第45話 理由
リルア嬢はガザイ国王の元許嫁だと言った。
それにしても『元』許嫁というのは変な表現だ。
ということは今は許嫁じゃないのか?
リルアの表情を見る限り、あまり深く聞くのは良くない気がする。
が、その元許嫁という表現が、現在のガザイ国王の状態と何か関係があるのではないかと気になって黙っていることはできなかった。
「そのことについてお伺いしてもいいですか?」
そう尋ねると彼女はしばらく表情を暗くしたまま黙っていた。
やっぱり話したくないのか。
彼女のそんな表情に聞き出すのを諦めそうになった俺だったが。
「別に構わないわよ。もう終わった話だし」
リルアはやや無理矢理に笑みを浮かべるとそう言ってのけた。
「元々レビオン・ガザイ王国は一つの国になる予定だったのよ」
「今も一応は一つの国なんじゃないのですか?」
「まあ、それもそうね。一応うちの国には王国を跨ぐように一つの議会が存在するし、行政システムも一部の法律も共有しているわ。そういう意味ではすでに一つの国かもね。私が言っているのは一つの王家ということね」
「王家が合流するということですか?」
「そう。私たちとあの人が子どもを産んでその子を君主にして新しい王国を作ろう。それが当初の目的だったの」
リルアはレビオン王国とガザイ王国は血縁が近いと言っていた。
俺は二つの王国の内情に詳しいわけではないので、適当なことは言えない。
けど、各々の王族や貴族が親戚同士であるならば合流して新しい王家を作ることにも、そこまで抵抗感がないのかもしれない。
「だけど私は4年前に病にかかって子どもを作ることが難しくなった……」
「…………」
なるほど……彼女の言葉に話が見えてきた。
「それでね、私とあの人の縁談は破談になったの。新たに王家を作るのであれば、必ずレビオン王国とガザイ王国の血が流れていなければならないの。側室さんに子どもを産んで貰うわけにはいかないのよ」
確かにそうだ。
もしもどちらかが国王でなければ子どもができなくても結婚して側室との子どもが跡取りになることもありえるかもしれない。
が、二人はともに国王だ。
国王同士が結婚なんて話は少なくとも俺は聞いたことがないし、きっと側室の産んだ子が新たな王朝を作るなんてことになればレビオンの王族や国民が納得しないのも頷ける。
そうなれば許嫁という関係を解消するのは妥当な判断だと俺も思った。
「だけどお互いが納得できる形で統一することは両国民の悲願よ。だからね、いずれ王位を継承する私の姪っ子が代わりに彼と結婚する話も上がったわ。私も彼女が結婚適齢期になれば王位を譲るつもりだし、あの人が姪っ子と結婚すれば統一はできるわ」
「なるほど……」
なかなかに重い話だ。
正直なところ反応に困る。
深刻な表情を浮かべる俺だったが、そんな俺に彼女は微笑む。
「心配しないで。私は特になんとも思っていないわよ。むしろ、私は女王で居続けたいなんて思っていないし、体よく王位を譲れてラッキーだって思っているから。問題は彼の方ね」
「国王は姪っ子さまとの結婚に応じられなかったと……」
コクリと頷くリルア。
「彼が私との結婚にこだわった。彼は国王には勿体ないほどの純粋な人なの。国王としてやっていくためにはホントはもっとしたたかじゃなきゃいけないのに……。ローグくんにもわかるでしょ?」
「えぇ……まぁ……」
そりゃそうだ。
俺もなりたてほやほやではあるけど国王だ。
国を運営するためにはときには冷酷な判断を下す必要もあるし、したたかさも必要だろう。
「だけどあの人にはできないのよ。王家のためになんて大義名分があったとしても私の姪は愛せない。愛せない相手とは結婚できない」
「ガザイ国王はリルアさまを愛しておられるのですか?」
「さあ、それは彼の頭の中を覗かないとわからないわね。だけど、私たちは幼なじみだったから……」
謙遜しているのか認めたくないのかガザイ国王からの愛については肯定も否定もしないリルア。
が、そんな話を聞いて俺には気になったことがあった。
「リルアさまは許嫁ではなくなってから国王とお会いになりましたか?」
そんな質問にリルアは少し不思議そうに首を傾げる。
「え? 何度かは王国の行事で顔を合わせたことはあるわよ。だけどローグくんが聞きたいのはそういうことじゃないわよね?」
