第30話 駆け引き
昨日も石化作業、一昨日も石化作業、その前も、さらにその前も石化作業。
多分、明日も明後日も石化作業だろうなぁ……。
どーも皆様、ローグ石材社長、ローグ・フォン・アルデアです。
私たちローグ石材はお客様の『ありがとう』のために毎日最高品質の石材を制作しておりますっ!!
…………はぁ……。
ここのところ、俺はひたすら城の裏庭で石材の制作に勤しんでいた。
毎日毎日、休むことなく石材を制作しているのに、一向に作業が終わらない。
アルデア領中から集められたあらゆる形の木材や石膏が兵士により俺の元へと運ばれてきて、俺はそれをひたすら石化するという日々を送っている。
ってか、石膏を石化ってなんだよ……。
どうやらグレド大陸では俺の作った石材は非常に好評なようで、大金を叩いてでも石材を手に入れたいという魔族が後を絶たないのだという。
まあ向こうの魔族たちもまさか、送られてくる石材を全部、領主が手作りしているだなんて夢にも思わないだろうなぁ……。
が、最近、俺が石化作業に追われている理由はそれだけではない。
「ローグさま、次はこちらの石化をお願いいたします」
「はいはいわかったよ。ほい、ほら出来た」
最近、やたらと石化の作業に追われている理由。
それはたった今、俺が石化させた幅3メートルほどの半円状の物体に答えがある。
それはトーチカだった。
トーチカとは敵からの銃撃を防ぐためのドーム状の陣地のことだ。
ほら、俺の作った石材ってカナリア先生の『しゃ、しゃいにんぐばーすと』すら防ぐ最強の盾じゃん?
この頑丈な石材を軍事利用しようという結論にたどり着かないわけがない。
そのためカナリア先生監修の下、彼女の『しゃ、しゃいにんぐばーすと』を弾くことができ、かつ極限まで素材を薄くしたトーチカを開発することに成功した。
その結果、本来は厚いコンクリートで覆われ、とてもじゃないが持ち運ぶことが不可能なトーチカを、車輪をつけて馬でも引くことができるほどにまで軽くすることに成功したのだ。
それを領境に無数に配置して一人でも血を流す兵士を減らそうというのが俺の魂胆だ。
あ、そうそう。最近ではトーチカを引く馬を見たレイナちゃんの発案で、小型の車輪付きトーチカを馬にひかせた簡易的な戦車の制作なんかも行っております。
その結果、さらに俺の仕事が増えております……。
はぁ……そろそろ後継者を育てなければ、俺……過労死するな……。
なんて考えながらも、この時間の石化ノルマを終えた俺は近くの東屋へと移動して休憩をする。
「ローグさま、お疲れ様でした」
と、リーアが緑茶と茶菓子をテーブルに置いてくれた。
あ、この緑茶はフレディアから持ち帰った物だ。
やっぱり日本人だからか、緑茶を飲んでいるときが一番落ち着く気がするので、最近ではずっと緑茶ばかり飲んでいる。
緑茶を啜りながらリーアを見やった。
彼女の肩には今日もフーちゃんが乗っている。
なんでもフーちゃんはすっかりリーアに懐いちゃったようで、全然リーアから離れようとしないんだって……。
その結果、彼女は俺の身の回りの世話をしているときも、ウルネアで託児所建設の会議をしている間もずっと肩にフーちゃんを乗せている。
なんかリーアにとっての優先度が俺よりもフーちゃんの方が高い気がする……。
なんて考えながえていると、東屋の外から足音が聞こえてきたので、そちらへと視線を向けるとフリードがこちらへと歩いてくるのが見えた。
フリードは俺のもとへとやってくると「ローグさま、カクタ商会からまた報告が入って参りました」と一礼した。
フリードを見てリーアが彼の緑茶を淹れようとするが、それをフリードは手で制す。
「私はすぐに戻るから必要ない。それよりもローグさま、クロイデンの兵たちがアルデア領に向かって進軍中です」
