第54話 ローグの知らない秘密の会談

 ローグがレビオン・ガザイ王国で国王をロリコンにしている頃、一人の男がグレド大陸へと降り立った。


「獣臭い街だ。一秒でも早く話をまとめて国に戻りたい……」


 魔王都の港に停泊するクロイデン王国の軍艦を背に男は蔑むように港町を眺めやる。


 この街の至る所で魔族が闊歩していると考えるだけで、男にとっては不快でしかない。


 だが、これは仕事なのだ。


 我慢するしかない。


 アドール・ガルシエル。


 クロイデン軍の元帥であるこの男はクロイデン国王の命を受けて、この地に降り立った。


 彼がグレド大陸にやってきた理由は、もちろんこの大陸を支配する権力者魔王ハインリッヒ・シュペードに謁見するためだ。


「ガルシエル閣下、あちらの馬車の前に立っているのが魔王です。あの馬車にご乗車いただき魔王城へと向かう手はずとなっております」


 配下の男にそう言われ彼は埠頭の根元部分に停車した馬車と、その前に立つ魔族の男を見やる。


 見覚えのある男だった。


 いつの日か単身でクロイデン城に乗り込んできて、国王と彼の面目を丸つぶれにさせた魔族である。


 が、彼はそんな恨みを胸の内にしまって、あえて笑みを浮かべると彼の元へと歩み寄った。


「これはこれは魔王陛下。わざわざ港までお出迎えとはご足労をおかけいたしました。お久しぶりですな」

「いえいえ、はるばるグレド連邦にまでお越しいただき恐悦至極です。ガルシエルさま、お久しぶりです。この間は突然の訪問、大変失礼いたしました」


 元帥よりも頭一つ二つ、いやそれ以上に背の高い魔王は、その高身長が信じられないほどに腰を曲げてペコペコと彼にお辞儀をした。


 この妙に謙った態度、前回彼が出会ったときと全く同じである。


 間違いなく目の前の魔族の男はあの忌々しい魔王だった。


 そんなやけに腰の低い態度に元帥はイラッとしないでもなかったが、そんな気持ちはおくびにも出さず笑顔で魔王と握手を交わす。


 それから魔王と元帥を乗せた馬車が魔王城へと向かい、城では元帥を持てなすために卓上いっぱいに料理が並べられた。


 そのどれもが元帥の知らない料理ばかりだった。


 食堂の隅には魔王の趣味なのだろうか、石で出来た魔王の像が置かれており、その像が彼のことをギロリと鋭い眼光で睨みつけている。


 ――趣味の悪い石像だ。


 結局、彼は二、三口口をつけてそれを水で流し込んで食事を終えた。


「お食べにならないのですか?」


 そんな彼に魔王は不思議そうに首を傾げていたが、元帥は苦笑いを浮かべると「先日病にかかりまして、今は食事を制限しております」と誤魔化す。


 結局、食卓に並べられた料理のほとんどを魔王が一人で平らげてしまった。


 食後、元帥は魔王によって魔王城の庭園へと案内される。


 どうやらこの時期はなんとかという花が見頃なのだと聞かされたが、彼には興味がない。


 魔王が「花でも見ながら話をしましょう」というので元帥は愛想笑いを浮かべて、庭園の東屋に設置されたテーブルへと腰を下ろした。


 テーブルに置かれた紅茶を啜りながら魔王は元帥に微笑みかける。


「この度はグレド連邦にお越しくださりありがとうございます。我々グレド連邦は元帥のご来訪を心より歓迎いたします」

「いえいえ、こちらこそお招きただき光栄です」


 そんな魔王の笑顔を流れながら元帥は思う。


 どうやらこの魔王は相当なお人好しのようだ。


 仮にもクロイデン王国は魔王に銃口を向けたのだ。


 いや、現にクロイデン軍は彼に発砲したのである。


 それなのに魔王はその事実を忘れたかのごとく、友好的に元帥に接している。


 ――発砲の命令を出したのが私であることにこの男は気づいていないのだろうか?


