第50話 サキュバス煽り

 ヤクザ屋さんの事務所を訪れてから数日が経った頃、レイナちゃんを介して事務所から連絡が入った。


 どうやらサキュバスが見つかったようだ。


 うむ、さすがはヤクザ屋さんだ……仕事が早い。


 ということで早速サキュバスの元へと向かうことになり、俺は馬車に乗り込もうとホテルを下りたのだが……。


「えぇ……なにこれ……」


 なんというかホテルの前に止まっていた馬車に我が目を疑いましたよ……。


 まずは俺愛用の馬車である。


 これはいつものように綺麗に整備がされており、何も変わらない立派な馬車だ。


 が、問題はその前に止まっている数台の馬車。


 全てがピカピカの黒塗りの馬車で、なにやら窓にはスモークがかかっており中が見えなくなっていた。


 いや、それはまだ良い。


 問題は黒塗りの馬車の車体には白い字で『王國万歳』だとか『大ガザイ王國愛國決死隊』などなど何やら怪しげな文言が記されている。


 なんか車体上部に拡声器まで付いてるし……。


 なんだろう……俺、このタイプの車、前の世界でも見たことがあるような気がする。


「ローグさん、久しぶりだねぇ」


 と、そこで街宣車から組長夫人のエルシアさんが姿を現した。


 彼女は今日も和服風姿でその目からは静かなる殺気を感じる。


 が、今日の彼女は機嫌が良いのだろうかニコニコと微笑みながら、俺の元へと歩み寄ってきた。


「あ、どうもっす……。この度は色々とお世話になりました」

「いいってことさ。少なくないお金だって払って貰っているし、それ相応の成果を出して筋を通すのが私たちの仕事だからね」


 レイナちゃんが具体的にいくら支払ったのかは聞いていないが、わざわざ組長夫人が迎えに来てくれたのだ。


 安くない金を払ったのだろう。


「じゃあこれから私たちの車で、あんたたちの馬車を先導するからついてきな」


 そう言ってエルシアさんは街宣車へと戻っていく。


 なんだろう……あの車に先導されるの恥ずかしいんだけど……。


 が、そんなことは口が裂けても言えそうにないので、俺も黙って馬車へと乗り込んだ。


※ ※ ※


 それから約三〇分後。


 とっても恥ずかしい思いをしながら俺たち一行は、ホテルから馬車で数十分ほどの場所にある別の高級ホテルへと到着した。


 なんでもサキュバス側は自分の住処を知られたくないようで、このホテルでの会談を求めてきたとのことである。


「着いたよ。ここの最上階にあんたの探していたサキュバスはいる。悪いけどここからは私たちはノータッチだ。何を考えているかは聞かないけれど、あんたの計画が上手くいくことを心から願っているよ」


