第39話 海竜
後になって考えれば予兆のようなものはありました……。
最初、俺が違和感を抱いたのは船がレビオン・ガザイ王国へと進むにつれて雨の降る日が増え始めたことだ。
「え、えへへっ……この時期は雨は少ないはずなのですが……。まあ、すぐに止むでしょう」
これがレイナちゃんに「大丈夫なの?」と尋ねたときに彼女が苦笑いを浮かべながら口にした言葉だ。
が、そんな彼女をあざ笑うようにその後、雨の日が増えた。
しかも雨脚は次第に強くなっていき、数週間経った頃には雨は嵐へと変貌し、強風と横殴りの雨が商船を襲うようになる。
あ、波はおおしけでございます。
まるで山のような巨大な大波が容赦なく艦隊に打ち付けるのを真顔で眺める俺。
あ、あれ……俺ってベーリング海のカニ漁師にでも転生したんだっけ?
なんというかこれまでレイナちゃんの言葉は見事に全て裏目に出ている。
なにがこの時期は嵐が少ないだよっ!!
本当に沈まないだろうなぁ……なんか時々船がありえないほどに傾いているときがあるけど……本当に沈まないですよね……。
どうやらミレイネもこのレベルの嵐は初めての経験のようで、ここ数日はずっと俺の体に縋り付いており、寝るときもぬいぐるみを持って俺の寝室へとやってくる。
一応、俺の方が年下なんだけどな……。
が……だ。
こんな状況でもまだ俺はレイナちゃんを許すことができた。
ま、まあ天気というものは気まぐれなものだ。
いくら航海に慣れていたとしても、予想が外れることだってあるだろう。
外れすぎな気がしないでもないけど、まあ、この世界の天気予報の技術だと諦めることができないでもない……。
俺はみんなに愛される国王になりたいの。
こんなことでブチ切れて部下を萎縮させるような国王にはなりたくないの。
だから、許すよ……だけどさ……。
「総員、砲台へと向かえっ!! 必ずやローグさまとミレイネ殿下のお命をお守りしろっ!! 死ぬ気で戦えっ!!」
それはようやく嵐が通り過ぎて波が穏やかになってから数日後のことだ。
俺たちの艦隊の前に一番恐れていたそいつは現れた。
海竜である。
海竜を発見してからは船の乗組員たちは慌てた様子で船内を右往左往しており、ただならぬことが船に起きたことが肌感覚でわかる。
レイナちゃんもさっきから艦橋から出たり入ったりを繰り返し、慌ただしく部下たちにああでもないこうでもないと命令を続けている。
「ね、ねぇ……ローグ……なんか大きい魚が泳いでるよ? 私たちあれに食べられちゃうのかなぁ?」
さっきからミレイネがぎゅっと俺をハグしながら震えている。
「わ、わからん……けどアルデア海軍を信じるしかないだろ……」
信じたいよ? 当然、俺は我が王国の海軍に全幅の信頼を寄せている。
だけどさ……でけえんだわ……。
俺の想像の数倍でけえんだわ……。
艦橋から海を眺める。
数隻の商船と軍艦によって編成された艦隊。
そのまわりを巨大な生命体が挑発するようにぐるぐると回っていた。
イルカのような体を持ち、ワニのような顔と獰猛な歯を持つその生命体は、先ほどから海中に潜ったり、海面をジャンプしたりと縦横無尽に動き回っている。
大きさはそうね……目測ではあるけど50メートル近くありそう……。
しかもね、そんな恐ろしい化け物が2匹もいるのよ……。
な、仲のいい夫婦の海竜かな……。
50メートル級の海竜に出会う確率なんて富くじに当たるよりも低い確率だってレイナちゃんが言ってたよね……。
そんなのと2匹も同時に出くわす確率ってどれぐらい低いの?
