第64話 覚醒の時
そう美味しい話には裏があるんです……。
ということで俺は今回の作戦の全容をカクタに話すことにする。
「クロイデン王国の多くの領が傭兵を雇っていることは知っているな?」
「当然でございます。先の独立戦争以前はクロイデン王国は目立ったいざこざもなく平和な時代が続いておりました。それゆえ各領は正規兵を維持するために必要な費用を抑えるために安価な傭兵をしておりました」
「そうそう、その俺が戦争を始めたことによって平和でなくなったみたいな言い回しはきになるけど、概ねカクタの言うとおりだ」
正直なところ他国の脅威がない戦争とは無縁だったクロイデン王国にとって兵隊は金食い虫でしかない。
当然ながらその金食い虫扱いの兵隊のおかげで他国の侵略を抑制しているのだから不必要なことは全くないのだが、とはいえ毎年莫大な予算を軍にとられることは各領にとって痛手になる。
ちなみにアルデア領でも昔は傭兵を使用して軍費の圧縮を行っていたようだ。が、旧アルデア領主、現アルデア領スラガ自治島総裁兼アルデア最高級終身名誉顧問アドバイザーが支払いを踏み倒したせいで、国内各商会のブラックリストに載り傭兵が使えずにかえって損をしたらしい。
が、傭兵は便利な制度である。当然ながら傭兵として派遣されてくる人材は既に基本的な軍人としての能力は持っており育成の必要もない。
必要な時に必要な人数を雇い、不要になれば返せばいい。これだけで軍費を多く削ることができる。練度の問題もあるかもしれないが、そもそもクロイデン王国は戦争とは無縁だった。はっきり言って見せかけの軍人でもいいぐらいなのだ。
そんな傭兵業界に踏み込もうというのが俺の考えだ。俺とカクタとでカモフラージュとなる新しい傭兵商会を設立して、ポリスリザーブの兵士を密かに各領に常駐させておきたい。
「これからもグレド連邦を絶対的な後ろ盾として信用するのは危険すぎる。だから転ばぬ先の杖としてクロイデン王国の各領に地雷を置いておきたい」
「じらい……とは?」
「あ、ごめん。なんというかその……時限爆弾……じゃなくて保険を置いておきたい」
「保険ですか……。それが保険になるのですか?」
「もしもクロイデン王国が各領にアルデア領への侵略を指示したときにこの保険は使える」
「はぁ……」
どうやらカクタは俺の言葉の意味が理解できていないようだ。
まあ、それもそうか……。
ということで俺は懇切丁寧に自身の意図をカクタに説明してやった。
その結果。
「なるほど……。確かに戦場を混乱させればクロイデン王国としては致命的な損害を被ることになりそうですな。ローグさまのおっしゃる通り各領のクロイデン王国への不信感を生むきっかけになるやもしれません」
「まあそういうことだ。かなり大胆な作戦ではあるけれどクロイデン王国がアルデア王国を侵略しなければいいだけの話だ」
「ですな」
ということで俺はカクタを納得させて傭兵業を新たに始めることにした。
※ ※ ※
ローグがクロイデン王国の侵攻にそなえてあれやこれやと手を回していた頃、クロイデン王国王都カザリアの街をとある老人とその孫が歩いていた。
「ラクア、どうじゃったっ? 良かったじゃろ? これがカースト上位の人間のみが楽しむことのできる贅沢なあそびじゃ」
ぐへへと下品な笑みを浮かべながら孫相手にそう尋ねるエロ老人。そんなエロ祖父の言葉に孫である小太り少年ラクアもまた同意するようにぐへへと下品な笑みを浮かべる。
「おじいちゃん最高だよっ!! これが上級国民の遊びなんだね? みんなおっぱいも大きいし優しい。僕も大きくなったらあんなお姉さんと結婚したいなぁ……」
「そうじゃろそうじゃろ? ばあさんも昔はあんな巨乳美女だったんじゃぞ?」
「あ、そういうのは想像するだけで気持ち悪くなるからやめて」
「そ、そうか……すまんの……」
この日、ラクアと祖父はとある酒場を訪れていた。
その酒場はカザリアでも一部の貴族や大富豪のみが訪れることのできる会員制の最高級酒場である。
出てくる酒や料理が最高品質なのはもちろんのこと、そこで働いている女性もまたクロイデン王国でも最高レベルの美女揃いで、そんな美女たちが隣の席に座ってお酌をしてくれ、話を聞いてくれ、ときにはスキンシップもしてくれる。
そんな夢のような体験を今しがたしてきた祖父とラクアは思い出すだけで頬が緩んでしまう。
