第48話 優しいおじさんたち

 どうやらサキュバスはガザイ王国によって保護されていることがわかった。


 ま、まあ冷静に考えればそうだよな。


 国王はサキュバスにお熱だし、万が一にも冒険者に討ち取られるなんてことがあってはならないのだ。


 館長の話によるとギルドでの依頼は愚か、ギルドを通さなかったとしてもサキュバスを殺そうものなら、すぐにしょっ引かれて牢獄送りなのだという。


 個人的にS級魔術師をかき集めて私設討伐隊を結成しようと思っていたが、そこまでのリスクを負って捕まえてくれる人は見つかりそうにない。


 さて……困った……。


 結局、俺はそのままホテルに戻り、どうしたものかと頭を悩ませることになった。


 のだが。


「ローグさまっ!!」


 そんな俺の部屋にレイナちゃんがノックもせずに飛び込んできた。


 なんだか彼女はウキウキのご様子で「聞いてくださいっ!!」と俺の元へと駆け寄ってくる。


「ど、どうしたの?」

「サキュバスを捕獲してくれるという優しいおじさんたちを見つけましたっ!!」

「はあ? で、でも、サキュバスを捕まえたら牢獄送りだぞ? そんな命知らずいるのかよ」

「はい、いました。その方々には下手したら掴まると伝えたのですが『この業界に懲役を恐れるようなやつはいない』とのりのりで引き受けてくれました」

「なんだよ……その命知らず……」


 が、引き受けてくれるならば、俺としてはありがたい話だ。


 ということで、俺はさっそくレイナちゃんが見つけたという優しいおじさんたちの場所へと連れて行ってもらうことにした。


※ ※ ※


 OH……NO……。


 ネオグラードの繁華街。


 その中でもいわゆる夜のお店が立ち並ぶ歓楽街の一角にレイナちゃんの言う『優しいおじさん』たちのいる事務所があった。


『任侠ネオグラードサカキ組』


 石造りのその建物の入り口に張られたその看板を見て、俺は全てを察した。


 あ、これ……どこからどう見ても反社じゃん……。


 いや、なんか嫌な予感はしてたよ……。


 レイナちゃんは優しいおじさんって言ってたけどさ、わざわざ捕まるリスクを負ってまで仕事を引き受けてくれる人間なんて普通いないもん……。


 そして、事務所の鋼鉄の扉の前には俺たちを出迎えてくれたのかな? 黒いスーツにグラサンをかけたスキンヘッドの男が二人立っていた。


 と、そこで男の一人がグラサン越しに俺へと視線を向ける。


「おいガキっ!! ここはガキの来るような場所じゃねえぞっ!!」


 ドスの効いた声で男から怒鳴られた。


 あ、こっわ……。


 モノホンのやの付く職業のおじさんに怒鳴られ、あやうく小便を漏らしそうになった。


 が、その直後、すっとレイナちゃんが男の前に立つと持っていた魔法杖を男の頭に振り下ろす。


 その動きがあまりに速く男は防御をとる暇もなく、地面に倒れた。


「お、おいてめえっ!! なにしやがるっ!!」


 もう一人の男が慌てた様子でレイナちゃんを睨みつけるが、彼女は怯む様子もなく男を睨み返す。


「ガキだとっ!? ローグさまへの侮辱は誰であろうと許さないっ!! てめえもこいつみたいにぶん殴られてえのかっ!!」


 あ、あねご……。


 あまりにも頼もしい姉御の恫喝により、スーツ姿の男は怯んだように一歩後ずさりする。


「お、おい、てめえ何者なんだよっ!!」

「私はレイナ・グラウスだ。てめえのところのリュードさんに呼ばれてここにやってきた。死にたくなければさっさと取り次げっ!!」

「え? いや、でも――」

「さっさと取り次げっ!! てめえもぶち殺されてえのかっ!!」

「は、はいっ!! 取り次ぎますのでちょっとそこで待っていてくださいっ!!」


 ということで、スーツの男は慌てて建物に入るとドタドタと音を立てながら階段を駆け上がっていった。


 いや、どっちがヤクザだよ……。


 そのあまりにも頼もしいレイナちゃんに俺まで震えていると、しばらくしてスーツの男が戻ってきて「ど、どうぞ、お入りください」と俺たちを建物内に案内してくれた。


 なんというか事務所の中はいかにもな空間が広がっていた。


 階段には歴代組長なのだろうか、強面のおじさまがたの肖像画が並んでおり、階段を上り終えるとそこにはきらびやかな空間が広がっていた。


 ユニコーンの剥製に高そうな壺、さらには水墨画のようなワイバーンのイラストの屏風が所狭しと並んでいる。


