第68話 手強すぎるラクア

 隙あらば光り墜ちしようとしてくるラクアを連れて俺たち一行は城の中に入った。


 あぁ……言動の一つ一つに細心の注意を払わなきゃだな……。


 ということでラクアを連れて広い城の中を歩きまわって食堂へとやってきたのだが。


「「「ラクアさま、ようこそアルデア王国へっ!!」」」


 食堂に入るなり俺たちはフリードを初めとした使用人プラス料理人総出で迎えられた。


 食卓には新品のクロスが敷かれており、キャンドルスタンドにはこれまた取り替えたばかりのろうそくが置かれている。


 そして食卓の中央には。


「ラクアくんは甘い物が好きだって聞いてたからケーキを作って貰ったよ。好きなだけ食べてね」


 食卓の中央には事前にラクア父から聞いていたラクアの大好物の果物をふんだんに使ったホールケーキが置かれている。


 さすがのラクアも食欲には抗えないだろう。前回会ったときよりも明らかにスリムになっているのは少し気になるが、それでも子どもとは甘い物が大好きな生き物だ。


 大好物を目の前にして食欲には抗えないだろう。


 俺は静かにドヤ顔をするとラクアへと視線を向ける。


 すると、ラクアは感銘を受けたようにケーキに熱視線を送っていた。


 いいぞいいぞ。


 が、すぐにケーキから目を離して今度は料理人へと顔を向けると、何やら鼻をすすり泣きを始めた。


「くすんっ……くすんっ……」


 ん? なんだなんだ? ラクアくんちょっと情緒が不安定すぎやしないかい?


 なんて一人不安になりながらラクアを眺めてると、ラクアはなにやら料理人の元へと歩き出す。


「このケーキはみんなが作ってくれたの?」


 なんて唐突に尋ねられるものだから料理人たちはやや動揺しながらもコクコクと頷く。するとラクアは料理人の一人を見やると彼の両手を掴んで熱視線を送った。


「ぼ、ボク……感動しているよ? ボクの好きなものを理解してこんなに美味しそうなケーキを作ってくれるなんて……」


 なるほど、どうやらラクアはケーキに感動したようだ。


 これはまずまずの感触なんじゃないか? ただそれだけで涙を流すのは少々気がかりだけど……。


「ボク、料理人の皆さんみたいな大人になりたいな。こうやって誰かの笑顔のために一生懸命汗水流して働くことができる立派な大人になりたいっ!!」


 あ、これはヤバいっ!!


 ラクアから光を感じた俺は慌てて彼に歩み寄ると、両肩を掴んで「さ、さあさあラクアくんテーブルに座ろうか」と料理人から引き離す。


 その際に料理人にふと目を向けるとラクアの言葉に感動したのか料理人たちは『感無量です』と言わんばかりに瞳に涙を浮かべていた。


「さあさあラクアくん、ケーキ以外にもたくさん料理があるからねっ!! お腹いっぱい食べようね」

「え? あ……うん……」

「ラクアくん、今のままの生活を続ければラクアくんは一生こうやって優雅に生きて行くことができるんだよ? よかったね? いつでもアルデア城に遊びに来られるしミレイネ王女にも会えるんだよ? この生活を手放したくないよね?」

「…………」


 何も答えないラクアを強引に椅子に座らせると、俺はラクア父を見やった。


 ラクア父はなにやら申し訳なさそうな顔で俺を見つめている。


 なんだろう。フリードからラクアが改心したことは当然聞いていたが、俺が思っていた数十倍改心していた。


 いや、もちろん人としてはとても良いことだとは思うのだけれど、俺にとっては色々とマズすぎる。


 なんとなくわかるのだ。今のラクアはスーパーストイックモードに入っている。


 こんなストイックモードのラクアが魔術の鍛錬なんてしたら光の速さで強くなるし、魔王だってあっさり倒しかねない。


 初めはラクア父の体たらくを恨んだが、これはラクア父の失態というよりはラクアの方がおかしい……いや人としては正しいのだけれど……。


※ ※ ※


 結局、その後俺はラクアにご馳走を振るまい、その後には最近作った大浴場&サウナルームで整わせた上で、フリード曰くウルネア1のゴッドハンドだというマッサージ師『ほぐし屋ギース』まで城に呼び寄せてラクアを労った。


 が、俺のお持てなしに感動して「あぁ……天国だ……このまま死んでも良い……」と口にしたのはラクア……ではなくもっぱらラクア父の方だった。


 肝心のラクアの方はすっかり奉仕することの喜びに目覚めているようだった。


「ローグさま、ラクア殿は先ほどメイド役のグラウス海軍大将に『あなたのように誰かに奉仕をされることはとても尊いことだよ』と言い残して就寝されたそうです」


 自室でそんな報告をフリードからされた俺は項垂れる。


「そ、そうっすか……」


 ダメだ……このままではダメだ……。


 なんというか俺のやることなすことは全て裏目に出ている。


 贅沢をして楽に暮らすことの素晴らしさを伝えているつもりが、ラクアは『自分の生活の為に多くの人が苦労している。ボクも同じような立派な大人にならなきゃ』と解釈しているようだ。


 堕落化を進めるどころか、むしろラクアはより真っ当な人間になっている。


 本来ならば、明日は港巡りの船に乗って船上でランチをとるつもりだったのだが、この分だとまた『ぼ、ボクのためにここまでしてくれるなんてっ!!』と感動してより頑張ろうとしてしまう。


 ということでプラン変更だ。


 むしろラクアには頑張ることがいかに辛いことなのかを教え込んだ方が良い。


 ということで。


「おいフリード、予定を変更しよう。すぐに『ウルネアに行ってきました饅頭』工場に連絡をして、俺がこれから書くプラン通り動くように命じてくれ」


 ラクアよ。お前もなかなか手強いが俺だってそう簡単には折れないからな。


 ここからは俺とお前の我慢比べだ。


――――

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