第72話 “優秀な占い師”
ということでラクアを連れて俺は“優秀な占い師”のもとへとやってきた。
占い師のいる部屋は物置のような薄暗い部屋で、窓は遮光カーテンで日光が遮られており、数本のろうそくだけがわずかに室内を照らしていた。
部屋の中央には小さな机が置かれており、その上にはピアノに掛けそうなクロスと水晶玉が置かれている。
ここが”優秀な占い師”の部屋である。部屋に入ると、黒いローブとこれまた黒いとんがり帽子を身につけた少女がこちらへと歩み寄ってきた。
「あ、ローグさんおはようございますっ!!」
その陰鬱とした空気とは不似合いなほどに爽やかな笑みを俺に向ける少女。
彼女こそがアルデア王国お抱えの”優秀な占い師”である。
「カナリア先生、おはようございます。今日は先生に聞いていただきたい話がありまして馳せ参じました」
そう答えるとカナリア先生は「もちろん良いです」と答えて次にラクアを見やった……のだが。
「う、うぅ~頭が~っ!!」
ラクアの姿を見るなりカナリア先生はわざとらしく頭を抱え始める。
「カナリア先生、どうしたんですか?」
「わ、私……感じるんです……。この子の中に封印された邪悪なオーラが見えます……」
ということらしい。
「せ、先生っ!! 邪悪なオーラとはどういうことですかっ!?」
先生が必死に頑張ってくれているので、俺もまたわざとらしく大げさに先生に反応してみる。
「この子には封印されし闇の魔力を感じます。この子を放っておけば世界は火の海になるでしょう。すぐになんとかしなければ……」
などとのたまうカナリア先生にラクアは不安げな表情を浮かべる。
「お、お兄ちゃん、封印されし闇の魔力ってなんなのかなっ!? ボクのせいで世界が火の海になるって本当なのっ!?」
「どうなんだろうね? とりあえず信頼できるカナリア先生から詳しい話を聞いてみよう」
ということでラクアの背中をさすってやると俺たちは机の前に腰を下ろした。
カナリア先生もまた腰を下ろすと目の前の水晶玉(ただのガラス玉)に手をかざして、なにやら怪しげに手を動かす。
「まず確認しますね。あなたはラクアという名前でよろしいですか?」
「そ、そうだよ……どうしてわかったの?」
そりゃ、俺が教えたからな。
が、そんな子供騙しにひっかかりカナリア先生の言葉に目を見開くラクア。
まあ実際に子どもなんだけど……。
「水晶玉を見れば全てわかります。あなたはお父様とお母様と、お祖父さまの四人で生活をしていますね? のどかな田園風景とそこで穏やかに過ごす家族の姿が見えます」
「す、すごい……」
と、動揺するラクアを見て俺は思う。
こいつは良くも悪くも純粋すぎるのだ。別に純粋であることを悪いとは思わないし、その純粋すぎる性格は『ラクアの英雄伝説』の主人公としてはふさわしいのだろう。
が、純粋であることは諸刃の剣だ。その純粋さが良い方向に向かう分には問題ないが、悪い人間(俺みたいな)に騙されると間違った方向しか見られなくなる。
いや、本当に怖いな……。
が、今回はその純粋さを利用させて貰う。
悪いなラクア。俺の破滅が懸かってるんだよ。
「見えます見えます。あなたは昨晩うなされていましたね? おそらく怖い夢でも見たのでしょう。次はどんな夢を見たのか水晶に聞いてみましょう」
そう言うとカナリア先生は、むにゃむにゃとわけのわからない呪文を唱えて水晶に手をかざす。
「み、見えましたっ!!」
そう言ってラクアを見やった。
いいぞカナリア先生っ!! その調子だっ!!
ということでカナリア先生はあらかじめ伝えておいた夢の内容を事細かく話し始めた……のだが。
「え、え~と……魔王はグレド大陸の民とともに……え~と……幸せに暮らしていたみたいですね……」
カナリア先生はラクアの見た夢の説明をしているのだが、その説明はどうもたどたどしい。
さらに言えば時折、水晶玉ではなくラクアから視覚になっている自分の膝元をチラチラ見ている。
あ、こいつ覚えきれなくてカンペを読んでるな……。
昨晩カナリア先生には自然な感じで嘘だとばれないように演じてくださいねと頼んだのだが覚えきれなかったようだ。
ま、まあラクアは不信感をもっていないようだし結果オーライか……。
ということでカナリア先生はなんとかカンペを見つつもラクアの見た夢を言い当てた。
そんなカナリア先生にラクアの表情はみるみる青ざめていく。
「か、カナリア先生っ!! ぼ、ボクはどうすればいいのっ!! その夢は事実になるのっ!?」
ラクアは我慢しきれなくなって机に身を乗り出してカナリア先生を見つめる。
そんなラクアの勢いにカナリア先生は「はわわっ……」と気圧されていたが、なんとか気を取り直して信託をラクアに授ける。
「ラクアさん、なにも恐れることはありませんよ? ラクアさんはこれからも戦いとは無縁の怠惰な生活を送ればいいだけです」
「た、怠惰に?」
「そうです。変に魔王を恨んだり、国のために戦おうだなんて思わずに、パパやママ、それからお祖父ちゃんと楽しく過ごしていればなんの問題もありません」
「そ、そんなことでいいんですかっ!? 闇を封じるために修行とかは」
「全くその必要はありません。むしろ闇は堕落を嫌うのです。闇を追い払うためにもっともっと堕落しましょう」
「…………」
そんなカナリア先生の言葉にラクアは何も答えない。
どうやら腑に落ちていないようだ。いや、おそらくカナリア先生の言葉は信じ切っているのだろうが、自分のやるべきことが堕落だと知って『いや、なんで?』となっているようだ。
ラクア頼む。俺だってお前みたいな無垢な少年と戦いたくないんだ。
お前には幸せな未来を用意してやる。だから、物騒なことは考えずに健やかに幸せな一生を送ってくれ……。
ラクアはしばらく黙り込んでいたが不意に決意したようにカナリア先生を見やると「わかりました」と頷いた。
「ぼ、ボク、これからはストイックに堕落するよ。人一倍頑張って堕落する。それが世界に平和をもたらすんだよね?」
と、何か矛盾したような言葉で決意表明するラクア。そんなラクアにカナリア先生は笑顔で応える。
「そうです。ラクアさん、幸せになってくださいね」
「わかりましたっ!!」
ということで作戦は大成功だ。少々力技だったことは否めないが、これはラクアのためでもあるのだ。戦争に巻き込まれたって良いことは何もない。
俺は決意に満ちたラクアの表情をさりげなく眺めながらほっと胸をなで下ろした。
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