第44話 離宮
レビオンの女王様から不意打ちを食らった日の夜。
俺とミレイネ、さらにはレイナちゃんの三人は、マナイにいるときに滞在するという女王様の離宮へとやってきた。
どうやら近く俺が女王を訪れることは風の噂で聞きつけていたようで、どうせならばここで話しましょ? ということらしい。
というわけで離宮へと招かれた俺たち一行だったが。
なんというか凄い……。
レビオン女王の離宮は海の上に浮かんでいた。
というとやや語弊があるが、浜辺に建った離宮はその半分が海にせり出すように建っており、海上部分は海中から伸びた木造の柱によって支えられている。
他の石造りの建築物と比べても少々異質で、平屋建てのその建築物は、どことなく前にいた日本を思わせた。
ということで離宮へとやってきた俺たちは女官のおねえさんによって邸内へと案内される。
おねえさんに先導されながら海上の回廊を歩いていた俺たちだったが。
「わぁ~きれい……。ねえねえローグ、幻想的だと思わない?」
どうやらミレイネはこの離宮をひどく気に入ったようで、満天の星空とそれを反射させて輝く夜の海を眺めながらうっとりしていた。
「私もこんな素敵な場所で暮らしたいなぁ。ねえ、私の屋敷も海の上に建ててよ?」
「残念だな。お前の新居はウルネア付近の山に建設予定だ」
そう都合良くはいかない。
そんな俺の言葉にミレイネは「むぅ……」と不満げに頬を膨らませた。
一方のレイナちゃんはというと海には目もくれない。
まあこやつは海軍大将で海なんて見飽きてるだろうから、珍しくともなんともないのだろう。
それはそうと……。
と、そこで俺は前を歩く女官を見やる。
彼女はなんというか着物のような衣服を身につけていた。
前開きの足下まで伸びた衣服にはボタンのような物は付いておらず、腰に巻かれた帯によって固定がされている。
これがレビオンの文化なのだろうか……なんて考えながら彼女の帯の結び目がゆらゆらと揺れるのを眺めていると、ふと彼女が足を止めた。
「こちらでしばらくお待ちください」
ということで彼女は目の前の大きな襖をわずかに開くと中へと入っていったが、それから程なくして襖が内側から左右に開かれると、俺たちの眼前に大きな広間が広がる。
部屋の奥には座布団が敷かれており、その上には肘掛けに手を置いてくつろぐリルア嬢が座っていた。
彼女はさっきのワンピース姿とはうって変わって真っ赤な襦袢のような衣服を身にまとっていた。
「あら、いらっしゃいっ!!」
と俺たちに笑顔で手を振るリルア嬢の襦袢はわずかにはだけており、太腿と胸元がわずかに露出している。
そして彼女は風呂上がりなのだろうか、わずかに肌が上気して薄ピンク色になっていた。
えっろ……。
ということで俺は女王様に頭を下げると広間へと入り、彼女のすぐ側まで歩み寄り跪く。
「そんなにかしこまらなくてもいいわよ。別に誰かが見ているわけじゃないんだから、楽しくお話ししましょ? 跪かなくてもいいわよ」
ということなので俺は「では失礼」と元日本人らしく正座をすることにした。
そんな俺を見たレイナちゃんとミレイネも正座に挑戦しようとしたが、正座は不慣れなようで結局なんか人魚みたいな座り方をしていた。
「まずはリルア陛下――」
「リルアでいいわ」
「ではリルアさま。リルアさまにアルデア王国のお土産をば」
ということでレイナちゃんに視線を向けると、レイナちゃんが紙袋から『ウルネアにいてきましたまんじゅう』を取り出そうとしたので「違う」と睨む。
え? これってお約束なのですか?
