第71話 正夢
うむ、昨晩はよく眠れた。
翌朝、窓から差し込む朝日と小鳥のさえずりという素晴らしい目覚まし時計で目を覚ました俺は体を起こすと窓の外を眺める。
窓からわずかに見えるウルネアの街はいつも通りで、今朝もまだクロイデン軍は攻めてきていないようだ。
街の静寂を確かめた俺はぴょんとベッドから飛び降りると、風呂場へと向かいさっぱりしたところで食堂へと向かった。
「あ、ローグさま、おはようございます。お先に食事を頂いております」
食堂に入るなりラクア父が俺の存在に気がついて立ち上がると俺にペコペコと頭を下げる。
「うむ、気にするな。おはよう」
なんて返事をしつつも俺は次に彼の隣に座るラクアを見やった。彼はシリアルをすくったスプーンを握り絞めたまま何やら物思いに耽るようにぼーっとしており、俺の登場に気がついていないようだ。
「お、おい、ラクアも挨拶をしなさい」
と、そんなラクアを見たラクア父が慌てて声をかけるが、ラクアは固まったままである。
「す、すみません……あとで叱っておきますので……」
申し訳なさそうにまた頭を下げるラクア父だが、俺は「気にしなくてもいい」と笑顔を返すとラクアの元へとゆっくりと歩み寄った。
あ、ちなみに食堂の隅ではメイド服姿のレイナちゃんが「はわわっ……申し訳ございませんっ!!」と泣きそうな顔で床に落ちたグラスの破片を拾い上げている。
どうやら朝からポカをしたようだ。
そんなレイナちゃんを無視してラクアのそばまでやってくる。
そして、ラクアの隣の椅子をひくとそこに腰を下ろして硬直するラクアの顔を覗き込んだ。
「おはようラクアくん。昨晩はよく眠れたかい?」
なんて尋ねてみるがやはりラクアは心ここにあらずである。そんなラクアにラクア父は再度「もうしわけございません」と謝った上で「ラクアは今朝からこんな状態で……」と弁明をする。
なるほど……。
この反応を見る限り、リーユは確かに昨晩ラクアの夢に干渉したようだ。
うんともすんとも反応しないラクア。が、俺はそんなラクアの意識を食卓に引き戻す魔法の言葉を知っている。
「おはようラクアくん、なんだか元気がないみたいだけど大丈夫かい?」
「…………」
「もしかして昨晩、怖い夢でも見たのかい?」
「っ……!?」
と、そこでラクアの瞼がピクリと動いて、彼の視線が俺へと向いた。
「どうやら図星だったみたいだね。実はボクも昨晩は酷く悲しい夢を見たんだ」
「悲しい夢?」
「そう……悲しい夢だよ。グレド大陸をクロイデン王国が侵略する悲しい夢さ」
「そ、それっ!? 本当なのっ!?」
そこまでほとんど反応を示さなかったラクアが驚いたように目を見開いて俺の顔を覗き込んできた。
その目は信じられないようなものを見るような目である。
よし来た。ということで俺もわざとらしく驚いたような目をしてラクアを見やる。
「え? も、もしかしてラクアくんもボクと似たような夢を見たのかい?」
俺の質問にラクアはコクコクと激しく頷く。
「そ、それは本当かいっ!?」
「うん、本当だよっ!! とても悲しい夢だった」
「もしよければボクにどんな夢だったか教えてくれないかい?」
そう尋ねるとラクアは俺に昨晩見た夢について詳細に話してくれた。
ラクアの見た夢はこうである。
グレド大陸にあるグレド連邦という国では魔族の人々が健やかに暮らしていた。
そこは魔王という絶対的な君主が存在しながらも、基本的には身分なんてものは存在しない皆が皆を尊重し合う穏やかな国である。
そのグレド連邦の民たちはみな不思議な光を放つ宝石を大切に身につけていた。
この宝石はその美しさから信仰の対象になっており、彼らのアイデンティティとなっているのだ。
が、その石はあまりにも美しすぎた。この宝石は巨万の富を生むのだ。
そのことにいち早く気がついた王国があった。
その王国は魔族のことを野蛮な存在だと見下していた。彼ら程度本気になれば簡単に屈服させることのできる存在だと思っていた。
だからその王国はグレド連邦へと赴いて彼らから力尽くで宝石を奪い取ろうとしたのである。
そのことに魔王は激怒して王国に仕返しをしようとした。そして、そんな魔王の事情をしったローグ・フォン・アルデアもまた魔王の力になってともに戦うことを決めた。
窮地に立たされた王国は魔王とローグに降伏をして二度とグレド連邦を侵略しないことを誓ったのである。
が、その誓いは偽りだった。国王は王国民に魔王が一方的に王国を侵略したと吹聴。
それを聞いたとある天才少年は国王にまんまと騙され、それが正義だと信じて魔術に励み数年後グレド大陸に上陸した。
「彼らは王国の侵略を目論む野蛮な民族だ」
国王からそう擦り込まれた天才少年はグレド大陸を火の海にした。少年によって魔王は殺され王国はまんまと宝石を手に入れることに成功して魔族たちは彼らの奴隷としていきることを余儀なくされた。
少年は王国に出迎えられ英雄として称えられた。
そして、彼は最後まで気がつくことができなかった。この戦争で本当の略奪者が誰なのかを最後まで気がつくことができなかった。
それがラクアの話した夢の内容である。
そしてそれが俺がリーユに頼んでラクアに見させた夢である。
ラクアの話を聞きながら俺は時折「ボクの夢もそうだった」だとか「もしかしてその続きはこうだった?」などと、さも俺も同じ夢を見ているかのように相づちを打ってラクアの話を真剣に聞いてやった。
そしてラクアは全て話終えたところで「こ、こんな偶然あるのかぁ……」と不安な様子で俺に尋ねてきた……のだが。
そんなラクアを見ていたラクア父が「そ、それはきっと偶然だ」と口を挟む。
「ラクア、これは悪い夢だ。たまたまローグさまと同じ夢を見たというだけで気にする必要はない。だから元気を出しなさい」
おいじじい、良いところだからちゃちゃを入れてくるんじゃねえっ!!
当然ながらラクア父には事情を説明していないので、そう言って可愛い息子を慰めようとする。
が、ただの偶然で片付けられてしまったら俺が困る。
ということでもう一つ手を打っておくことにする。
「ラクアくん、実はアルデア王国お抱えの優秀な占い師が城にいるんだ。その人に会って占って貰おう」
そう言ってラクア父に目で牽制すると俺たちはその“優秀な占い師”とやらの元に向かうことにした。
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