第65話 辛辣

 ラクアは地面に後頭部を強打したことによって生まれ変わった。


 今まで自分がいかに怠惰に過ごしてきたか、かつての自分がもっともなりたくない大人と同じような生活を送ってきたか、人生において大切な時間を危うく棒に振るところだったこと等々全てを理解して恥じた。


――こんな年齢で贅沢な物ばかり食べてぶくぶく太って、なんてボクは醜いんだ……。


 商店のガラスに映った自分の姿を見てラクアが抱いた素直な感想である。


 が、まだラクアは若い。いや若いを通り過ぎて幼い。今からでも十分に巻き返すことができるのだ。


 だからラクアは生まれ変わることにした。今までどうして自分がこんな生活を嬉々として送ってきたのかはわからないが変わろう。


 結局、ラクアは祖父からその足で診療所に連れて行かれ簡単な治癒魔法を施された。


 幸いなことに医者曰く怪我の状態は重篤ではなく、数日頭痛は続くだろうがすぐに治るそうだ。


 ということで診療所を後にしたラクアは祖父に連れられて村へと戻った。


「ら、ラクア、頭は痛くないか? 気分が悪いとかそういうことはないか?」


 村へ戻ってきて祖父から事情を説明されたラクア父は、ラクアの元へと駆け寄ると彼を心配した。が、ラクアのほうは既に頭の痛みもひいておりピンピンしている。


 大した怪我ではない。が、これまでの堕落した生活はすぐにでもメスを入れなければならないほどに重篤だ。


「パパ、これ以上こんな堕落しきった生活を続けていてはいけいないよ。これじゃいくらお金があっても幸せは掴めないよ。幸せってのは自らの手で手に入れるからこそ幸せなんだよ」

「ら、ラクア……どうして今日はそんなに辛辣なんだい?」


 ラクア父は慌てて祖父へと視線を向けるが、ラクア祖父は黙って首を横に振るだけである。


「ラクア、きっと頭を強く打って混乱しているんだ。少し眠ればきっと気持ちも落ち着くはずだ。さあ、寝室に行こう」

「パパっ!! そんな悠長なことを言っている場合じゃないよっ!! 僕たちは今はまだ変わることができる。だけど、だらだらしていたら取り返しのつかないことになる」

「さあ、ラクア寝室に行こうか」

「パパッ!! 目を覚ましてっ!!」

「ラクア、お願いだから早く寝て……」


 が、ラクアは頑なに寝室へと向かおうとはいない。


「パパ聞いて。冷静に考えて僕たちがこんな贅沢な生活ができているのは変だと思わない? 詳しい事情は知らないけれど労働と賃金が見合っていないよ」

「…………」

「パパ、ボクに何かを隠しているね。だっておかしいもん。ついこの間まで質素に暮らしていたはずなのに今では気軽に海外に旅行にも行けている。いち農民の僕たちがこんな贅沢ができるのはどこから怪しいお金が入ってきているとしか思えないよ」

「…………」

「パパ、どうして黙っているんだい? 黙っていても事態は改善しないよ?」

「べ、別に怪しいお金なんて」

「怪しいお金じゃないなら胸を張ってボクにどんなお金なのか話せるよね?」

「…………」


 ラクア父は息子からの辛辣すぎる言葉に思わず頭を抱える。


「パパの気持ちもわかるよ。きっとボクのことを思ってやってくれているんだよね。パパがボクのことを愛してくれていることは知っているから」

「ラクア……」

「だけどパパ、ボクは自らの手で幸せをつかみ取りたいんだ。それにこの間カザリアに魔王が攻めてきた。今回は何事もなかったけれど次だって防ぎきれる保証なんてないんだよ。今から特訓をして魔王を倒せるぐらい強い人間になりたいんだっ!!」

「だけどラクア、もしも魔王が攻めてきたら俺たちだけでも逃げることが――」

「がっかりだよパパ。パパは勇敢な冒険者だったんだよね。今の言葉、昔のパパの前でも胸を張って言える?」

「…………」


 辛辣すぎるラクアの言葉にぐうの音もでないラクア父。


 相変わらず頭を抱えるラクア父を見てラクアは不意に優しい笑みを浮かべる。


「安心して。ボクはパパやママ、おじいちゃんに育てて貰って感謝しているよ。だから、これ以上家族に苦労をかけることはしない。ボクが頑張ってみんなを楽にさせてあげるからね」

「…………」

「やっぱりボクは優雅にお昼寝なんてしている場合じゃないみたいだね。山に入って特訓しなきゃ」


 そう言ってラクアは家を飛び出すと納屋で埃を被った魔法杖を手に取る。そして、そのまま一直線に山へと駆け出すのであった。


※ ※ ※


「ふざけんじゃねえっ!! そんなことが許されてたまるかっ!!」


 っざけんじゃねえっ!! こんなことがあってたまるかっ!!


 フリードから報告を受けた俺は怒りのやり場に困って思わず地団駄を踏んでしまう。


「ろ、ローグさま……どうしてそのように激怒されるのですか?」


 が、フリードのほうは俺の怒りの理由がさっぱり理解できないようで、困ったように頬を指で搔いていた。


 が、俺にとってこれはこの上ない一大事だ。


「ラクアが改心して勉学や魔術の鍛錬に励むようになったっ!? フリード、俺はお前にラクア一家に自堕落な生活を送らせるよう命じたはずだ。それなのにどうして……」


 どうして? ねえどうして?


 少なくともレビオン・ガザイ王国で再会したときはぶくぶく太って生活習慣病まっしぐらな感じだったよね?


 なんならレイナちゃんを嫌らしい目で見て汚い笑みを浮かべていたじゃんっ!?


 ねえなんで? なんでそんな絵に描いたようなどら息子が真面目になっちゃってるわけ?


「ま、まさか送金を止めたわけじゃないよな?」

「い、いえ、毎月きっちりと生活費……では到底使い切れないほどの資金を渡しております」

「ならなんだこのラクアの体たらくはっ!!」

「い、いえ……体たらくではなく真面目になったと言いますか……」

「言い訳は聞きたくないっ!!」

「も、もうしわけございません……」


 当然ながらフリードはなぜ自分が怒られているか理解していないようだ。


 とりあえずこの問題は早急に解決せねばならない。なにせラクアは魔王と並んで俺に破滅をもたらす最大勢力の一角なのだ。


 たとえアルデア王国が隆盛を極めたとしても俺が殺されてしまってはなんの意味もない。


「フリード、今すぐに馬車を出せっ!!」

「ば、馬車ですかっ!? で、ですがいったいなぜ……」

「決まっているだろっ!! カザリアに行ってラクアに会ってくる」

「な、なりませんっ!! それはさすがに危険すぎます。アルデア王国とクロイデン王国はつい最近戦争をしたばかりですぞ」

「そんなもの俺には関係ないっ!!」

「いえ大ありですっ!!」

「ならば変装をするっ!! とにかく俺は今すぐにラクアに会いに行くっ!!」


 他の奴らに任せている場合ではないっ!! 例え捕縛の可能性があってもこれでけは絶対になんとかしなければならないっ!!


――――――――

書き忘れておりました。本作フォロワーさんには近々発売記念SSがメールにて届くかと思います。

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