第46話 全ては魔法石のために
サキュバスなんて単語をこの世界に来て初めて聞いた。
なにせ『ラクアの英雄伝説』は大人から子どもまで楽しめる全年齢対象の健全なゲームだ。
当然ながらそんなえっちなモンスターは登場しません。
そのあまりにも予想外な魔物の名前に思わず聞き返してしまった。
するとリルアはほんのわずかに頬を染めて、サキュバスがいかにえっちな魔物なのかを丁寧に説明してくれた。
どうやら俺の想像しているサキュバスと大きな違いはないようだ。
基本的にサキュバスは精神的に弱っている人に狙いを定めて淫乱な夢を見させて、ターゲットから生気を抜き取って廃人にするのだという。
確かにサキュバスの仕業だとすればガザイ国王の言動にも説明がつく。
その後もリルアはサキュバスの身体的な特徴を教えてくれた。
「見た目は人間の女性によく似ていて、みんな私と同じで美人さんばかりかな。だけど、彼女たちには大きな黒い翼が生えていて、角や尻尾も生えているわよ」
と、リルアの解説(自分の容姿自慢を含む)を聞いているうちに俺は、そのサキュバスとやらに見覚えがあることに気がつく。
「それなら見ましたよ。国王の城の上にいるのを見ました」
今になって思えば城で見たコウモリの羽を持つ女は、リルアの説明と一致していた。
あのときは変な魔族だなと思った程度だったが、確かにサキュバスそのものだった。
一通り説明を終えたところでリルアは両手で顔を覆う。
「まさか……イブナはそこまで落ちたの……」
どうやらサキュバスに誑かされたという事実はリルアにとって相当ショックだったようだ。
あ、ちなみにイブナというのはガザイ国王の名前だ。
正確にはイブナ2世というのがガザイ国王の名前である。
「このままじゃ……あの人、一生夢の中で生きることになるわ……」
「このままでは……そうかもしれませんね……」
「…………」
なんだかんだ言って幼なじみとして元許嫁としてリルアはガザイ国王を心配しているようだ。
そんなリルアを見て俺は思う。
言い方は悪いけれど、これはチャンスなのではないかと。
だったら動くしかないかと……。
「あの……リルアさま……」
「どうしたの?」
「我々にお任せいただけないでしょうか?」
「お任せ? どういうことかしら?」
「リルアさまが国王の身を案じるお気持ち、痛いほどによくわかります。ですがリルアさまはそのお立場上、ガザイ王国の内政に干渉されるのが難しいのもよくわかります。我々であればなにかしらリルアさまのお力になれるのではないかと……」
正直なところサキュバスがどれほどの脅威なのかは俺にはわからない。
が、リルアに恩を売るにはこの問題はこの上ないチャンスではある。
というか俺としてもあの国王の正気を取り戻さない限り、魔法石の輸入は絶望的だからな……。
今のままじゃまともに交渉すらできそうにないし。
「ローグくん、他国の内政に干渉することにはリスクが伴うわよ。それでも危ない橋を渡る覚悟はあるの?」
下手したらガザイ王国から敵国認定される可能性もあるからな。
が、このままではアルデア王国はいずれクロイデン王国に報復をされる。
そうならないために危ない橋を渡ってでも武装しておく必要がある。
そんな俺の言葉にリルアはしばらく悩むように首を傾げていた。
が、不意にニヤリと笑みを浮かべると俺を見つめた。
「で、ローグくんはレビオン王国になにを求めるのかしら?」
「1等玉の制作をお願いしたいです」
「それは無理ね」
あっさりと却下された。
が、彼女は俺から視線を逸らすと「1.5等玉なら考えてもいい」とボソッと呟く。
まさかの小数点刻みである。
「ならばそれでも構いません。もしもガザイ国王が以前のようにお戻りになることができれば魔法石の供給も安定します。双方にとって悪くない話かと」
「乗ってもいいわよ。その話」
ということで話は動き出した。
※ ※ ※
その後、俺とリルアはしばらく条件について色々と話を詰めることにした。
その上で決まったことは簡単に言えばこうだ。
俺はサキュバスを国王から離して国王の身の安全を確保すること。
その上で、国王がリルアの姪との婚姻を受けさせること。
なんか二個目のハードルが高すぎじゃないですかね……。
そう思わないでもなかったが、リルア曰く1.5等玉の輸出はごく限られた友好国にしか許されていないようだ。
