第69話 根比べ

 夜が更けて朝がやってきた。


 フリード曰く誰よりも早く目を覚ましたラクアは、頼んでもないのに早朝から城の周りをランニングをした上で、軽い筋トレとストレッチをして朝風呂に浸かっていたらしい。


 あぁ……怖い怖い。


 食卓で俺が見たラクアは真っ白い歯を見せながら俺に挨拶をして、眩しすぎる笑顔を俺に見せつけてくれた。


 その後はシリアルを食べてトイレに入ると、快便だったのか清々しい顔で再び俺の前に現れた。


 ちなみにこのシリアルは最近、レビオン王国から輸入したエン麦に似た穀物を見た俺が作らせた物である。


 シリアルにはドライフルーツが混ぜられており、密かにこのシリアルが世界標準の朝食となって輸出産業が潤うことを願っている。


 が、今の俺にとって重大なのは輸出ではなくラクアの光り墜ちだ。


 ということで早速新しいプランを実行に移すことにした。


「ラクアくん、今日はアルデア王国の工場で職業体験をしに行こうか。僕はね、ラクアくんには働くことの大変さを学んで欲しいんだ」


 そんな俺の言葉にラクアは今回のウルネア訪問でトップレベルにきらきらと輝いた瞳を俺に向けた。


 どうやら誰かの為に奉仕することを体験できると知って感激しているようだ。


 が、ラクア父の方はなにやら不思議そうに俺を見つめている。


 まあラクア父の反応は当然だろう。なにせ俺の提案は昨日とは正反対なのだから。


 昨日までの俺はラクアに道楽の楽しみを叩き込むことで精一杯だった。が、ラクアの反応は真逆だ。


 一見、工場での職業体験はラクアに働くことの喜びを教えるようにラクア父には思えたのかも知れない。


 が、俺を侮ることなかれ。当然ながら俺だってそのことはわかっているが、その上で作戦を立てているのだ。


 ということで食事を終えた俺たちは馬車に乗り込んで、一路ウルネアへと向かった。


 馬車は絶賛開発中のウルネア中心部を通り過ぎると少し外れにある巨大な石造りの建物の前にやってきた。


「お兄ちゃん、ここは?」


 馬車が止まったところでラクアは興味深げに建物を指さした。


「ここが今日ラクアくんが働く場所だよ」

「ここで……働くの?」

「そうだよ。ここでは多くの人間が美味しい食べ物を街に届けるために奉仕をしているんだ。昨日ラクアくんと一日過ごしてみて、きみが誰かの為に働くことが好きだってことがわかったから是非職業体験をやってもらいたいと思ってね」

「おおっ!! おおおおおおっ!!」


 手応えは十分。


 俺たちは馬車を降りるとさっそく建物の中に入った。


 ここはウルネア観光地化計画の一環の『ウルネアに行ってきました饅頭』の製造工場である。


 ここでは夫の稼ぎにプラスアルファでお金を稼ぎたいマダムたちがパートタイムで勤務して饅頭をひたすら製造している。


 今日はラクアをここにぶち込んで一日中饅頭を作らせる計画。


 実は俺は前世でとあるパン工場でバイトをしたことがある。


 そのパン工場は日本でも有名なメーカーのパン工場で、俺はそこでベルトコンベアで流れてきたパンの包装が破れていないかをひたすら確認するという単純仕事を延々と続けた。


 あれは地獄だった。仕事の内容自体はとても簡単なのだが、代わり映えのない仕事を黙々と続けることは精神的にかなりの苦痛だった。


 それをラクアにやらせるつもりである。


 この地獄を体験することによりラクアに仕事の退屈さと精神的な辛さを知ってもらい、あわよくばトラウマとなってほしい。


 工場に入ると工場長らしき男が俺たちを出迎えてくれた。


 彼は真っ白い白衣のような服を着て、頭にはこれまた真っ白い帽子を被って髪を隠し、口元もこれまた真っ白いマスクで覆っている。


 絵に描いたような食品工場労働者のような格好だ。


「ラクア殿、ようこそ『ウルネアに行ってきました饅頭工場』へ。では早速更衣室にて作業着に着替えましょう」


 そう言って工場長はラクアを『コウイシツ』と書かれた部屋へと連れて行く。そして、10分ほど経ったところで工場長と同じように全身真っ白い衣服を身に纏ったラクアが俺の元に戻ってきた。


「じゃあラクアくん、頑張ってな」


 そうエールを送ると彼は握りこぶしを俺に見せる。


 と、そこで工場長は高濃度の蒸留酒の入った霧吹きをラクアにくまなくかけていく。


 消毒だ。この工場ではできる限り外から菌が入らないように徹底的な消毒が行われているのだ。


 アルコール消毒が終わったところでラクアは「じゃあ行ってくるね」と俺たちに告げると工場長に連れられて工場の中へと入っていく。


 俺は中には入らずガラス越しに中の様子を確認する。


 工場内部には魔法石の反発力を運動エネルギーに換えた魔法石式ベルトコンベアが稼働していた。


 その周りには白装束のマダムたちが集まっており、巨大な蒸し器から流れてきた饅頭に焼き印を入れたり、箱詰めをしたりと黙々と仕事に従事しているのが見える。


 工場長に連れられてベルトコンベアの前までやってきたラクアは身長が低いので台座の上に立たされ、蒸す前の饅頭を切り分けて丸めていくという仕事を教わっているようだ。


 そんなラクアを眺めながら俺は笑みを抑えられない。


 ラクアよ、今頃お前は『え? 仕事って結構簡単なんだね』って思っているだろう?


 だが違うぞ。


 工場内の時計は全て取り外させているし、工場内からは外は見えない。そんな場所でお前はいつ終わるかもわからない仕事を延々と続けることになるのだ。


 ここからが地獄の始まりだ。終わりなき単純作業の恐ろしさを思い知るがいいっ!!


 あ、ちなみに普段はパートのおばさんにはしっかりとタイムカードを書かせて適切に休憩もさせているから、そこだけは誤解なきように。


※ ※ ※


 それから俺は屋敷に戻って珍しくダラダラと自由な時間を過ごすことになった。


 そして、日が傾き始めたところで再び馬車に乗り込んで『ウルネアに行ってきました饅頭工場』へと戻ってきた……のだが。


「あ、お兄ちゃんだっ!!」


 工場で出迎えくれたラクアの表情は……笑顔に満ちていた。


 そんなラクアの笑顔を見た俺は膝から崩れ落ちる。


 嘘だろおい……。なんでだよ……なんでお前はこの状況で笑顔でいられるんだよ……。


 どうやら俺はラクアとの根比べにまた負けたようだ。

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