俺の言葉にレイナちゃんは「はわわっ……」と慌てた様子で『ウルネアに行ってきましたまんじゅう』を復路に戻すと、小さな革製の小箱を俺に渡してきた。
そうそうこれこれ。
「つまらない物ですがお納めください」
そう言って女王に差し出すと彼女は「わぁ……私にプレゼントっ!? 嬉しい」と目をキラキラさせながら箱を受け取ってくれた。
どこかの布団とは大違いの反応だ。
「アルデアを代表する金細工師、リューキ・カワタが作ったブローチでございます」
これはフリードが女王が必ずお喜びになりますと渡してくれた物だ。
フリード曰くリューキ・カワタはアルデアで有名な金細工師で、個人で発注すると5年は待たされることもあるらしい。
ちなみにフリードはこのリューキ・カワタの金細工が大好きで、個人的にネクタイピンを発注して5年待ちの3年目なんだって。
ってか、こいつ金細工師もやってんのかよ……。
金細工でも彫刻でも有名人なのは凄いことだけど、なんとなく節操がないように感じてしまう……。
ま、まあ、物は良いから文句はないんだけどさ……。
「見てみてもいい?」
小箱を受け取ったリルアがそう尋ねてくるので「もちろんです」と答える。
すると彼女は小箱の蓋を開けて「わぁ……」とまたキラキラした目でブローチを手に取った。
そのブローチは蝶の形をしており、羽の部分には宝石があしらわれている。
ついでにレイナちゃんも女王の持つブローチを「わぁ……」と羨ましそうに眺めていた。
女王はしばらくブローチを眺めていたが、不意にそれを長い黒髪に装着すると「どう? 似合うかしら?」と俺に微笑みかけた。
うむ、よく似合っており可愛い。
どうやら気に入ってくれたようだ。
とりあえず掴みとしては完璧だ。
「あらためてご挨拶申し上げます。わたくしアルデア王国国王のローグ・フォン・アルデアと申します。この度はこのような立派な離宮にお招きいただきありがとうございます」
そう言って頭を下げる。
そんな俺を見てリルアは不思議そうに首を傾げた。
「私の記憶が正しければアルデアはクロイデン王国の領地だった気がするのだけど、違ったからしら?」
本当に知らないのだろうか?
それとも知っていて尋ねているのだろうか?
「この度、クロイデン王国より独立することとなりました。クロイデン国王もアルデア王国を承認しております。この度はアルデア王国建国にあたり、リルアさまにご挨拶申し上げようとネルレシア大陸に参上した次第でございます」
「へぇ……よくわからないけど、独立したのね。おめでとう。これから大変なことも多いかもしれないけど頑張ってね。応援しているわ」
そう言って彼女はパチパチと顔の前で小さく拍手をする。
「ありがとうございます」
「で、本当に挨拶に来ただけなの?」
と、そこで女王は両手を前に付くと身を乗り出すように俺の顔を覗き込んできた。
あー近い近い。
あと、そのゆるゆるの襦袢で前屈みになられると、大変目のやり場に困るので止めていただきたいです……。
「と、というのは?」
首を傾げるとリルアはわずかに不敵な笑みを浮かべる。
「本当は私に何かお願いがあって来たんじゃないの? レビオン王国の何かに興味があって来たんじゃないの?」
どうやら俺たちの本心はバレバレのようだ。
が、話は早い。
「率直に申し上げると、レビオン王国の魔法石の加工技術には目を見張るものがあります。ぜひともリルアさまのお力を借りたいと思いはせ参じました」
「あ、やっぱり」
と今度はニコニコと満足げな笑みを浮かべる。
ということで俺は再びレイナちゃんに視線を送る。
すると彼女は「失礼」と一言小銃を俺へと差し出した。
その動きに女王の衛兵が反応するが、女王はそれを手で制す。
小銃を受け取った俺は彼女へと小銃を差し出す。
「この小銃に使われているのはレビオン王国で加工された魔法石だと伺いました。我々にもこのように優れた魔法石の製造のためにお力添えをいただければ」
「ちょっとその小銃を見せてくれる?」
と、そこで彼女はじっとクロイデン産の小銃へと手を伸ばす。
彼女は小銃を手にすると、それを近くの衛兵へと手渡した。
受け取った衛兵は素早い手つきで小銃を分解してみせると、中から魔法石を取りだしてリルアへと返す。
「ありがと」
と直径2センチほどの魔法石を手に取ると、空いた手を衛兵に伸ばした。
すると衛兵は懐から時計の修理に使うようなルーペを取り出して女王へと手渡した。
女王はルーペを覗き込んで魔法石を眺める。
そして、
「5等玉ね」
「5等玉?」
「魔法石の等級よ。魔法石にはレビオンが定めた等級が1から10等級まであるの。これはきっと5等玉よ」
「見ただけでそんなことがわかるんですかっ!?」
「魔法石の加工はレビオン王国最大の産業よ? 幼い頃からお父様に徹底的に叩き込まれたわ」
「なるほど……さすがです……」
と、そこで女王はルーペから目を離すと魔法石とルーペを衛兵に返した。
「ローグくんはこの程度の加工で満足してくれるのかしら?」
「この程度って……その魔法石は粗悪品なのですか?」
「他国の加工機術ではこの程度でも十分かもね。だけどレビオン王国にとってはそうじゃない」
