第49話 血縁

 皆様は成金という言葉をご存じだろうか。


 船成金、鉱山成金、富くじ成金などなど、この広い世界には短時間で莫大なお金を稼ぎ一気に資産家へと上り詰めた人間のことを一般的に成金と呼ぶ。


 だが、この世界には一風変わった成金が存在する。


 それはベーシックインカム成金である。


 レビオン・ガザイ王国マナイ。


 ここは数多くの成金や資産家、さらには貴族たちが訪れる世界有数のリゾート地である。


 透き通った瑠璃色の海と珊瑚礁。そして純白と言っても良いほどの白くきめ細やかな砂浜は多くの人間を魅了し、少しでも長くここにとどまっていたいと思わせる魅力がある。


 そんな海を一望できるレストランでラクアたち一家はディナーを楽しんでいた。


「パパ、この料理不味いね。やっぱり安い店には安いだけの理由があるんだね。パパ、この肉はそこら辺に落ちている木と同じ味がするよ。こんな料理でお金が稼げるなんて楽な商売だね」


 そんなことを言いながら肉を小さな口に含みながら不満不平を口にする少年を眺めながら、彼の父ロキアは思わずため息を吐かずにはいられない。


 本当にこれでいいのだろうか……。


 もちろん彼はローグ・フォン・アルデアには感謝している。


 何せ、彼は配下の人間を使い、毎月毎月使い切れないほどの大金を家へと届けてくれるのだ。


 そのおかげでロキアは危険な冒険者を止めることができ、毎日愛息子や最愛の妻のそばにいることができる。


 それに彼に指摘されたことにより妻の病気も早期に発見することができ、病気の重症化を未然に防ぐことができた。


 彼にとってローグは恩人以外のなにものでもない。


 感謝してもしきれないほどの施しをローグから受けたのだ。


 それでも……それでもロキアはこの選択が正しかったのか不安になることがある。


 それは目の前で不満を口にするラクアのことだ。


 ローグからお金を受け取る唯一の条件、それは息子ラクアを徹底的に甘やかすこと。


 なんでもラクアは天性の魔術の才能があるようで、その才能が開花したときにとんでもない災厄が訪れるのだという。


 そして、おそらくローグの指摘は間違っていない。


 ラクアには確かに魔術の才能があった。


 一度ラクアにせがまれたラクアの祖父がお遊びでメラを披露したことがあった。


 祖父の手から発射される火の玉に感動したラクアは、すぐさまメラを習得すると、山へと駆けていき家に帰ってきた頃にはロキアにも真似のできないほどに巧みに火の玉を操るようになっていた。


