第63話 危機感

 マズいことになった……。


 魔王に全てバレている。


 クロイデン王国が魔王を侵略しようとしていたことは事実ではあるが、俺が魔王に見せた勅令は偽物である。


「ローグさま、どうなんですか? 私はできればローグさまを信用したい。ローグさまはグレド連邦に大きな富をもたらせてくれた。そんなあなたが私たちを誑かすなんて私は信用したくない」

「…………」


 魔王の表情は真剣である。ここで適当な嘘をついて嘘の上塗りをしてもこの魔王を100%信用させることは不可能だろう。


 だったら俺にできることは一つしかない。


「あの文書は当時のアルデア領で作成した物です。あの文書でハインリッヒさまを騙そうとしたのは紛れもない事実です」


 こうなったら正直に全て答えるほかない。別に俺たちアルデア王国は魔王を騙すつもりもなければ、陥れるつもりもないのだ。


 そんな俺の言葉に魔王は少々動揺したように目を見開いた。


「そ、それは本当なのですか?」

「えぇ……。そうするほかなかったのでそうしました。それが当時のアルデア領とグレド連邦にとって最大限の利益をもたらすと思ったからです」

「…………」


 魔王は何も答えない。黙ったまま、俺の言葉の真意を探るようにじっと俺を見つめていた。


「ではクロイデン王国がグレド連邦の侵略を企んでいたというのは?」

「事実です」

「ならばどうしてそのような偽書を?」

「おそらく当時のハインリッヒさまはこの偽書がなければ私を信用しなかったでしょう。アルデア領としてはとにもかくにもクロイデン王国がこの地を侵略しようとしている事実を信じさせる他なかった」

「………………」


 また魔王は黙り込む。優しい魔王だ。俺のことを信用したいという気持ちとグレド連邦を騙したという事実の狭間で頭を悩ませているのだろう。


 が、こればかりは信用して貰わないと困る。


「ローグさま、私はローグさまのお言葉を信用します。ですが宝石の話はもう少し待ってはいただけないでしょうか?」

「ですが、必ずやこの話はグレド連邦に富を――」

「待っていただけないでしょうか?」

「…………」


 これ以上を押しても無駄だ。魔王の表情を見て俺はそのことを察した。


 正直なところ、すぐにでも宝石の話を纏めたい。なにせこの話が纏まればレビオン王国が兵器の組み立てをになってくれるのだから。


 が、これ以上下手に言い訳を並べて魔王を説得しても魔王のアルデア王国への不信感は募るばかりだろう。


「わかりました。ハインリッヒさまの納得がいくまで待つことにします」

「ご理解いただきありがとうございます」

「…………」


 結局、その後俺と魔王の間で宝石の話が纏まることはなかった。


 まあ焦っても何も良いことはない。魔王のアルデア王国への不信感は気になるところだが、時間をかけてゆっくりと信頼を手に入れるしかなさそうだ。


※ ※ ※


 ということで結局グレド大陸で何一つとして成果を出せずに俺たち一行はウルネアへと戻ってきた。


 が、今回の旅でわかったことはある。


 それはこのアルデア王国が思っている以上に窮地に立たされているということだ。


 クロイデン王国が魔王と接触したこと、さらには旧アルデア領が偽書を魔王に見せたことをクロイデン王国が認識している可能性が高いこと。


 もしかしたらクロイデン王国はこう思うかも知れない。


 アルデア王国とグレド連邦の間に亀裂が入った。


 だとすれば、やや先走ったクロイデン王国がこれをチャンスだとアルデア王国を攻めてくる可能性も大いにある。


 今のアルデア王国はクロイデン王国に属していたころと比べれば圧倒的に強い。レビオン王国から魔法石も輸入しているし、ポリスリザーブの練度も上がってきている。


 が、仮にクロイデン王国が本気でアルデア王国を攻めてきたとして、それを撃退できるかと聞かれれば疑問符が浮かぶ。


 このままではマズい。そのことを改めて認識した俺はウルネアに戻るなりカクタ商会のカクタを城に呼び寄せることにした。


「ローグさま、お久しぶりにございます」


 城の謁見の間にやってきたカクタはそう言って俺に挨拶をする。


「お、お前は……以前に会ったことがあるカクタか?」

「左様にございます」

「そ、そうか……」


 カクタは大家族で皆同じ顔をしているのだ。こいつは何男のカクタかを見極める術を俺は持ち合わせていない。


「ところで、本日は我々にどのようなご用件で?」

「カクタ、お前と一緒に新しい商会を設立したいと思っている」

「商会……ですか? 興味深い話ですね。ですが、いったいどのような会社を?」

「傭兵業だ。アルデア王国の余剰戦力を使って金儲けがしたい」

「ローグさまの考えが見えませんな」


 まあ、カクタならそう言うと思ったさ。どう考えても俺の今の発言は常軌を逸している。


 なにせ俺の今の悩みはどうやってクロイデン王国を撃退できるだけの戦力を整えておくかなのだから。


 普通に考えて余剰戦力なんてあるはずがない。


「まあ話は最後まで聞け。カクタにとってもなかなかに美味しい話だ」


 ということでカクタに説明をする。


「まずは我々アルデア王国はカクタ商会にポリスリザーブの一部を無償で貸与する。その上で貸与したポリスリザーブの人間には引き続きアルデア王国から給与を支払う。それを原資にカクタには傭兵業を始めて欲しい」


 カクタにとってこの上なく美味しい話の話だ。


 カクタはアルデア王国から無償で貸して貰った兵士を利用して傭兵を行う。さらにはそれらの兵士への給料はアルデア王国が支払うのだ。


 カクタにとっては仮に商売が失敗したとしても全くもってリスクのないのである。


 しかもカクタ商会から兵士に給料を支払わなくて良いとなると、他の傭兵業者よりも安い値段で兵士を派遣することができライバルに大きなアドバンテージを得ることができるのだ。


「それは我々にとって願ってもない話です。ですが、聡明なローグさまがアルデア王国にとって損しかない商売を我々にご提案になられるとは思えません」

「そうだな。うまい話には裏がある」


 ということで俺はカクタに本当の目的を話すことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る