祖父自身もどうしてこんな高級店を利用できたのかはよくわからない。が、ラクアの父、つまりは祖父にとっては息子である男がなぜかこの店の招待チケットを持っており、利用することができた。
ただの農村出身の彼らがこんな高級店を利用できたのは不思議で仕方がないが、理由はともかく使えるものはなんでも使うというのが祖父の心情である。
あ、ちなみにラクアはまだ未成年のため酒の代わりにミルクを飲んでいた。
「おじいちゃん明日も行こうね。で、毎日かよって僕とおじいちゃんのどっちが先に美女をお持ち帰りできるか競争しようよ」
「ぐへへっ……ラクアもなかなか言うようになったな。悪いがワシは老いぼれだが経験がある。そう簡単に倒せる相手だと思わぬことじゃな」
「ぐへへっ……」
ラクアも祖父も幸せの絶頂を迎えていた。
なぜ農村の一王国民がこんなに優雅で幸せな生活が送れるのかはわからないが、とにもかくにも幸せだった。
が、そんな幸せは突如として終わりを告げる。
それは祖父がラクアの手を引きながらカザリアの街を村へと向かって歩いていたときのことだった。
突然、ラクアの祖父は誰かと肩をぶつけた。
「す、すまんのぅ……」
肩が当たった祖父はすぐに振り返ると、ぶつかった相手に笑顔を向けて謝った。こういうときはどちらが悪いと言うことはない。お互いに素直に謝って穏便に済ませるのが鉄則である。
が、祖父が肩をぶつけた相手が良くなかった。
「おいじじいっ!! どこ見て歩いてんだよっ!!」
祖父が肩をぶつけたのは黒いスーツを身に纏ったサングラスの男だった。
どこからどう見てもカタギの男には見えない。そのことに気がついた祖父は顔から血の気がひくのを感じながら「す、すみませんっ!!」と改めて謝罪の言葉を口にする。
が、それでも男は怒りがおさまらないのか祖父へと歩み寄ると胸ぐらを掴む。
「すみませんじゃねえだろっ!! ちゃんと地面に頭を擦りつけて謝りやがれっ!!」
本当に質の悪い男に目をつけられてしまった。が、ここで反抗をしても何も良いことはない。そのことを理解している祖父は不服ではあるが、言うとおりにしようとする。
だから、跪いて男に謝罪をしようとした……のだが。
「で、いくら払えば許してくれるの?」
そんな祖父を横目にラクアは唐突にそんなことを口にした。
「ああ? なんだクソガキ……」
そんなラクアの言葉に男は訝しげにラクアを見下ろす。
「聞こえなかった? あなたにいくら支払えば許してくれるのか聞いてるんだよ。お金に困ってるからそんな風にカリカリするんだよ。だから、お小遣いをあげるからいくら欲しいか言ってみて?」
「ラクア、止めなさい」
そんな孫を慌てて止めようとする祖父だが、少し遅かった。自分が挑発されていると思った男は「クソガキっ!! 舐めてんじゃねえっ!!」とまだ幼いラクアを容赦なく蹴飛ばす。
ラクアは少々同年代の子どもと比べて太ってはいるものの所詮は子どもである。男の蹴りを食らわされあっさりと吹き飛ばされると、そのまま石畳の地面に頭を打ち付けて動かなくなった。
「ら、ラクアっ!?」
「おいじじい、ガキにどんな躾をしてんだよっ!! 次、同じようなことを口にしたらただじゃ済まねえからなっ!!」
そう言うと男は保安官に捕まるのを恐れたのか捨て台詞を吐くと、そそくさと雑踏の中に消えていった。
その間もピクリともラクアは動かない。そんな孫の姿に祖父は慌ててラクアへと駆け寄る。
「お、おいっ!! ラクア、大丈夫かっ!?」
「………………」
が、やはりラクアはピクリとも動かない。
「ラクアっ!! しっかりするのじゃっ!! 目を覚ますのじゃっ!!」
それでも祖父が必死に体を揺すると、不意にラクアは瞼をピクピクと震わせてゆっくりと目を開いた。
そんな孫の姿に祖父はわずかに胸をなで下ろす。
「ラクア、大丈夫か? 体に痛みはないか?」
「…………」
ラクアはそんな祖父をしばらく眺めていたが不意に口を開いた。
「おじいちゃん……こんな堕落した生き方をするのはダメだよ……」
「ら、ラクア?」
「ボクももっと真面目に生きなきゃ……」
その日、ラクアの押さえつけられていた精神が覚醒した。
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