第70話 頼みの綱

 なんでだよ。なんでこいつは俺がたった1時間で根を上げて逃亡した仕事を10時間もぶっ通しでやってニコニコできるんだよ……。


「一見地味な仕事に見えるけれど、こういう地味な仕事の積み重ねで社会は回っているんだね。ボクもこれからはいろんな人に感謝をしながら食事をしなきゃっ!!」


 怖いんだよっ!! ねえ、ホント怖いのっ!!


 頼むからそのギラギラした瞳をこれ以上俺に向けるのは止めてくれない?


 生きた心地がしないんだわ……。


 なんてラクアの笑顔に恐れおののいて俺だったふと思う。


 いや、待てよ……。


 逆に考えればラクアは例え地味な仕事でも嫌な顔一つせずにこなすってことだよな。


 だったらラクアにはアルデア王国に移住して貰って、適当な職業を斡旋すれば安全なのでは?


 そう思った俺はラクアを見やる。


「ラクアくん、もしもラクアくんが望むならばアルデア王国においでよ。アルデア王国にはいろんな仕事があるし、もしかしたらラクアくんに合った仕事が見つかるかも――」

「ボクは冒険者を目指そうと思うんだっ!!」


 いや、なんでだよっ!!


 相変わらずギラギラした瞳で俺がもっとも恐れるセリフを口にするラクア。


「ど、どうして冒険者になりたいの?」

「お兄ちゃんにアルデア王国に招待して貰ってボクは思ったんだ。どの人にもその人にあった世界への貢献の仕方があるって」

「それは立派な考えだね。だったらラクアくんも『ウルネアに行ってきました饅頭』工場に――」

「ううん、確かこの仕事は魅力的だけれど、ボクにはもっと自分の能力に見合った仕事があることに気がついたんだ」

「さいですか……」

「別に自慢をするわけではないけれど、ボクは魔術師の才能がそれなりあると思うんだ。だからね、ボクの才能を最大限に生かせて一番みんなの役に立てる仕事は冒険者だと思ったんだ」


 ということらしい。いちいちラクアの言葉は正論だから困る……。


「それにクロイデン王国は危険に晒されているんだ」

「危険?」

「うん、また魔王がクロイデン王国を攻めてくるかもしれない。そんなときにボクは自分の才能を生かして王国のみんなを守りたい。そのためにもっともっと強くならなきゃ」


 OH……NO……。


 ダメだ……最悪に最悪が重なっていく。


「魔王はボクたちクロイデン王国の人々を傷つけようとした。それは許せないことだよ。魔王は悪い奴。魔王は滅ぼすべき。魔王がいない世界こそが平和」


 あーあー急激に光り墜ちしたラクアが今度は闇墜ちしていく。その濁りの全くない透き通った瞳でそんなことを言われるとガチで小便ちびりそうだから……。


 そんなラクアを見て俺は思った。


 こんなラクアを見てしまった以上、俺はこのままラクアをクロイデン王国に帰すわけにはいかない。


 きっとラクアはカザリアに帰ったらこれまで以上に必死に鍛錬に取り組むだろう。


 そんなわかりきった未来を俺は指を咥えて眺めているわけにはいかないのだ。


 そうである以上、粗治療だとわかっていてもやらなければならない。


 本当は使いたくない手だったがやるしかねえか……。


 俺は目がギラギラのラクアを横目にフリードの元へと歩み寄ると、ひそひそととある人物を城に連れてくるよう命じた。


※ ※ ※


 それから再び馬車に乗って城へと戻ってきた俺はラクアたちに食事を振る舞い、さらには風呂とサウナとマッサージで天国気分を味わわせたところで自室へと戻ってきた。


 あぁ……本当に困ったもんだ。


 窓の桟に肘を置いて現状を憂いながら外を眺めていると、何かが遠くからこちらに向かって何かが飛んでくるのが見えた。


 メイド服を身につけたそやつは背中に生えた巨大な翼を間抜けにぱたぱたさせながら、ふわふわと俺のいる窓へと飛んできた。


「来るのが遅いっ。あと誰が窓から入って良いって言った?」


 冷たい視線を送るとサキュバスリーユはえへへと苦笑いを浮かべる。


「ごめんね。店の子たちの接客のオペレーションを指導していたら、思ったより時間がかかっちゃった」

「なんかいっちょ前にしっかり仕事をしてるんだな」

「わ、私はカザイ国王御用達のサキュバスなんだよっ!! 仕事には人一倍自信はあるし」

「確かにそれもそうだ……」


 ダテに国王に仕えていたわけではなさそうだ。


「で、今日は何の用なの?」

「お前に色々と聞きたいことがある」

「聞きたいこと? あぁ、店の子たちは店を回すだけで手一杯だからローグに回せるような子はいないと思うよ?」

「そうじゃねえよ。お前の能力について聞きたい」


 そう言うとリーユは小首を傾げた。


「お前、エロい夢以外の夢は見せられないのか?」

「どういうこと?」

「そ、そうだな……例えばだけど冒険者が魔物と戦う夢とか」

「ええ? 別にできないことはないけれど……なんで?」

「お前に夢を見させて欲しい人がいる。そいつにエロくない別の夢を見させたいんだ」


 なんて口にするとリーユは露骨に面倒さそうな顔をする。


 ホント生意気なサキュバスだな……。


「やりたくないんだけど……」

「なんでだよ」

「私たちサキュバスは相手から生気を抜き取るためにえっちな夢を見させているんだよ? 普通の夢を見させたって生気は抜けないじゃん……」

「別にいいだろ。減るもんじゃねえし……」

「ローグ、そういうの女の子に言うと幻滅されるよ?」

「お前だから言ってんだよ。ってかなんで嫌なんだよ」

「う~ん説明は難しいけれど、ローグだってご飯を食べなきゃ死ぬけれど、わざわざ栄養もない不味い物は食べたくないでしょ? 私たちサキュバスにとってえっちな夢は甘い蜜みたいなものなの。お腹がすいていたってわざわざ不味い物は食べたくないの」

「そこをなんとか頼む……」


 そんな俺の言葉にリーユは腕組みしたまま「う~ん……」と考え込む。


「まあどうしてもって言うならやってあげてもいいけど……」

「本当かっ!?」

「まあローグにはあの変態王子から解放して貰った恩もあるし、その恩返しだと思えば我慢するよ」


 ということらしい。ならば、話が早い。


 俺はさっそくリーユに夢の内容についてあれやこれやと説明することにした。

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