーグァく〜ん!」

と、何やらルーグァの名前を呼ぶ者がいる。

「おはようございます〜!」

声の主はマータスだった。食卓テーブルに座っていたマータスは片手にバナナを握り、にこにこと太陽のような笑顔でルーグァに手を振っている。

「マータス...おはよう」

ルーグァは数回瞬きしてからマータスに挨拶を返し、その隣の椅子を引いて席へと着いた。

「ルーグァくんが来てもう4日ですね〜!みんなのお名前は覚えられましたか〜?」

「うん、だいぶ」

「わは〜!それはよかったです〜!」

バナナの皮を剥くマータスの明るい問いかけに、ルーグァはこくりと頷きながら答える。

ルーグァがプレジャーキラーズの住む家に来て、もう4日が経っていた。その間ルーグァは疲労によりずっと寝たきりだったが、今日ようやく目覚めたのだった。ここに住むプレジャーキラーズのメンバー達の顔と名前も覚え、早くも新しい生活に慣れようとしていた。

「あ、そういえばまだ一人だけごあいさつしてない人がいましたね〜」

ふと、マータスがバナナを剥く手を止めて呟いた。ルーグァは訝しんで、やや身を乗り出しながら問いかけた。

「?誰のこと?」

「トキノさんっていう人なんですけど、ちょっと厳しくて怖い人なんですよ〜...でもでもっ、真っ赤な髪とムキムキの筋肉がとってもかっこいい人なんです〜!ルーグァくんが来た日からなかなか会わないし、特訓で忙しいんでしょうか〜?」

トキノ、という名前。真っ赤な髪。筋肉。どことなく和のイメージが頭に浮かぶ。ルーグァは頭の中でその人物を想像しようとしたが、上手く出来なかった。

「でも大丈夫です〜!ルーグァくんならきっとおともだちになれますよ〜!」

「ありがとう、見かけたら挨拶してみる」

ニコニコと楽観的に笑うマータスに、ルーグァの心は不思議と晴れやかになった。

と。

「あ、バナナ半分食べますか〜?よかったらどうぞ〜!」

「え、あ。ありがとう」

マータスは思い出したようにバナナを半分に割り、その一つをルーグァに差し出した。ルーグァは辿々しく礼を言い、そのバナナを一口食べながら考えた。

「(トキノさん......どんな人だろう)」

ルーグァの頭には、トキノという人物の事だけが残っていた。

ルーグァはいても立ってもいられず、早々と朝食を済ませると家の中を歩き回って仲間達にトキノについて聞きに行った。

リビングにいたエレマに話しかけるも、手がかりはなく。部屋でトレーニングをしていたガイテスに話しかけるも、また手がかりはなく。

「トキノさん...って人、どこにいるか知ってますか。グレイヴさん」

再びリビングに戻り、椅子に座ってリディと遊んでいたグレイヴに話しかけた。

グレイヴは顎に手を当て、思考を巡らすようにして言った。

「トキノ君か...多分庭にいると思うよ。いつもそこで特訓しているからね」

「庭...」

グレイヴの言葉に、ルーグァは考えた。庭?庭なんてあるのか。きっと外に出たら分かるだろう。そう考えながら外に出て、庭へと向かったルーグァ。そこには沢山の木と緑があって、豊かな自然が広がっていた。

と。

シュッ、シュッ、と鋭い音がした。ルーグァは大きな木の影から、音のする方を見た。

そこには、蹴りの特訓をする男の後ろ姿があった。

サラシを巻いた美しい肉体に整った姿勢のまま、息を乱さずに静かに足を下ろす。真っ赤な髪の毛がさらりと美しく揺れる。

筋肉質な体。真っ赤な髪。

もしかして、この人が。

ルーグァは前へと歩み寄り、その男に近付く。期待と緊張で心臓がうるさく鳴った。

「あっ、あの、初めまして。新しく仲間に入りました、ルー__」

突如。

強く風が吹いたかと思えば、ルーグァの顔面の真横すれすれに回し蹴りが入った。伸びている脚は、間違いなく眼前の男のもの。ルーグァは何が起こったのか分からなかった。

「すみません、ゴミかと思いました」

男は足を下ろさず、髪の毛を揺らして、糸のような目でにこやかに微笑みながら言う。

ルーグァの顔は、恐怖で強張っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る