「魔法石が欲しいなら、それぐらいは頑張って貰わないとね」
というのがリルア嬢のお言葉である。
ならばやるしかない……。
かなり難易度の高い宿題を貰った俺だが、1.5等玉は1等玉には劣るものの5等玉を使うクロイデン軍の小銃とは比べものにならないという。
1.5等玉が手に入ればクロイデン王国とも対等に、いやこちらが優位に外交を進めることができるのだ。
是が非でも手に入れたい。
ということで、俺たちは翌朝、マナイを後にして再びネオグラードへと戻ることにした。
「えぇ……もう少しゆっくりしたかったんだけど……」
「ローグさま、マナイには魅力的なヒトデがたくさんいますよ?」
どうやらミレイネとレイナちゃんはもう少しマナイでゆっくりしたかったらしい。
ってか、なんでレイナちゃんはヒトデに俺を引き留めるほどの魅力があると思ったのだろうか……。
「ダメだな。そんなにマナイが好きならプライベートで来い」
が、俺にはビーチでゆっくりしている時間などない。
朝から海で泳ぐ気満々の水着姿の二人を強引に馬車に乗せて、俺たちはネオグラードへと戻った。
そして数日後、ネオグラードに戻った俺たちはさっそく城へと使者を送った。
が、俺の目的はガザイ国王ではない。
「私にお話とはいったいどのようなご用件でしょうか?」
俺が召喚したのはガザイ国王ではなく、彼の執事であるライン老人だった。
ネオグラードでもっとも大きい宿である『ガザイ王国ホテル ネオグラード本館』のスイートルームへとやってきたライン老人は、どうして自分が呼ばれたのか不思議そうに首を傾げる。
「単刀直入に申し上げますが、国王陛下はサキュバスに誑かされているのでは?」
そんなド直球な質問にライン老人は慌てたように辺りを見渡す。
いや、誰もいねえだろ……。
「どうかしましたか?」
「ローグさま、そのようなことはみだりにおっしゃらない方がよろしいかと」
「え? どうしてですか?」
「みだりにおっしゃらない方がよろしいかと……」
と、ライン老人は同じような返事しかしない。
どうやら彼は人目を気にしているようだった。
ということなので。
「グラウス海軍大将、このフロアから従業員を全て追い出してくれ」
「かしこまりました」
ということで人払いをすることにした。
よくわからないが、この老人は監視を恐れているのだろうか?
その挙動不審な老人にやや困惑しながら眺めていると、しばらくしたところでレイナちゃんが部屋に戻ってきて「追い払いました」と答えた。
「改めて伺いますが、国王陛下はサキュバスに誑かされているのではないですか?」
そう尋ねると老人は「ローグさまはなぜそのようにお思いで?」と質問を返してくる。
「実は先日城にお伺いした際にサキュバスが城を出入りするのを目撃いたしました。それに陛下の体調も優れないご様子でしたので」
「…………」
そんな質問にライン老人は肯定も否定もしない。
ただ黙って考え込むように眉を潜めていた。
が、
「身に覚えはありませんな。陛下は大変聡明なお方です。そのような魔族に誑かされるようなお方ではございません」
まあ、素直に認めるわけもないか……。
「ですが、ローグさまがサキュバスの生態系にご興味があり、行動なさることについて私から申し上げることはありません」
「なるほど……」
要するにライン老人の言いたいことはこうだ。
当然ながら国王がサキュバスに誑かされているなんて私の口から認めるわけにはいかない。
けれど、国王と関係なくサキュバスを駆除することには異論はない。
俺はそんなライン老人の静かなるSOSを受け取った。
ならば話は早い。
「わかりました。どうやら私の杞憂だったようです。わざわざお呼び出しして申し訳ありませんでした」
「いえいえ」
と答えるとライン老人は笑顔で立ち上がるので、俺も立ち上がった。
そして、握手をしようと右手を伸ばすと、彼もまた右手を伸ばして握手に応じたのだが。
「…………」
「…………」
老人は力強く俺の手を握りしめて俺をじっと見つめた。
俺はそんな老人のまなざしから『頼みますよ』という激励のようなものを感じずにはいられなかった。
とりあえずは冒険者ギルドへと向かおう。
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