「ハインリッヒさま、先日の度重なるご無礼をどうかお許しください。国防のため仕方がなかったとはいえハインリッヒさまに銃口を向けたことを深くお詫び申し上げます」


 そう言って元帥は魔王に頭を下げる。


「いえいえ、事前に使者を送るわけでもなく他領の地に足を踏み入れたのです。元帥がお謝りになられる筋合いはございません。こちらこそ大変失礼いたしました」


 今度は魔王が頭を下げる。


「それはそうと……」


 と、そこで頭を上げた魔王は首を傾げる。


「本日はどのようなご用件ではるばるグレド大陸までいらしたのですか?」


 ということなので元帥は本題を口にすることにした。


「本日はクロイデン王国とグレド連邦とで国交を結びたく思い馳せ参じました」

「おーそれは素晴らしい提案です。我々グレド連邦の国民は融和を重んじております。是非ともグレド大陸とクロイデン王国が末永く友好的な関係を続けられるよう努めたいものです」

「それはありがたいお言葉です。それと……」

「それと?」

「アルデア王国についてなのですが……。ハインリッヒさまのお耳に入れておきたいことがございます」

「アルデア王国ですか?」


 その国の名前を耳にして魔王はやや不可解そうに首を傾げる。


「アルデア王国がどうかされたのですか?」

「ええ、アルデア王国の国王について少し気になる話を耳にしたので……」

「気になる?」

「かの国の国王がグレド大陸の宝石を狙っているのではないかという話です」


 もちろんこれは元帥のでっち上げである。


 元帥がはるばるグレド大陸へとやってきた理由。


 それはアルデア王国への不信感をこの魔王に抱かされるためである。


「もちろん、これは噂の域を出ません。ですが、そのような野望を持っているということをさる信用できる筋から耳にしました」

「お言葉ですが……」


 そんな元帥の言葉に魔王の眉がピクリと動く。


「お言葉ですが、グレド大陸の宝石を狙っておられたのはクロイデン王国のほうではありませんか?」

「はて? 話が見えませんな」

「失礼ながら、クロイデン王国が私の討伐隊を結成して宝石を狙っておられたのでは? 現に私はローグさまより国王陛下が私の討伐隊を結成するよう命じた書類を見せていただきました」

「書類?」


 そんな書類の話は元帥自身聞いたことがなかった。


 もちろん元帥は討伐隊を編成するよう命を受けた。


 が、それは秘密裏に行われていたことで、わざわざ書面の形で残しておくのはリスクしかない。


 それに仮にそんな物があったとして、どうしてそれがアルデアの領主が持っていたのだろうか?


「ハインリッヒさま、そのような書類をローグ・フォン・アルデアがハインリッヒさまに?」

「ええ、確かにこの目で見ました」

「本当にそれは本物なのですか? 国王陛下がそのような命令を下したことはございませんし、そのような書類は存在いたしません」

「で、ですが……」

「さては騙されましたな?」

「だ、騙された?」

「ローグ・フォン・アルデアはきっとあなた方グレド連邦を味方につけるために、そのような書類を偽造したのでしょう」

「ま、まさか……」


 魔王は明らかに動揺したように目を見開いた。


「ローグさまが私を騙すとは思えません。私とローグさまはよき友人でございます」

「しかし、外交とは友情だけでは成立いたしません。どれほどローグ・フォン・アルデアとの関係が親密だったとしても、国家元首というものは自国の利益を最優先いたします」

「…………」


 元帥の言葉に魔王は悩ましげに眉を潜めた。


 が、すぐに首をぶんぶんと横に振ると、やや引きつった笑みを浮かべる。


「申し訳ないが、私はローグさまを信用している。その書類についてはもしかしたらローグさま自身、誤った情報を掴まされた可能性もあります。ですから、この件について私はこれ以上、誰かを疑うことは控えます」

「ハインリッヒさまがそうおっしゃるのであれば、そのようにされればよろしいかと。ですが、ローグ・フォン・アルデアはハインリッヒさまが思っておられる以上に狡猾な男です。どうか騙されることのないようご警戒は怠らない方がよろしいかと」


 そう言って元帥は紅茶を啜った。

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