第60話 しゃ、しゃいにんぐばーすとえくすとりーむ

「「「「ぎゃあああああああっ!!」」」」


 そんな叫び声が聞こえてきたのはレイナちゃんから安全宣言を出して貰った数日後のことだった。


 午前中にカナリア先生とみっちり鍛錬をした俺は、昼飯を食った直後急に睡魔に襲われベッドで昼寝をしていたのだが、その叫び声に飛び起きる。


「な、なんだなんだっ!?」


 そののっぴきならない叫び声に辺りを見回すと、窓の外に慌ただしく駆け回る何人ものアルデア兵士の姿が見えた。


 あ、ちなみにカナリア先生はロッキンチェアに座ったまま、杖を抱き枕にしてすやすや眠っています。


 可愛い。


 いや、今はそんなことはどうでもいい。


 明らかに異常事態が起こった。そのことを察した俺は慌てて貴賓室を飛び出したのだが。


「なっ…………」


 直後、俺は全てを察した。


 視界に映るのは海竜、海竜、そして海竜。


 前回のレビオン王国訪問時に遭遇したつがいの海竜の二倍ほどはありそうな巨大な海竜が、ぐるぐると威嚇するように武装商船艦隊を取り囲むようにぐるぐるとまわっている。


「あ、俺……終わったわ……」


 どうやらレイナちゃんがまた奇跡のような確率を引き当ててしまったようだ。


「撃てえええっ!! 撃って撃って撃ちまくるのだああああっ!!」


 などと甲板で部下に指示を出すレイナちゃん。直後、レビオン王国から買った大砲が火を吹いたのだが、海竜はまるで動じる様子もなく機敏な動きで砲弾を避けていく。


 そんな光景を見てアルデア兵士たちは絶望的な表情を浮かべた。


「もう終わりだ……こんな化け物に勝てるわけがない……」

「かあちゃんっ!! 俺、こんなところで死にたくねえよっ!!」


 などなど、完全に諦めモードに入っているアルデア兵士たちの嘆きの言葉が聞こえてきた。


「お、おいグラウス海軍大将っ!! これはどういうことだっ!!」


 とりあえずレイナちゃんに駆け寄ると彼女は今にも泣き出しそうな顔で俺を見つめた。


「ローグさま……すみません……」

「とりあえず状況を説明しろ」

「はわわっ……かしこまりました……」


 と、レイナちゃんは俺にペコペコと頭を下げて説明を始める。


 レイナちゃん曰く、つい一時間程前までは海上はとても平和だったようだ。


 あまりに平和すぎて兵士たちは甲板にボールを持ち込んで前世で言うところのサッカーのようなスポーツに興じていたらしいのだが、突然、船が大きく揺れ始めて何事かと思ったら海面ににゅっと何匹もの海竜の頭が飛び出してきたんだって。


 唐突ってレベルじゃねえぞ……。


「で、海竜は何匹いるんだよ」

「じゅ、10匹です……」

「さいですか……。で、なんか前見た海竜よりも明らかに大きい気がするのだけれど……」

「目測ですが、倍以上はあるかと……」

「大将こないだ、このレベルの大きさの海竜が出たら後生に語り継がれる伝説級だって言ってなかった?」

「はわわっ……すみません……」


 もっともこのままだと後生に語ることのできる人間は全滅しちゃいそうだけど……。


 これはもう……諦めて海竜のおまんまになるしかないのでは……。


 完全に諦めモードに突入しそうな俺だが、レイナちゃんはパンパンと自分の頬を両手で叩いて自分を鼓舞すると握りこぶしを俺に見せた。


「と、とりあえず諦めるわけにはいきませんっ!! このレイナ・グラウス、命を賭してローグさまをお守りしてみせますっ!!」


 そう言うと床に置かれた魔法杖を掴んで海竜の方へと駆けていった。


 本当に強運の持ち主である……。あ、もちろん悪い意味で。


 とりあえずこうなった以上、俺も参戦して少しでも生存確率をあげなければ。そう思い魔法杖を取りに貴賓室へと戻ろうとしたのだが。


「あ、ローグさん、おはようございます……。すみません、眠るつもりはなかったのですがついうとうとしてしまって……」


 と、なにやら事情を知らなさそうなカナリア先生が暢気にあくびをしながら貴賓室から出てくるのが見えた。


 可愛い。


 いやいやカナリア先生に癒やされている場合ではないっ!!