「そうですね」
「プライベートという意味では即位をしてからはほぼ皆無よ。それでも会えないわけではないけど、正直なところ私はあの人と会わないようにしているわ。その理由は話さなくてもいいわよね?」
おそらくだが、彼女は縁談が流れたことをどこかで割り切れている。
だけど話を聞く限りガザイ国王はそうではない。
男だから気持ちがわからないでもないが、少なくとも俺は男という生き物はなかなか未練がましい生き物だと思う。
愛している人に会ってしまったら、これまで以上に相手のことを忘れられなくなってしまう。
それがリルアにもわかるから会わないようにしているのだろう。
「あの人があんな風になったのは私のせいよ。それを否定するつもりはないわ。だけど、今の私に彼にしてあげられることはないから……」
ごもっともだ。
お互いに国王である以上、愛や情でどうにかなる問題ではない。
そうである以上、リルアには静観することしかできないのだ。
「私が言うべきことじゃないかもしれないけど、ガザイ王国の現状は芳しくないわ。あの人は病んじゃって疑心暗鬼になっている。側近もラインさん以外はほとんどクビになっちゃったみたいだし、新しい人を雇ってもまたすぐに国王が疑心暗鬼になってクビにされる。このままじゃマズいわよね……」
おそらくガザイ国王の庭園がボロボロで城内も埃だらけだったのは国王が疑心暗鬼になって、ほとんどの人間を城から追い出してしまったからだろう。
それでもリルアにはなにも手が出せない。
それは一つの国であっても王家が二つある以上、不必要に口出しをすることは内政干渉になってしまうからだ。
リルアの表情からは歯がゆさが滲み出ている。
と、そこでリルアは再び首を傾げる。
「ところでローグくんはどうしてそんな質問をしたのかしら?」
「え? 質問というのは」
「私とあの人が会っているかどうか聞いたことよ」
「あ、あぁ……」
俺がそんなことをリルアに聞いた理由、それは……。
「ガザイ国王の元へと馳せ参じた際に国王が妙なことをおっしゃっていたので」
「妙なこと?」
「国王はリルアさまと頻繁に会っておられるような口ぶりでしたので」
国王は『早くリルアを呼べっ!!』と叫んでいた。
そして、ライン老人もこの後呼ぶみたいなことを言っていた。
もちろん国王の妄言で、それにライン老人が合わせた可能性もある。
いや、その可能性の方が高い。
さっきのリルアの会っていないという言葉で、それがガザイ国王の妄言であることを確信した。
「ねえ、あの人はそんなことを言っていたの?」
「え、えぇ……ですが、国王は病を煩われているようですし、そこまで深く考える必要はなさそうです……」
「………………」
そんな俺の言葉にリルアは何も答えずに眉を潜めていた。
「リルアさま?」
「ねえ、他に何か変なことは言っていなかった?」
そう言われてしまうとガザイ国王の言葉は全て変だったから、俺と国王の会話を全て話さなくてはならない……。
「なんでもいいのよ。どんな些細なことでも……」
なにやらリルアは本気のようだ。
別に国王が妄言を発するような状態なことはリルアだって知っているだろうし、そこまで深く考える必要はあるのだろうか?
少々不審に思いながらもガザイ国王の妄言を思い出してみる。
「国王がおっしゃっていたのはリルアさまを寝室に呼んでほしいことと、歯向かえばラインさんの首を刎ねるということだけです」
さすがにあの忌々しい『ウルネアに行ってきましたまんじゅう』の下りは話しても意味がないだろう……。
「寝室? 寝室に呼べって言ってたの?」
そこ気になるところか?
単にリルアとエロいことがしたかっただけだろ……。
「えぇ……」
「それにラインさんも脅していたのよね?」
「脅していましたね……」
それからしばらくリルアは「う~ん……」と考え込んでいたが、不意に口を開く。
「これは私の予想だけれど……」
「予想」
「うん、予想。あくまで私の予想だけどあの人はもしかしたら……」
と、そこで彼女は俺を見やった。
「あの人はもしかしたらサキュバスに誑かされているかもしれないわ」
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