 そう言ってフルスモークの窓から顔を覗かせたエルシアさんは俺に笑みを向けると、街宣車に乗ってどこかに行ってしまった。


 ということでレイナちゃんに連れられて俺はホテルへと入ることにした。


 ホテルの魔法石式エレベーターに乗り俺たちは最上階へと向かう。


 そして、エルシアさんに伝えられていた部屋番号の前に立つと、レイナちゃんが部屋のドアをノックした。


 そして、しばらくするとガチャリと扉が開きドアの隙間から誰かが顔を覗かせる。


 あ、やっぱり……。


 ドアの隙間から覗かせた顔を見て俺はピンときた。


 やっぱりいつの日かガザイの城に立っていたサキュバスと同じ顔をしていた。


 彼女の頭からは牛のような角が生えており、邪魔なのだろうか羽は背中に小さく折りたたまれている。


 そして、やたらと露出の多いワンピースは思わず目のやり場に困る。


「私に用があるって言っていたのはあなた方のことかしら?」

「ローグ・フォン・アルデアと申します。本日はあなたにお話ししたいことがありお伺いしました」


 そんなことを言う10歳の俺を、サキュバスはしばらく訝しげな目で見つめていたが、不意に笑みを浮かべると「いいわよ。入って」と俺たちを室内へと案内してくれた。


 室内に入った俺とレイナちゃんはサキュバスによって応接用のソファへと案内された。


 サキュバスに淹れて貰った紅茶を啜っていると、彼女が向かいのソファに腰を下ろして足を組む。


 うむ、エロい……。


 なんて考えていると、サキュバスはなにやらニヤリと笑みを浮かべながら俺を見やった。


「私の名前はリーユ。私のことはサキュバスとでもリーユとでも好きに呼んで」

「じゃ、じゃあリーユさんで」

「で、話ってなにかしら?」


 ということなので早速本題を口にする。


「あなたはガザイ国王を誑かして生気を吸い取っていいるそうですね?」

「あら、人聞きの悪い言い方をするじゃない。私は単に国王にお招きいただいて城に通っているだけよ? それになんの問題があるのかしら?」


 と、悪びれる様子のないサキュバス。


「あなたが国王から生気を抜き取るせいで、国王が正気を失って国の運営に支障が出ています」

「だったらなんなの? 国王がそれを望んでいるんだから私にはどうしようもないわ」


 そりゃそうだ。


 彼女の話が本当ならば、彼女は国王の言うことを聞いているだけなのだ。


 それを批判するのはお門違いもいいところだ。


「そこをなんとか国王から距離をとる方法はないのですか?」


 そう尋ねると彼女の表情がわずかに暗くなった。


「そんな方法があれば、とっくに距離を取っているわよ……」

「はい? それはどういう……」

「正直なところあの人からは生気を抜ききったわ。別にあの人にこれ以上夢を見させてももう絞れる物もあんまりないし……」

「あ、なるほど……。もう国王には生気は残っていないんですか?」

「そりゃ、しばらくしたら回復するかもしれないけど、こんなペースで私のこと呼んでたらいつまで経っても回復しないわよ……」

「じゃ、じゃああなたから距離を取ればいいんじゃないですか?」

「それはできないわ……」


 そう言って彼女は話し始めた。


 なんでも彼女が城から逃げ出したのは一度や二度ではないようで、逃げる度に王国軍を使って彼女の居場所を突き止めて連れ戻されるのだという。


 だけどそんな彼女の話を聞いて疑問も浮かぶ。


「だってあの人を満足させれられるぐらいにえっちな夢を見せられるのは私だけなんだもん」


 そう言って彼女はドヤ顔をする。


「そ、そうっすか……」

「結局、あの人は私の見せた夢でしか興奮できないのよね……」


 なんだろう……この苦労話風自慢……。


 なんかよくわからないけど、ちょっとイラッとする。


 どうやら彼女はかなり自尊心の強い女のようである。


 苦労していると言いつつも国王に認められているのが嬉しくて仕方がないようだ。


 が、こういう勝ち気な女は与しやすい。


「へぇ……リーユさんは凄いんですね」

「別に凄くないわよ。ただ普通にやってるだけよ」


 そう言いつつもまんざらでもないご様子。


 さて、褒めたところで。


「でも、それって単にリルア女王が魅力的なだけで、他のサキュバスがやっても一緒なんじゃないですか?」


 するとリーユは眉をピクリと動かして不快感をあらわにする。


「別にそういうわけじゃないと思うけど。だって、城には他の子たちも呼ばれたことがあるみたいだけど、結局、私の夢でしか満足できなかったみたいだし」

「へぇ……じゃあリルア女王以外でも国王を満足させられるんですか?」

「どういうこと?」

「実は国王に見せて貰いたい夢があります」

「はあ? 何よその夢……」

「あ、別にできないなら無理強いはしません。ですが、成功した暁にはたんまりと成功報酬を支払おうかなと」


 そう言って俺はレイナちゃんへと視線を向けた。


 レイナちゃんは契約書を懐から取り出すと、それをテーブルに置いてリーユの方へと向けた。


 リーユは契約書を眺めると「は、はぁ?」と不思議そうに首を傾げる。


「こ、こんなことしてあんたに何の得があるのよ?」

「まあいいじゃないですか。それよりもできるんですか? できないんですか? さすがにこんなのは無謀ですよね? 無理なら無理だとおっしゃっていただいても構いませんよ?」


 とことん煽る。


 これでもかとリーユを煽る。


「あんた私をなめてるの? これぐらいできるわよ」

「難しいなら、レビオン王国から肖像画の一枚でもお持ちしましょうか?」

「そんなのいらないっ!! そもそも私リルアとかいう女王の顔だって見たことないの。見た目なんて国王の記憶から引っ張り出すから簡単よ」

「じゃあよろしく頼みますね。機嫌は一ヶ月です」

「い、一ヶ月っ!?」

「あ、無理なら構いませんよ?」

「で、できるわよ……」


 ということで、やってくれるそうだ。


 頼むぞサキュバス。


 あんたの努力次第でアルデア王国の命運は大きく分かれるのだ。

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