第40話 狂気
つがいの海竜との死闘を終えてから一週間、俺たちを乗せた船はようやくネルレシア大陸へと到着した。
「ローグさま、ミレイネ殿下、レビオン王国最大の港町クルッシュに到着いたしました。馬車を用意しておりますので陸路で王都へと向かいましょう」
貴賓室へとやってきたレイナちゃんがそんなことを言うので、俺とミレイネは船を下りることにした。
待ちに待った陸地である。
途中、数カ所無人島のような小さな島で食料の補給なんかはしたが、こうやってどこまでも果てしなく続く陸地を見るのは数週間ぶりだ。
やっぱり人間は揺れることもなければ海竜に襲われることもない大地に立つのが一番落ち着く。
ということで、俺とミレイネは船から降ろされた馬車に乗り一路王都であるネオグラードへと向かうことにする。
馬車に乗って途中休憩を挟み二日、俺たちは王都ネオグラードへと到着した。
ネオグラードは良くも悪くも石造りの道路に石造りの建物の並ぶごくごく一般的な街だった。
が、さすがはネルレシア大陸最大の王国レビオン・ガザイ王国なだけあり、街の規模はウルネアとは比較にならず、見渡す限り建物が果てしなく立ち並んでいる。
そして、レビオン国王のいるティレンテ城はというと……。
「城はあの山の頂上付近にあるそうです」
レイナちゃんが指さす方角を見やる。
広大な平野にちょこんと小さくて丸い山が立っているのが見えた。
「こっからは城は見えないのか……」
じっと山を眺めてみるが城らしき建物は見えない。
山はおじいちゃんが朝のハイキングでも登頂できそうな小さな山だ。
そんな小さな山の頂上に城があるのであれば、ここからでも見えそうなもんだけど……。
首を傾げていると、馬車の向かいに座っていたレイナちゃんも首を傾げる。
「え? 立派なお城が建っているではないですか?」
「はい? どこに?」
「あそこです」
そう言って山頂付近を指さすレイナちゃん。
二人して顔を見合わせて首を傾げる。
あれ? もしかしてレイナちゃんぐらい心清らかな人にしか見えないお城かな?
なんて考えながらも、俺たちはまた山道を馬車で揺られることとなった。
山を登る途中、俺は隣に座るミレイネにレビオン国王について色々と尋ねてみることにする。
「国王ってどんな人なの?」
そんな質問にミレイネは「う~ん……」と頬に指を当てながら首を傾げた。
「確かに会ったことはあるけど、5年以上前の話だから私もあんまり覚えてないのよね……」
ということらしい。、
いや、ミレイネを連れてきたのはレビオン・ガザイ王国のそれぞれの国王に会ったことがあるからだ。
それを忘れたとなると、いよいよただバカンスに来ただけじゃねえかよ……。
「なんでもいいんだよ。雰囲気とか覚えてないのか?」
「そうね……私の記憶が正しければレビオン国王はかなりのイケメンだった気がするわ……」
「ん? じゃあ若いのか?」
「うん、レビオン国王もガザイ国王も私が会ったときは20代前半ぐらいだった気がするけど」
「なるほど……」
それは良いことを聞いた。
俺は勝手に頭の固そうなおっさんをイメージしていた。
「あ、そうそう。思い出したわ。レビオン国王はまだ幼かった私を抱っこしてくれたり、一緒に玩具で遊んでくれたりしたの。帰るときはお近づきの印としてペンダントももらったし、とても優しいお兄さんだったわ」
ミレイネがペンダントと口にした瞬間、なぜか俺の頭にマナイレさんの顔が思い浮かんだ。
が、若いお兄さんとなると、交渉次第ではその若さで柔軟な対応をしてくれるかもしれない。
なんて淡い期待を抱きながらも彼女と会話を交わしていると、馬車は山頂付近へとやってきた……のだが……。
な、なんじゃこりゃ……。
馬車から身を乗り出した俺は我が目を疑った。
俺の眼前にそびえ立っていたのは、さっきレイナちゃんが言ったとおり立派なお城だった。
が、なんというかその城は異様だった。
「な、なんというか変わった趣のお城だな……」
蔦……蔦……蔦……。
その城は全体を蔦に覆われていた。
それどころか城を囲む城壁も、門番の立つ城門も蔦で覆われている。
なるほど……俺がネオグラードから山を見たときに城を見つけられなかったわけだ。
俺はこの城を山の一部だと認識していたようだ。
が、まあ蔦で建物を覆うのは前の世界でもたまに見る光景だった。
正直なところ個人的にはちょっとやり過ぎな気もするが、これがこの王国の美的感覚だというのであれば何も言うまい。
その異様な光景に圧倒されながら眺めていると、再び馬車が動き出した。
どうやら入城の許可が下りたようだ。
それから俺たちは城内に入り城の表玄関へと向かうべく、馬車に乗って庭園を進んでいたのだが。
「え? こ、これ……ヤバくねぇか……」
なんというか庭園は荒れ果てていた。
庭園に植えられた木々の多くは歯が落ちて枯れ始めていたし、庭園中央の噴水からは茶色い水がごぼごぼと目詰まりを起こしたように不規則に流れている。
誰が見ても手入れが行き届いていない……どころか手入れを放棄している。
「えぇ……汚い……」
これにはバカンス気分だったミレイネもドン引きだ。
「ほ、本当に国王はここにいるんだよな?」
レイナちゃんに思わずそう尋ねると、彼女も苦笑いを浮かべたまま「そのはずです……」と答えた。
