第53話 宝石

 数日後、俺たち一行はマナイへとやってきた。


 リルア女王の離宮では、バカンスを堪能したことが一目でわかる褐色のミレイネと、リルア女王が出迎えてくれた。


 どうやら彼女たちは俺があくせく働いている間にすっかり仲良しになったようで、離宮の大広間で二人はトロピカルフルーツの巨大パフェを分け合っている。


「あ、ローグおかえり~」

「お、おう、ただいま……。随分とバカンスを堪能したようだな……」

「違うわよ。これは外交よ。アルデア王国とレビオン王国がこれから友好関係を築くための外交」

「そ、そうっすか……」


 ま、まあ仲が良いことは悪いことじゃないしな……。


 と、必死に心の中で彼女を正当化していると、リルアが俺に手招きをするので彼女の元へと歩み寄る。


「あんたも一口」


 ということでスプーンを俺の元へと差し出すので、女王にあ~んしてもらうことになった。


 うむ、美味い……。


「ネオグラードでのことは既に私の耳に入っているわ。完璧な働きね。約束通り魔法石の加工はレビオン王国に任せて」

「ありがとうございます……」

「ルリリには具体的な調整が終わってからあの人の元に行って貰うことにするわ。で、いずれはレビオン王国とガザイ王国で費用分担してこのマナイに新しいお城を建てるつもりよ」


 どうやらこのマナイがいずれ統一王国の王都になるようだ。


 あ、そうそう。


 と、そこで俺は思い出す。


「あの……リルアさま?」

「なに?」

「ガザイ国王について心配事がいくつかあるのですが……」

「何かしら?」


 ルリリちゃんのためにも伝えておかなければならないことが俺にはあった。


「なんというかガザイ国王の容態は深刻そうです……」

「え? どういうこと?」


 と、俺の言葉にリルアは深刻そうに俺の顔を覗き込んでくる。


 あー近い近い。


「なんというかその……ガザイ国王は想定以上にルリリ殿下にお熱になっております。一応、彼女の同意なき関係は求めないという条件は呑んで貰っているのですが、大人と子どもです。国王がその……我慢できなくなってしまったときにルリリ殿下の身の安全が確保できるかどうか……」


 これが俺の最大の心配事だった。


 ルリリちゃんはまだ14歳だ。


 いくら条件を呑んで貰っているとはいえ、一時の気の迷いで国王がルリリちゃんに手を出さないとも言いきれない。


 もちろんその時は婚約破棄だけど、それも証拠を隠蔽されたり彼女を人質に取られてしまうとレビオン王国としては手出しが難しいのだ。


 いくらアルデア王国第一だとはいえ、さすがの俺も14歳の女の子がそんな目に遭うのは胸が痛い。


 が、


「なんだ。そんなこと?」


 と、俺の言葉にリルアは胸をなで下ろす。


「心配ではないのですか?」

「心配なら必要ないわ。だってルリリは強いから」

「は? 強い?」


 と、そこでリルアは近くに控えていたローブを被り魔法杖を持った少女へと視線を向ける。


 彼女は確かリルアが初めて俺の前に現れたときに、俺の衛兵を眠らせた魔法少女だ。


 そういえば、初めて会ったときからなんか黒幕感あったけど、彼女は何者なのだろうか?


 いや……待て……。


 と、そこで少女はローブのフードを捲ると俺にその素顔を見せた。


「は、初めまして……ルリリです……」


 あ、やっぱり……。


 フードを脱いだ彼女はさっきまでの黒幕感はすっかりと消え失せて、頬を赤らめたまま何やら気恥ずかしそうにもじもじし始める。


「彼女がルリリよ。今はいずれやってくる即位に備えて、私の元でボディガード兼修行をさせているの」


 そんなリルアの紹介にぺこりと恥ずかしそうにルリリちゃんがお辞儀をした。


「しゅ、修行をさせていただいてます……」

「彼女は幼い頃から魔術に秀でているのよ。あんたも彼女の実力は知っているでしょ? もしもあの人がルリリに何かしようとしたら衛兵もろともすぐに眠らせられるから安心して」

「ね、眠らせます……」


 なるほど……それは安心である……。


 ルリリちゃんは魔法杖を「えいっ」と小さく振る。


 するとレイナちゃんを除く護衛の兵士たちが崩れ落ちるとその場でいびきをかき始めた。


 あ、こっわ……。


 そんなルリリちゃんの魔術にドン引きする俺と、クスクスと悪戯っぽく笑うリルア。


 が、リルアは不意に笑うのを止めると「あ、そうだ……」と何かを思い出したように目を見開いた。


「ねえミレイネ、あれを見せてくれる?」


 そう言ってミレイネに手を差し出すと、ミレイネはポケットからペンダントを取り出すと彼女の手に置いた。


 それはマナイレさんから貰ったミレイネにとっては世界にたった一つの大切な量産型ペンダントだ。


「そのペンダントがいかがしましたか?」

「このペンダントに付いている宝石が欲しいの。ミレイネの話によるとこの宝石はグレド大陸で採れるそうじゃない?」


 あ、なるほど……そういうことであれば。


 俺はポケットからマナイレさんから二つ貰ったペンダントのうち一つを取り出すとリルアに差し出す。


「これでよろしければ差し上げますが」


 マナイレさんからもらった物だけど、二つもあるし一つぐらいはね……。


 が、リルアは首を横に振る。


「そういうことじゃないの。私が言っているのはレビオン王国がグレド大陸から宝石を輸入したいということよ。その仲介をあなたにやって欲しいの」

「な、なるほど……」

「この宝石は研磨があまり上手くないから他の宝石とあまり違いはわからないけど、うちの技術を使えばきっともっと美しく輝くはずよ。この宝石には世界中の人間を虜にできる魅力があるわ」

「…………」


 そんなリルアの提案だが、俺はすぐに返事はできなかった。


 確かにグレド大陸の宝石に価値があることは知っている。


 が、価値があるからこそ、この宝石はクロイデン王国によって奪い取られそうになったのだ。


 例の件で魔王は警官心を募らせているだろうし、魔王との関係を考えれば手を出すのは危険だと思った。


「クロイデン王国の話はミレイネから聞いたわ。だけど、私はしっかりとこの宝石に見合った対価を支払うつもりよ。それにこの宝石を正しく研磨することは彼らにとっても利すると思うけれど」

「まあ、確かに……」

「もしも間に入ってくれるのであれば、兵器の組み立てについても口利きしてもいいわよ。探してるんでしょ?」


 アルデアにとっては悪くない話である。


 いくら最高品質の魔法石を手に入れたとしても、それを装着するための兵器がなければ意味がない。


「なんならある程度の兵器をすぐにでもあなたたちアルデア王国に融通してもいい」


 どうやらリルアは本気のようだ。


 俺は悩む……。


 本当にグレド大陸の宝石に手を出してもいいのだろうか?


 そんな俺にミレイネが微笑みかけた。


「ローグ、大丈夫よ。パパと違って力ずくでってわけじゃないんだし、グレド大陸の経済が潤えば魔族の方々だってより豊かな生活ができるようになる。きっと魔王だって喜ぶはず」


 確かにそうだ。


 それに流通に西グレド会社を介せばアルデアの経済も潤う。


 アルデア王国にとってはメリットしかない話かもしれない。


「わかりました。魔王に話してみましょう」

「よろしく頼むわね」


 ということで俺はリルアの提案に乗ることにした。

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