第62話 成金

 ということでカナリア先生と楽しいひとときを過ごした俺たちだったが、日が傾き始めたところで魔王と待ち合わせの場所へとやってきた。


「ローグさま、お久しぶりです。さあさあ城に向かって二人で美味しい物でも食べましょう」


 と、魔王ハインリッヒ・シュペードから手厚い歓迎を受けた俺は馬車に乗り込んでさっそく城へと向かう。


 馬車からの車窓を眺めながら俺は思う。


 さっきも思ったが、明らかに街が前よりも発展しているよな……。


「あ、もしかしてお気づきになりました? 街の活気に」


 そんな俺の視線に魔王はなにやら嬉しそうに俺をニコニコと眺める。


 なんだろう。この自慢する気はないが、向こうが褒めてくれる分には全力で喜びますよみたいな顔は……。


 クロイデン製の大砲を自慢していたときのレイナちゃんを思い出す。


「凄い活気ですね。前に訪れた時はもう少し落ち着いていた印象でしたが」

「最近、西グレド会社のカクタさまが我がグレド連邦の伝統工芸品に目をつけてくださいまして、現在は魔王都の外れに工場を建設して、そこで大量生産をしております。そのおかげで雇用が大幅に改善し、魔王都は大変潤っているんです」

「な、なるほど……」


 伝統工芸品を工場で大量生産? 魔王よそれでいいのか? と少し思わないでもなかったが、それでグレド大陸の人が豊かになるのなら何も言うまい。


「よかったですね」

「はいっ!!」


 と、ほくほく顔の魔王を横目に馬車は魔王城へと向かう。


 そして、城に到着するとしばしの休憩の後、俺は食堂へと招かれたのだが。


「なんじゃこりゃ……」

「どうしましたか? なにかご不満な点があればなんなりとお申し付けください」

「い、いえ、そのようなことは決して」

「ローグさまがいらっしゃるということで、グレド大陸の贅を全て詰め込んでみました」

「…………」


 テーブルに並べられていた物は前回訪れた時に振る舞われたものと大きく違っていた。


「な、なんか光ってないですか?」


 なんだかよくわからないが、ステーキにしてもサラダにしても異様なほどにキラキラと光っている。


「あ、お気づきになられましたか?」


 そしてこの魔王の笑顔である。


「実は最近料理に金箔を混ぜるのにハマっていまして、ステーキにもサラダにも金箔がふんだんにちりばめられています」

「な、なるほど……」


 ハインリッヒちゃん、なんか急にお金持ちになってお金の使い方がわからなくて困っている成金みたいになっちゃってる……。


 ハインリッヒちゃん、俺はね、ハインリッヒちゃんの権力があって自らも最強で、それでもどこか純朴なところが大好きなんだよ?


 ハインリッヒちゃんが明かりを灯すために札束を燃やすような低俗な成金にはなってほしくないの……。


 この分だと次回魔王に会うときには、魔王は総金歯になっていたとしてもおかしくない。


 お金の回りが良くなってちょっぴり変わってしまった魔王に少し寂しい気持ちになりながらも、俺はご馳走へとフォークを伸ばした。


 ……うむ、美味い。


 と、しばらくご馳走に舌鼓を打っていたところでふと魔王が口を開いた。


「ところで今回はなにゆえご訪問を?」


 そう尋ねられて俺は今回のミッションを思い出す。


「実は今日は宝石の輸出についてハインリッヒさまにお話がございまして。ほら、以前ヘチマ山脈で宝石が採れるとおっしゃっていたじゃないですか?」


 前にも言ったがこれが今回の主目的だ。


 グレド大陸から宝石をレビオン王国に輸出して加工、そして西グレド会社を介して販売網を広げる。


 ターゲットは主に貴族などの富裕層だ。


 これで魔王もリルア女王も俺もみんなほくほく笑顔。


 素晴らしい計画だ。


「………………」


 が、そんな俺の言葉に魔王の動きがピタリと止まった。


 そして、一瞬だけ見たことのないような険しい表情を浮かべてから、すぐにふと我に返ったように笑顔に戻ると俺を見やった。


 あ、あれ……。


「ハインリッヒさま?」

「ローグさま……」

「なんでしょうか?」

「我々グレド連邦のアルデア王国は深い絆で結ばれていると私は信じております」

「当然ながら私もそう思っています」


 それは嘘偽りのない言葉だ。


「これからもグレド連邦とアルデア王国は手を取り合ってお互いに発展し、お互いにとって最高のパートナーとなることを私は望んでおります」

「それはもちろんです」


 なんだろう。なんだかよくわからないが魔王の口ぶりはまるで断る前の前置きをしているように聞こえる。


「ですから私は、アルデア王国に対する不信感を早めに解消しておきたい」

「不信感……ですか?」


 その予想外すぎる言葉に愕然とする。


 アルデア王国がグレド連邦に不信感を持たれるようなことをした覚えはない。


 魔王はいったいなんの話をしているのだろうか?


「実は先日クロイデン王国から使者の方がやってきました」

「クロイデン王国……ですか?」


 どうやらクロイデン王国が動き出したようである。


 俺たちアルデア王国が王国として存在できている大きな理由はグレド連邦という強力すぎる後ろ盾があるからである。


「もしかしてクロイデン王国から何かそそのかされたのですか?」

「えぇ、そそのかされたのだと私は信じています。ですが私の心は決して強くない。ですからローグさまの口からはっきりと否定をしていただきたいのです」

「否定……ですか……」


 と、そこで魔王は一つ深呼吸をして真剣な目で俺を見つめてきた。


「クロイデン王国からの使者はこうおっしゃりました。なんでもクロイデン国王が王国各領に魔王の侵略するために派兵を求める文書など作成した事実はないのだそうです」

「…………」

「ローグさまは以前見せていただきましたよね。当時のアルデア領に魔王討伐のための兵士を派遣するように国王が求めた文書を」


 …………なるほど。


 そこで俺は全てを理解した。


 要するに魔王はこう言いたいようである。


 クロイデン王国にグレド大陸を侵略する意志などなかったのではないか?


 にもかかわらず俺が魔王をそそのかせてクロイデン王国に敵対心を植え付けたのではないか?


 グレド大陸の宝石を本当に狙っているのはクロイデン王国ではなくて俺たちアルデア王国なのではないか?


 ということだ。


 これはなかなかに面倒なことになった。


 グラスに入ったジュースに口を付けると、俺はどう返そうかと思案するのであった。

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