「先生っ!! 大変っすっ!! 俺たち絶体絶命ですっ!!」


 慌ててカナリア先生に駆け寄ると、船を取り囲む後生語り継がれる伝説級の数々を指さした。


 そして、先生は現状を把握した。


「はわわっ……ローグさん大変ですっ!! 大きい海竜さんがたくさんいますっ!!」

「そうなんですっ!! このままだと俺たち海竜たちのおまんまになるんですっ!!」

「はわわっ……私、こんなところで死にたくないです。もっと行きたいところとか食べたい物とかたくさんありますっ!!」

「そうなんですっ!! とりあえず俺も魔法杖を持ってきてアルデア兵と一緒に戦うので、先生も協力をお願いします」


 そう言って俺は大急ぎで貴賓室へと戻ると魔法杖を持って再び甲板へと出る。


 辺りを見回すと相変わらずバカデカい海竜たちがぬっと海面から顔を出したまま、艦隊の回りをぐるぐるとまわっていた。


 ワニのような顔は、見るからに獰猛であんな瞳に睨まれたら石化してしまいそうだ。


 が、びびっていても何も変わらないのでとりあえず甲板の端へと向かって走って行く。


 甲板の端ではすでにレイナちゃんが必死に魔法杖を振り回して風魔法を起こしているが、海竜にはほとんど効いていないようだ。


「おい、グラウス海軍大将っ!! いけそうか?」

「全くダメです……」

「だろうな……」


 ということで俺も魔法杖を構えて海竜めがけて石化魔法を放ってみる。が、思いのほか船と海竜との間に距離があり届かない。


 万事休すか……。


 なんて頭を抱えていると。


「ローグさん、ここは私に任せてくださいっ!!」


 そんな声が聞こえてきたので顔を上げると、そこにはなにやら笑みを浮かべるカナリア先生の姿が見えた。


「せ、先生、あいつら倒せるの?」

「わかりませんっ!! ですが、ローグさんが全然授業を受けに来てくれなかったので、その間に私もたくさん鍛錬を積みましたっ!!」


 そう言ってカナリア先生は「えっへん」と胸を張る。


 なにそれ可愛い。


 とりあえず俺もレイナちゃんも海竜には刃が立たない。ここはカナリア先生に任せるしかなさそうだ。


 ということで俺もレイナちゃんもカナリア先生を注視していると、彼女はわずかに頬を赤らめる。


「そ、そんなにじっと見つめられると少し照れます……」


 この状況で照れられるカナリア先生の強メンタルに感心しつつも見つめ続けていると、彼女は「よっこいしょ」と重そうに魔法杖を天高く掲げた。


 そして、


「しゃ、しゃ、しゃいにんぐばーすとえくすとりーむっ!!」


 え、えくすとりーむっ!?


 その聞き覚えのない技名に目を丸くするが、直後、カナリア先生の杖の魔法石がピカッと光ると瞬く間に視界を白い光が覆い尽くした。


 が、光はすぐに落ち着き魔法石に集約すると、今度は海上にもかかわらず凄まじい地響きとともに船が小刻みにぐらぐらと揺れ始める。


「う、うわっと……」


 慌てて甲板の手すりに掴まる。その際に海面が見えたのだが、海面にはなにやら幾何学模様の波紋ができていた。


 そのことに気がついた直後、先生の魔法杖から真っ白くて細いレーザー光線が海面に向かって伸びていく。


 その細いレーザー光線は海面を切り裂き、一瞬ではあるが海底を俺たちの眼前に露わにさせた。


「う、嘘だろ……」


 海が割れた……。と、思ったのも束の間再び海は塞がり、その代わりに蒸発した海水が海面に巨大な湯気を作る。


 その先生の『しゃ、しゃいにんぐばーすとえくすとりーむ』の威力に、船の乗組員も俺もレイナちゃんも、さらには伝説級の海竜たちも動きを止めて目を丸くした。


「な、なんじゃ今のは……」

「これまでのしゃ、しゃいにんぐばーすとの幅を小さくして、その分威力を集約させてみました。まだ練習中なので海竜さんには当たりませんでしたが……」


 ということらしい。


 照れるように頬を搔いていた先生だったが、すぐにはっと我に返る。


 そして、今まで見たことないような鋭い眼光を向けると杖の先端を海竜へと向けた。


「貴様らっ!! これを見てもまだ私たちに喧嘩を売るつもりかっ!! 命知らずのバカ者は私が一人ずつ始末してやるっ!!」


 き、貴様っ!?


 普段の温厚な言動からは信じられないほどの口汚い言葉でそう叫ぶカナリア先生。


 すると海竜たちはお互いの顔を見合わせてなにやらうんうんと激しく頷いた。


 直後、海竜たちは慌てた様子で艦隊の周りから方々へと散っていった。


「ローグさん、海竜さんたち帰ったみたいです……」

「そ、そうっすね……」


 そう言っていつものように愛らしい笑みを振りまくカナリア先生を眺めながら俺は思った。


 何があってもこの人だけは敵に回してはいけないと。

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