「ではもっと高品質の魔法石も取引をしているのですか?」
「限られた国にはね」
と、そこで俺に疑問が浮かぶ。
「等級によって魔法石の性能にも違いがあるのですか?」
「当然ね。1等級と5等級では比べものにならないわ。もちろん魔法石そのものの品質は大きいけれど、同じ小銃だったら加工の違いで1等級と5等級では大砲と豆鉄砲ぐらいの差があるかしら」
「そんなにっ!?」
「クスっ……ちょっと言い過ぎたかも。だけど、比べものにならないほどに違うわ。有効射程だって倍どころじゃないわね」
なるほど、そうやって輸出する国によって品質の格差をつけることによって、パワーバランスを間接的に支配しているようだ。
ならば話は早い。
「我々にも1等玉の加工をお願いできれば」
「さすがにそれは無理ね」
俺の頼みは一蹴された。
「一等玉は数が限られているの。それに防衛的な意味でもレビオン王国とガザイ王国以外では使われていないわ」
「6等玉でよければ無条件に請け負っても良いわよ」
「…………」
魔法石にはあまり詳しくはないが、当然だけど5等玉よりも6等玉の方が品質が落ちるのだろう。
まあ向こうにとってアルデアはこの馬の骨ともつかない新興国だ。
おいそれと加工を請け負ってはくれないようだ。
「ちなみに他国にはどの程度までの加工を請け負っているのですか?」
「最高でも2等玉ね。脅威にならないような友好的な同盟国や、レビオン王国にとって取引をするメリットを感じる国に限るわね。今現在で0カ国ね」
「なるほど……。ちなみにアルデア王国に2等玉を下ろしていただくことは」
「ローグくんをペットとして王都に持って帰ってもいいなら考えてもいいかな」
「そ、そうっすか……」
つまりNOということらしい……。
「だけど、その前に上質な魔法石を手に入れることじゃない? 粗悪品を持ってこられてもそもそも2等玉を作ることは不可能よ。ただでさえ、最近は魔法石が手に入りづらくて困っているのに……」
「そうなんですか?」
「今は世界的に魔法石不足よ。ローグくんはあの人に会ったんじゃないの?」
あの人というのはきっと布団のことだろう。
「お会いいたしました」
「だったらわかるでしょ? ガザイの国王は最近はとんでもなく疑心暗鬼なのよ。『俺の国が支配される~』って恐れているせいで上質な魔法石はほとんど輸出していないわ」
「そういえばレビオンとガザイは二重王国ですよね?」
「そうよ。私のお祖母ちゃんののお祖母ちゃんぐらいの頃は神聖ゲニヤ帝国っていう大きな国で、私の家族は皇帝もやっていたの。だけど、次々と諸国が独立しちゃったから今ではレビオン王国とガザイ王国だけになっちゃった」
「不躾な質問なのは承知の上ですが、なにゆえ一つの国として存続なさっておられるのですか?」
「別に気を遣わなくてもいいわよ」
と、リルアは優しく微笑む。
「私たちの王家とガザイの王家は血縁が異常に近いのよ。現に私の亡くなった父親とあの人の母親は兄妹、つまり私とあの人は従兄弟なの」
こういうのはどの世界でも王家あるあるなのだろう。
俺のように向こうの21世紀を生きた人間には理解しづらいが、彼女にとっては普通のことなのかもしれない。
「私たちの王家とあの人の王家はこれまでに何度も何度も近親婚を繰り返している切っても切れない関係なの。だけど一応は別々の王家だし、どっちかを消滅させて一つにするってわけにもいかない。だから、二重王国という形をとっているの」
「なるほど……そういう事情があるのですね」
俺にはわからないが、それぞれの家にも王家としてのプライドがあるのだろう。
まあ、それでも上手くいっているのであれば、俺から特に言うことはない。
「あの……リルアさま」
「ん? どうしたの?」
「不躾ついでにもう一つ質問をしても良いでしょうか?」
「いいわよ。なにが聞きたいの?」
ということなので、俺はさっきから気になっていたことを尋ねてみることにした。
「ご存じの通り、数日前に私はガザイ国王に拝謁いたしました」
「報告は入っているわよ」
「そこで国王は謁見中に突然取り乱したようにリルアさまのお名前を呼んでおられました。リルアさまに何か心当たりは?」
あのときはリルアという名前を聞いてもピンとこなかった。
が、彼女と出会った今ならばわかる。
あの国王は目の前の女王の名を呼んでいたのだと。
そして、俺はガザイ国王があんな風になってしまったのには目の前の女王に何か関係があるのではないかと思った。
そんな質問に彼女は驚いたように目を見開いた。
が、すぐに表情を暗くすると俺から視線を逸らす。
もしかしたら地雷を踏んだかもしれない。
「申し訳ございません。今の質問はお忘れください」
俺は慌てて彼女に謝罪をするが、彼女は首を横に振った。
「いいの。気にしていないわ。で、ローグくんの質問の答えだけど……」
リルアはそれからしばらく黙り込んだ。
が、不意に苦笑いを浮かべると口を開く。
「それはきっと私があの人の許嫁だったからよ……」
と、彼女は小さくそう答えた。
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