そう聞いてみたかったが、レイナちゃんはそれどころではなさそうだ。
終わったわ……。俺の人生完全に終了したわ……。
イルカショーのようにアクロバティックなジャンプを披露してくれる海竜を眺めながら俺は死を悟った。
ほら、イルカショーでイルカたちがくちばしを使ってビーチボールでキャッチボールするやつあるじゃん?
あれを俺の乗る船を使ってやってくれそう……。
あー怖い怖い……。
と、そこでズドーンっ!! と野太い轟音が艦内に響き渡った。
どうやら大砲が火を吹いたようだ。
それが呼び水となって艦隊中の大砲が2匹の海竜目がけて火を吹く。
が、そんな集中砲火もむなしく、海竜たちはアクロバティックに動き回ってそれをかわす。
むなしく海面にいくつもの水柱が立つだけだ。
が、それでも数発は命中したようで「ぴぎゃあああっ!!」と金切り音のような海竜の悲鳴が耳を劈き思わず耳を塞ぐ。
直後、1匹の海竜が一隻の軍艦の船尾にがぶりと噛みついた。
海竜は船尾に噛みついたまま尾ひれを左右に激しく振る。
が、その直後、大砲が海竜目がけて集中砲火を浴びせ再び「ぴぎゃああああっ」と甲高い悲鳴とともに船から顎を離す。
あ~まずいまずい……。
このままでは俺たちは海の藻屑だ……。
なんとかしないとマズい。
と、そこで俺の頭にある言葉が浮かんだ。
石化魔法……。
もしもあの海竜たちに石化魔法がかけられれば俺たちは助かるかもしれない。
だけど、できるのか?
そもそもあんな大きなサイズの生物を石化したことなんてない。
それ以前にあんな機敏に動く海竜に石化魔法を当てられるかどうかもわからないし、距離的に届くかも怪しい。
が、やらなければやられる……。
俺に選択肢はなかった。
死ぬ可能性があってもやるしかない。
※ ※ ※
皆さんはノブレスオブリージュという言葉はご存じだろうか?
それは貴族などの高い身分の人間が持つという義務のようなものだ。
普段は民の税金によって贅沢三昧をさせて貰っているのだから、民の身に危険が迫ったときには率先して先陣を切って戦わなければならない。
そして、俺もまたその考えに則ろうと思う。
その結果。
「ローグさまっ!! お気をつけてっ!! このレイナ・グラウスが命を賭けて後方支援をいたしますっ!!」
「ローグっ!! 死んじゃダメだからねっ!!」
艦首では魔法杖を持ったレイナちゃんと、そんなレイナちゃんに縋り付くミレイネが俺のことを眺めていた。
そして艦首からは前方に長く伸びた棒。
この棒はバウスプリットっていってマストから伸びたワイヤーを支えたりするんだって。
そしてそのバウスプリットの先端から下方に垂らされたロープに縛られて宙ぶらりんになっているのが俺、ローグ・フォン・アルデアです。
魔法杖をぎゅっと抱きしめながら海竜がやってくるのをじっと固唾を呑んで見守っています。
さて、どうして俺がこんなところにいるのか。
それは当然海竜を倒すためです。
あの後、俺は艦橋でレイナちゃんに勝ち目はあるのかと問いただした。
そんな俺の質問にレイナちゃんは「ご安心ください」と苦笑いを浮かべていたが、それが俺を安心させるための嘘だと見抜いた俺は彼女に執拗に問いただした。
その結果、戦況は絶望的だということがわかりました。
どうやら海竜の体は硬い鱗に覆われており、あのサイズだとクロイデン王国製の新型の大砲でも致命傷を与えることは不可能なのだという。
このままだと弾を撃ち尽くしてしまうし、弾がなくなったら彼らのおまんまになる選択肢しか残ってないんだって……。
が、俺たちは志半ばで死ぬわけにはいかない。
捨て身の覚悟でも海竜を倒す方法をレイナちゃんと一緒に考えた結果、こうなった。
なんでも、海竜は海鳥が大好きで、海面近くを飛んでいる海鳥を海面から広げたくちばしを出して捕食する習性があるんだって。