とにもかくにも俺たちはその荒れ果てた庭園を抜けてようやく屋敷の前へとたどり着いた。
馬車から降りると、屋敷の扉の前に執事らしきモーニング姿の老人が立っているのが見えた。
老人は俺たちの姿を見やるとこちらへと歩み寄ってくる。
「ようこそいらっしゃいました。ローグさまにミレイネさま。わたくし、当屋敷の管理全般と国王陛下の執事を任されておりますラインと申します」
そう言って男は俺たちに頭を下げた。
「え? あぁ……どうも、私はアルデア国王のローグ・フォン・アルデアです。本日はお招きいただきありがとうございます」
続いてミレイネが引きつった笑みを浮かべたまま挨拶をする。
「それでは早速、国王陛下の元へとお連れいたします。どうぞ足下にお気をつけください」
とうことなので俺たちは蔦が貼り付いた階段を上り、城の中へと入った……のだが。
「お、おぅふ……」
予想はしていたが城の中もとてもじゃないが掃除が行き届いているとは言えないありさまだった。
玄関ホールの赤絨毯は変色して茶色くなりはじめているし、天井のいたるところに蜘蛛の巣が張っている。
ってか、一部の壁は朽ち始めているし……。
が、それでもそんなことを口が裂けても指摘できるはずもなく、ライン老人に連れられ玄関ホールを進んでいく。
「ろ、ローグ……」
ミレイネはそんな幽霊屋敷のような有様にすっかりビビってしまい、さっきから俺の袖を掴んで離そうとしない。
と、そこでガチャリと玄関ホールの脇にある扉が一斉に開いた。
その突然の出来事に思わず足を止めると、開いた扉からは軍服を身につけて小銃を持った兵士が何人も現れた。
は、はあっ!?
その突然の出来事に愕然としていると「こ、これはどういうことだっ!!」とレイナちゃんがライン老人を睨む。
すると老人はにっこりと微笑んでから俺たちに頭を下げる。
「どうかご容赦ください……。国王陛下はとても警戒心のお強いお方です」
「ローグ陛下に失礼であるぞっ!! これがレビオン国式のもてなしの方法なのか?」
「ご容赦ください。もしも、我々の無礼を容赦いただけないとおっしゃるのであれば、お引き取りください」
ということらしい。
が、俺はレビオン国王に会うためにわざわざ海竜と死闘を繰り広げてまでここまでやってきたのだ。
会わずに帰るなんて選択肢は俺にはない。
ということで。
「グラウス海軍大将」
俺はレイナちゃんを手で制した。
そしてライン老人に笑みを向ける。
「部下の無礼をどうかご容赦ください。国王陛下のご意向は理解いたしました。どうぞ、我々を陛下の元へとお連れください」
ということで、俺たちは数十人のレビオン王国兵に囲まれながら謁見の間へと進んだ。
※ ※ ※
謁見の間へとやってきた俺とミレイネとレイナちゃんはそこで10分ほど待たされることになった。
あ、ちなみに、レビオン王国兵は俺たちが下手な動きをしないか目を光らせています。
あー帰りたい……早く帰りたい……。
この不衛生な環境と、一触即発の命の危機に泣きそうになりながら国王を待つ。
ミレイネは相変わらず俺の袖を掴んだまま震えていた。
と、そこで背後の扉が開かれ、俺たちは後ろを振り返る。
すると、そこには先ほど俺たちを案内してくれたライン老人がなにやら玉座のようなきらびやかな車椅子を押して歩いてるのが見えた。
そして車椅子にはデカい布団が乗っています……。
いや、これどういう余興?
苦笑いを浮かべながら布団を眺めていた俺だったが、そこで気づいてしまう。
布団からギロリと瞳がこちらに向いていることに。
あ、こっわ……。
どうやらそれは布団ではなく……車椅子の上で布団にくるまっている人間のようだ……。
つ、つまりはレビオン国王である……。
お、おいミレイネ……優しくてイケメンのお兄さんはどこに行った?
冷めた目をミレイネに向ける。
彼女は『わ、私だってこんなの聞いてないわよっ!!』とでも言いたげに慌てたように首を横に振った。
そんな異様に異様を上塗りしたような状況に愕然としていると、車椅子はいつの間にか謁見の間の奥へとたどり着いた。
とりあえず俺たちは布団に向かって跪く。
と、そこでライン老人が口を開いた。
「陛下、アルデア王国よりいらっしゃったローグ国王とミレイネ殿下にございます」
ライン老人の言葉に布団は身動き一つ取る様子はない。
どうやら俺たちから話し始めるしかないようだ。
ということで。
「初のお目にかかります。私、アルデア王国より参上いたしましたローグ・フォン・アルデアと申します。以後、お見知りおきを……」
と、とりあえず自己紹介という名のジャブをガザイ国王に打ってみる。
「…………」
が、カウンターはなかった。
なにも返事をしない国王に謁見の間に動揺が広がる。
それを察してくれたライン老人が「陛下」と声をかけてくれた。
すると、布団の中から再びギロリと鋭い眼光が俺へと向いた。
そして、
「どうせお前の目的は魔法石だろ……。私はもう誰にも魔法石は売らない……」
と、ぼそぼそとそんな言葉が布団の隙間から漏れてきた。
あ、これは謁見早々に交渉決裂ですね……。
どうやら魔法石の仕入れ交渉はかなりの困難を極めそうである……。
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