第61話 ご褒美

 カナリア先生の『しゃ、しゃいにんばーすとえくすとりーむ』のおかげで俺たちは救われた。


 とりあえずカナリア先生には船に積んでいた一番高級な肉とぶどうジュースを食べて貰ってその功績を称えた。


 先生は『こ、これ全部私が食べてもいいの?』と申し訳なさそうに俺に尋ねてきたが、この程度のお礼で喜んでくれるのなら安いものだ。


 結局、先生は肉を「おいしい……」と声を漏らしながら嬉しそうに食べていた。


 可愛い。


 あぁ……カナリア先生が船に乗ってて良かった……。


 とにもかくにも無事過去最大級の窮地を脱した俺たち一行はそれからしばらくしてグレド大陸へと到着する。


 いつもならばそのまま魔王城に直行するところなのだけれど、俺としてはグレド大陸の現状を自分の目で見ておきたい。


 西グレド会社をグレド大陸に設置してこの地はどう変わったのだろうか?


 西グレド会社のせいでグレド大陸の方々が搾取されて、ひもじい生活とかしていたら悲しいじゃん?


 魔王には先に伝書飛竜を送って、しばらくグレド大陸を散策してから魔王城へと向かうことにした。


「わぁ……凄いです。ここは魔族が統治する大陸なんですよね? 私、そういう場所に来るのは初めてなのでわくわくしますっ」


 ということで魔王都へとやってきた俺たちだったが、俺以上にカナリア先生が興奮気味に俺の袖をぐいぐいと引いてきた。


 確かに魔族しかいない街は普段見ることがないからな。健気な瞳で王都を眺めるカナリア先生を微笑ましく眺めていたのだが。


「な、なんだかダンジョンを思い出して魔術が使いたくなりますっ」


 という健気すぎる瞳でそんなことを言い出すから背筋がぞっとした。


 先生最近、ナチュラルに畜生っぽいセリフを口にするよな……。


 が、まあ先生もさすがにここで暴れることがとんでもない国際問題になることは理解しているようで魔法杖を専用の袋にしまってから歩き出した。


 なんというか俺の心配は杞憂だった。どうやら西グレド会社のおかげでアルデア王国だけではなくグレド大陸もとても賑わっているようである。


 その証拠に前回来たときよりも街は活気で溢れており、広場ではリザードのおじさんが大道芸を披露して魔族の子どもたちを喜ばせている姿も見られた。


「わぁ……すごく良い匂いがします……」


 そう言ってお腹をぐぅぐぅ鳴らすのはレイナちゃんである。彼女は露店から漂ってくる焼き鳥? のような物や焼き魚? の匂いをくんくんしながら目を輝かせている。


 それはそうとこんな街中を歩いていたら目立ちそうなものだが、意外と魔族たちは俺たちの姿を見ても驚いた様子は見せない。


 どうやら西グレド会社の上陸によって人間の出入りが多くなって、魔王都民も人間の姿に慣れているようだ。


 今回の魔王都散策の目的はさっきも言ったとおりグレド大陸に民たちの生活がどのように変わったかを確認することなのだが、もう一つある。


「ローグさん、本当にいいんですか? 本当に欲しい物をおねだりしちゃったら結構な額になっちゃいますよ?」

「全然かまいませんっ!! むしろせめてこの程度の恩返しをしなくては俺の気が済みませんっ!!」

「そ、そうなんですか? じゃ、じゃあお言葉に甘えちゃいますね……」


 もう一つの目的はカナリア先生のお買い物のお付き合いをすることだ。カナリア先生に欲しい物があればこのローグ・フォン・アルデアが全財産を使ってでも購入する。


 まあ本当に命の恩人だからな。


 ということで良い匂いが漂ってくる露店街を歩いていた俺たちだったが。


「ろ、ローグさま……」


 さっきから俺が恩返しをしようとしているカナリア先生……ではなく壮大なフラグを立ててそれを回収しやがった海軍大将がおねだりするように俺を見つめてくる。


「ローグさま、あの串に刺さったお肉美味しそうだと思いませんか?」

「そうだな……」

「あっちはフルーツの串が売っていますね。ローグさま、もしかしたらあのフルーツの中にアルデア王国でも需要のあるものがあるかもしれませんよ? これは新しい商売のチャンスかもしれません」

「あ、そういうのはちゃんとカクタが徹底的に調べ上げているから大丈夫だ」

「はわわっ……」


 レイナちゃんは『おいしそ……。いいなぁ……私も食べたいなぁ……』みたいな表情を俺に向けてきて、思わず買い与えてしまいそうになるが、ここで甘やかすのは良くない。


 が、そんな俺にカナリア先生は「ローグさん、グラウス海軍大将をあんまりイジメたら可愛そうです……」と何やら悲しげな目で俺を見つめてくる。


 本当にカナリア先生良い子。


「海軍大将、今日はローグさんの奢りみたいなので美味しいものをたくさん食べましょうね」

「カナリア先生……」


 レイナちゃんはそんなカナリア先生を女神を見るような目で見つめる。


 ということで三人仲良く屋台の前までやってくると、犬みたいな耳とトカゲみたいな尻尾をもっとキメラ感のあるおじさんから何かの肉の串を買った。


「おいしい……」


 と、頬をわずかに上気させながら嬉しそうに串を頬張るレイナちゃんをカナリア先生は微笑ましそうに、俺は冷めた目で見つめる。


 それからも俺たちは街を散策してアクセサリーショップや魔導具ショップを巡ることになった。


「こんなにたくさん買って貰って本当によかったんですか?」


 両手いっぱいに紙袋を持ったカナリア先生はなんだか申し訳なさそうに俺を見上げてきた。


 本当に謙虚な人だ。


 ちなみにカナリア先生とレイナちゃんの頭にはおそろいのハイビスカスのような花の髪飾りがついている。これはカナリア先生が「海軍大将にきっと似合いますよ」と言ってプレゼントしたものだ。


「他に欲しい物はありますか?」


 ほくほく顔のカナリア先生に一応そう尋ねてみるが、先生は笑顔で首を横に振る。


「十分です。それよりも久々にローグさんと色々とお話ができて嬉しかったです」

「それは良かったです」


 なんだかよくわからないが俺程度と会話をして喜んでくれるのなら本望だ。


 なんて考えているとカナリア先生は持っていた紙袋を俺へと差し出した。


「あ、あぁ……重いですよね。俺が持ちますよ」


 さすがにこの小さな体でこれだけの荷物を持たせるのは可愛そうだ。が、そんな俺の言葉に先生は再び首を横に振る。


「違います。これはローグさんへのプレゼントです」

「プレゼント……ですか?」

「この袋の中には土の精霊さんが呼びやすくなるブレスレットや、軽くて丈夫なローブが入っています。これを使ってまた一緒に魔法のお勉強をしましょうね?」

「俺に気を使ってくれなくてもいいんですよ。カナリア先生が欲しい物を――」

「私にとっては、またローグさんと一緒に魔法のお勉強ができることが一番のご褒美です」

「カナリア先生……」


 あぁ……胸が痛いよ……。こんな健気なカナリア先生を眺めていると魔術をサボり気味の俺が酷い人間のように思えてくる。


 そんなカナリア先生とのひとときだった。

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