 もしもローグに甘やかせと言われていなかったら彼は手放しで喜んでいただろう。


 が、彼の異様なほどの魔術の才能はローグの甘やかせという命令と深く関係しているのではないかとロキアには思い恐怖を覚えた。


 ロキアは息子には冒険者のような危険な職業に就いて欲しいとは思わない。


 できるだけ平穏な幸せな人生を送って欲しいと思っている。


 だからロキアはどんどんと横柄などら息子へと変貌していくラクアを甘やかし続けたし、それでいいのだと自分に言い聞かせていた。


 だが、これでいいのかとも思う。


 このままラクアが苦労の気持ちも感謝の気持ちも知らずに育ってしまって、本当に他人を思いやれる優しい大人になれるのか、ロキアにとっては甚だ疑問だ。


 それでもロキアはラクアが危険な目に遭わずに生きていけるならば、それが一番の幸せだ。


 そう自分に言い聞かせて彼を”本当の我が子”のように育てている。


「ラクア、次はラクアが美味しいと思うレストランに行こうな。今回は父さんのリサーチ不足だった。悪かったな」


 そう言ってラクアに笑顔を見せると彼は「ま、まあ今日は我慢してやるか……」と渋々肉を頬張り始めた。


 ロキアと妻にはとある秘密がある。


 決して誰にも知られてはいけない秘密。


 ロキアが彼の妻、ティファと初めて出会ったのはアルデア領近くの山中である。


 当時、駆け出しの冒険者であったロキアは山中で魔物の討伐を行っているときに破れたワンピースを身にまとい森の中を彷徨う彼女を見つけた。


 ロキアが魔物の討伐のために入った山だ。


 普通に考えて丸腰の女性が登山ができるような山ではない。


 すぐにただならぬ事態であると察した彼はティファを保護して山を下り、近くの宿で衰弱していた彼女を看病した。


 その時に気づいたのは彼女が身重の身であること。


 彼女に事情を尋ねてみるが彼女は何も答えない。


 それでもロキアはティファを献身的に看病し続けた。


 なけなしの金を叩いて彼女に食事を用意し、診療所で治療も受けさせた。


 その時は彼女を救わなければという一心だと思っていたが、今になって考えてみればロキアは彼女と出会ったその瞬間から彼女に惚れてしまっていたのかもしれない。


 そして、彼の献身的な看病のおかげか彼女は徐々に体力を取り戻すと同時に、彼に心を開き始めた。


「わ、私……アルデアで踊り子をやっていたの……」


 彼女は自分の素性をロキアに明かし始めた。


 彼女はどうやらアルデアのウルネアという街で売れっ子の踊り子をやっており、幾度となくアルデア領主の前で踊りを披露していたのだという。


 優れた美貌と踊りの才能を持つティファ。


 そんな彼女を見たアルデア領主はティファのことをひどく気に入り、次第に踊り子としてではなく愛人として彼女を囲うようになった。


 そんなある日、彼女はついに身ごもってしまった。


 が、当然ながら平民である彼女にアルデア領主との子どもを産むことなどできるはずがない。


 彼女は雇い主からはすぐに堕胎するように求められ地下牢に監禁された。


 それでも彼女はお腹の子供に罪がないことを知っていた。


 例え自分の命と引き換えになったとしても、お腹の子供だけは守り抜こうと心に誓ったのだ。


 それでもそんな彼女の気持ちを踏みにじるように、牢獄に男がやってきて彼女の腹を何度も蹴飛ばそうとする。


 お腹を手で押さえて、どんな痛みにも耐えてお腹の子を庇うティファ。


 そんなことが数日続いたときに地下牢にとある男がやってきた。


 その男はフリードというアルデア領主の側近の初老の男だった。


 フリードを見た瞬間、ティファはもう逃げられないと悟る。


 きっと自分を処刑にしてでもこの男はお腹の子を殺すだろうと思った。


 だが、フリードはティファの予想だにしない言葉を口にした。


「今すぐにここから逃げなさい」


 我が耳を疑った。


 フリードはティファに金を握らせると地下牢を立ち去った。


 そして、その日の夜遅く彼女は地下牢から解放された。


 それから彼女はひたすら逃げた。


 途中に暴漢に襲われそうになったが、金を渡して許しを請いなんとかアルデア領から脱出しようと逃げ続けた。


 そして山越えの途中にティファはロキアに発見されたのだという。


 その話を聞いたロキアは彼女とその子どもを命を賭けて守ろうと決意した。


 ロキアは彼女の体力が回復するのを待ち、そのままふるさとのカザリアへと戻ると彼女のお腹の子を自分の子だと父親に報告した。


 その結果ロキアは父親からぶん殴られた。


「この馬鹿もんがああああっ!!」


 と何度も何度もぶん殴られながらも彼女の子を命がけで育てることを誓うと最後には「血は争えないか……」と諦めロキアとティファの結婚を許してくれた。


 そして生まれたのがラクアである。


 それだけに初めてローグ・フォン・アルデアに捕まったときはラクアが殺されるのではないかと本気で心配した。


 それは単なる杞憂に終わったのだけれども……。


 それの日からしばらくした頃、ロキアたちのもとに一人の初老の男が訪れた。


 その男を見たティファは酷く恐れた様子だったが、その男が名を名乗った瞬間にロキアは全てを理解した。


「私はアルデア領でローグさまに仕えるフリードという者だ。初めまして……ではないな」


 それは彼女を逃がした側近の男だった。


 なんでもローグがロキアたちに送金をし続けることを不審に思い、ここを訪れたのだという。


「も、もしかしてローグさまは私たちの秘密を知っておられるのですかっ!?」


 ティファは怯えたようにフリードに尋ねる。


 が、そんな質問にフリードは首を横に振る。


「そんなはずがない。ザルバさまがローグさまに話すはずもなければ、そのような情報がローグさまの耳に入らぬように私は徹底的に情報管理をしてきた」

「ではどうして……」

「わからぬ。ローグさまは不思議なお方だ。きっとローグさまなりの考えがあってこのようなことをされているのであろう」


 その後もロキアとティファはやっぱりローグが事情を知っているのではないかと何度も質問した。


 がフリードは「ローグさまは事情を知らない。それだけは私には確信が持てる」と言い張る。


「本当に不思議なお方だ。あの方の考えることは私には到底理解できない。だが、きっとローグさまはお前たちの敵ではない。ローグさまは優しいお方だ。だから安心して生きろ」


 そう言ってフリードはわずかに笑みをこぼす。


 結局彼は、ラクアの秘密を決してローグの耳に入れないことと、それ以外の隠しごとを一切ローグにしないことをロキアたちに約束させて帰って行った。


 フリードが帰りロキアは急に不安になってあの男を信用しても良いのかとティファに尋ねる。


 そんなロキアの言葉にティファは「あのお方は命の恩人よ。あの人だけは欺いてはいけない……」と呟いた。


 だからこそ、ロキアはローグに隠すことなくラクアの魔術の才能を話した。


 信用する女の信用する男が安心しろと言ったのだ。


 ならばロキアには信用するほかない。


 そうだ。


 信用するしかないのだ。


 だからロキアはローグの言いつけを守る。


 ときには不安になりながらも、その先の幸せな人生を信じて愛する我が子を、甘やかして甘やかして甘やかし続ける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る