 そして、おそらくレイナちゃんが言っていたであろう優しいおじさんたちがずらりと俺たちに道を空けるように整列していた。


 その奥のソファにはレビオンの服装なのだろうか、和服にポニーテール姿の綺麗なおねえさんが座っているのが見える。


「ようこそおいでなすって。あんたがローグさんかい?」


 そのポニーテールの綺麗なおねえさんがそう言って俺に視線を向ける。


 一見、綺麗で優しそうなおねえさんに見えるが、その少し切れ長の瞳には平気で誰かを殺しそうな冷酷さを感じた。


「あ、どうも、わたくしローグ・フォン・アルデアと申します。この度はお招きいただきありがとうございます」


 震える声で自己紹介をするとおねえさんはそこでようやく笑みを浮かべてなぜか俺を手招きした。


「あんた、ちょっとこっちにおいでよ」

「え? あ、ぼくっすか?」

「あんた以外に誰がいるんだい? こっちで私とお話をしよう」


 そう言われてしまえば断ることなどできるはずもなく、俺は震える足でおねえさんの元へと歩み寄る。


 そして、彼女の前まで歩み寄ると、俺はおもむろに彼女に抱きかかえられておねえさんの膝の上に乗せられた。


 え? い、いきなりなんすか……。


「やっぱり子どもは可愛いねぇ。あんたこんなに幼いのに大企業の社長なんだって? 私の目には野原を駆けるのが大好きな元気な男の子にしか見えないけどねぇ……」


 どうやら俺は社長ということになっているようだ。


 と、そこでおねえさんの言葉が癪に障ったのか、レイナちゃんがこちらへと駆け寄ろうとするのでそれを手で制した。


「初めまして。え、え~とあなたは……」

「私の名前はエルシア・リュードだよ。夫が懲役を食らっている間、このサカキ組で組長代理をやっているのさ。よろしくね」

「あ、どうもっす……」


 あー落ち着かない……。


 正直なところすぐにでも膝から飛び降りてレイナちゃんの元に戻りたい。


 が、向こうはサキュバスの捕獲を請け負ってくれると言っているのだ。


 機嫌を損ねるわけにもいかない。


「と、ところでサキュバスの捕獲を請け負っていただけるというのは本当ですか?」


 とりあえずさっさと交渉してホテルに戻ろう。


 そんな気持ちで俺はいきなりエルシアさんに本題を持ち出す。


 すると、エルシアさんは近くのスーツに視線を送ると「あれを連れてこい」と何かを指示した。


 スーツの男は慌てて階段を降りていくと、しばらくして同じくスーツを身にまとった眼鏡をかけた男を連れて戻ってきた。


「ローグ。この男からサキュバスの捕獲について説明をさせよう」


 すると、眼鏡の男は「えっへん」と咳払いをして俺の元へと歩み寄ってきて「初めましてローグさま」と俺に頭を下げた。


 なんだろう。他の脳筋そうな男と違いこの男からはどこか落ち着いた雰囲気を感じる。


 これが話題のインテリヤクザというやつだろうか……。


「私、ネオグラードで弁護士をやっておりますラバウと申します。これより私から説明を申し上げます」

「よ、よろしくお願いします……」

「まず、サキュバスの捕獲についてですが――」


 ということで弁護士ラバウは話し始めた。


 ラバウの話を要約するとこうである。


 まず、現状サキュバスを捕獲することは王国によって禁じられているため不可能であること。


 だから、今回はあくまでサキュバスの合意のもと俺と会談の席を設けることがサカキ組の仕事であること。


 あくまでサカキ組は俺とサキュバスの仲介をするだけで、その場で話し合われる内容には干渉せず責任をサカキ組は負わないことなどなど……。


 どうやら最近ではヤクザへの締め付けが強化されており、いたずらに法に触れるようなことはサカキ組であってもできないらしい。


「ローグ、この内容で良ければ私は引き受けよう。これに不満があるならば悪いけど他を当たってくれないか?」

「いえ、これで十分です」


 まあ、できれば捕獲をしてガザイ国王とは一生会えないようにしておきたいが、さすがにそれは高望みが過ぎるようだ。


 ここまでやってくれるだけでも、よしとしよう。


「そういうことならば契約成立だ。短い間だけどよろしく頼むよ」


 そう言ってエルシアさんは俺の頭を優しく撫でた。

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