どうやらクロイデン軍が動き出したようだ。
「で、どれぐらいの勢力なんだ?」
「具体的な数字はわかりかねますが、陸軍の大半がかり出されているようでございます。総勢3万人ほどはいるかと……」
「3万人……」
とんでもない人数だ。
アルデア領の兵力は陸軍が5000人、ブートキャンプを終えたポリスリザーブを足しても1万人に満たないだろう。
普通に考えればそれだけの数で攻められたら多勢に無勢だ。
覚悟はしていたものの、その圧倒的な兵数を聞いてわずかに恐怖心を覚えないわけでもない。
「で、アルデア領に到着するのにどれぐらいの時間を要しそうだ?」
「はっきり言ってクロイデン王国には3万人の兵士に食料と寝床を与えられるような街は存在しません。カクタ商会からの報告によりますと、クロイデン軍はいくつかの部隊に分散して移動をしているようです。そのため、全ての兵がアルデアに到着するにはどれだけ早くとも一週間はかかるかと」
そりゃそうだ。
3万人の移動なんておそらく前代未聞だろう。
確かに3万人という数字は恐ろしいが、アルデア陸軍とポリスリザーブは全員領内にいるため兵站に気を遣う必要はあまりない。
それに比べてクロイデン軍ははるばるアルデア領までやってきているのだ。
食料や寝床は当然として、兵器や砲弾の移動で兵站もかなり伸びているに違いない。
そういう意味では単純に兵数の差=力の差とは言い切れない。
「海上は?」
と、次に海の心配をする。
するとフリードは表情を変えずに話し始める。
「現在、海軍はグラウス海軍大将指揮の下、戦艦の多くを海に出してパトロール中です」
お、レイナちゃんが頑張ってる。
「グラウス海軍大将からの報告によると、クロイデン海軍の大型船がフレディア領に入り、船に乗っていたクロイデン陸軍の一部が上陸したようです」
「なるほど……フレディア領はクロイデン軍を受け入れたのだな?」
「えぇ……これもカクタ商会からの報告ですが、クラスコの街ではクロイデン軍の軍服を着用した男たちが街を闊歩しているそうです」
アルデア領とフレディア領は実質的な不可侵条約を結んでいる。
この条約を履行するならば、フレディア軍やその他の軍はフレディア領側からアルデア領に侵入することはできないはずだ。
だけど、条約ではクロイデン軍の駐留そのものには言及されていない。
今の時点でアルデア領はフレディア領に口出しをすることはできない。
が、限られた兵力で二正面で戦うのはあまりにもアルデア領にとって不利だ。
だから、俺はフレディア領を牽制するために先手を打っておくことにした。
「フリード、例の作戦を実行に移そう」
「例の作戦とは、例のペイント弾のことですか?」
「ああ、そうだ。大砲を使ってフレディア領でお絵かきをして、子爵を驚かせてあげよう」
実は一ヶ月ほど前から俺はフリードに頼んでペイント弾を作って貰っていた。
ペイント弾とはその名の通り、塗料をいっぱいに詰めた砲弾のことだ。
まあ、塗料といっても食紅だけど……。
そう言って笑うとフリードは「ただちに」と俺に一礼をして東屋を後にした。
その日の夜、アルデア領から湖に一発のペイント弾が撃ち込まれた。
ペイント弾は湖の一部をほんのわずかの間だけ真っ赤に染めた。
たった一発放っただけで、湖の水質には大した影響はない。
だけどそのたった一発のペイント弾はフレディア領の領民をパニックに陥らせるのには十分すぎる効果があった。
『次はどんな弾が撃ち込まれるでしょうか?』
そう書かれた手紙を使者から受け取ったグラサキ子爵はしばらく青ざめたまま言葉を発することができなかったと、俺は後になって聞かされた。
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