その習性を利用して海竜が接近したところで石化魔法を使用して、海竜を撃退するというのが今回の作戦だ。
つまり俺はデコイだ。
鳥の真似をする国王デコイだ。
この広い世界でもきっとデコイになった国王は俺が初めてだろう。
あ、もちろんレイナちゃんは「危険すぎますっ!!」て言ってくれたよ。
けど、これ以上に勝ち目のある作戦は思いつかず、結局、国王デコイの案が採用されることになった。
国王デコイをぶら下げた商船は、魔法石を使った補助動力でスクリューを逆回転させると後方へと移動していく。
これは他の艦船との距離を取って俺が海竜に見えやすくするのと、他の船への二次被害を防ぐためだ。
動く船によって、空中をぷらんぷらんと前後に揺られながら海竜を眺めやると、彼らは海面に雁首2つ並べて、俺のことをじーっと眺めていた。
その表情から感じる彼らの感情は一つ。
『あいつめっちゃ美味しそう……』
である。
あー怖い怖い……生きた心地がしねぇ……。
が、怖がっているわけにもいかず、俺は魔法杖に魔力をためていく。
石化に必要な土の魔力が、深い海の底から海を通って魔法杖の魔法石へと集まってきた。
うむ、魔力はばっちりだ。
あとは、的確に石化魔法を使うするだけ。
と、そこで海竜の1匹が俺をじっと見つめてから、海の中に潜っていった。
あ、これ、完全に俺を食べに来てますねぇ……。
が、これこそが狙いなのだ。
俺はじっと魔法杖を構えたまま海竜の襲来を待つ。
しばらくして、不意に海面全体に影がさした。
その影は俺の足下の周り5メートルほどを覆い尽くし、見えはしないが海竜が大きな口を開けて俺を捕食しようとしているのがありありと見える。
焦るなよ……俺。
一発で仕留めるんだぞ……。
そう自分に言い聞かせていると、海中から海上へと海竜のドデカい上顎と下顎が姿を現した。
この顎が閉じられたら俺はひとたまりもない……。
あ、ちなみにおしっこはとっくに漏れてます……。
が、やるしかない。
今だっ!!
俺は石化魔法を打ち込んだ。
が、俺が狙うのは海竜……ではなかった。
俺が狙うのは海水の方。
というか50メートルもある海竜を一瞬にして石化することなんて俺には不可能だし……。
海竜は海水もろとも俺のことを飲み込もうとしている。だから、俺は海竜の口内の海水目がけて全身全霊で石化魔法を打ち込んだ。
すると、俺の足下の海面から伝播するように石化が広がっていき、気がつくと海竜の口内は石化された海水で満たされる。
その結果、なにが起きるのか……。
海竜は開いた口を閉じることができなくなった。それどころか石の重みによって海竜はごぼごぼとわずかに体内の空気を漏らしながらゆっくりと海中へと沈んでいく。
そこで「ぴぎゃあああああっ!!」と金切り声が響き渡る。
もう1匹の海竜が鳴き声を海に轟かせると、勢いよく海中に潜っていった。
もう1匹も俺を狙いに来たのだろうか?
俺は再び海中から魔力を魔法石に集めると、海竜の襲来を待つ。
が、待てど暮らせど海竜は海上へと浮かんでこなかった。
と、そこで少し離れたところで海竜がちゃぽんと顔を出す。
そして、その巨大なくちばしにはさっき沈んでいったもう1匹の海竜が咥えられていた。
は? 共食いかっ!?
そんな光景を愕然と眺めていた俺だったが、どうやらそうではないことがすぐにわかった。
海竜は石で猿ぐつわをされたつがいの海竜を咥えたまま、必死に体をくねくねさせながら東の海へと去って行く。
どうやら俺を襲うよりもつがいの救助を優先したようだ。
仲間を思いやる気持ち……素敵だと思うよ……。
そんな海竜さんにしばらくほっこりした航海の一コマだった。
いや、全然ほっこりしてる場合じゃないけど。
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