第28話 国王と魔王
クロイデン城の謁見の間。
だだっ広いその部屋の中央には赤絨毯が敷かれており、その終着点である部屋の最深部には五段ほどの階段があり、それを上ると玉座が置かれていた。
その玉座に座り足を組む恰幅の良い中年の男。
名前をフランツ・リクトリア・クロイデンという。
正装である軍服を身に纏い、その上に深紅のマントを羽織っている。
胸にはいくつもの勲章、そして、頭には宝石がちりばめられた王冠。
一目で国王とわかるその男は、なにやら虫の居所の悪そうな顔で目の前で跪くクロイデン軍の元帥を眺めていた。
この男が不機嫌な理由。
それは南方の領地から送られてきた一通の手紙のせいだ。
「ほぉ……あのガキはあくまで治安維持隊だと申すのだな?」
国王が掴んだ手紙。
それはアルデア領の領主代行、ローグ・フォン・アルデアから送られてきたものだった。
実は数ヶ月前に、元帥よりこんな報告が上がってきた。
アルデア領が新たな軍を設立した。
どうやらその軍隊はポリスリザーブという意味不明なふざけた名前らしく、領内で小銃や大砲を使い訓練を続けているのだという。
軍の新設。
それは国王にとっては見過ごすことのできない事実だった。
このクロイデン王国は長きに渡って国王によって統治され、反乱はおろか領主同士の小競り合いですらめったにない。
かといって島国という地の利から諸外国からの侵略に晒されることもなく、軍隊などクロイデン王国が他領の謀反に睨みをきかせる以外の意味を持たない。
そんな平和なクロイデン王国であるからこそ、ローグ・フォン・アルデアによる軍の新設は不可解でしかなかった。
だから国王は一週間ほど前に、ローグ・フォン・アルデアに手紙をやった。
そして、戻ってきたのが今、国王が握っている手紙である。
手紙の内容はポリスリザーブは治安維持が目的であること、行動はポリスリザーブ法によって厳しく制限されていること、さらにはこのポリスリザーブが他領に被害を及ぼすことがありえないということだった。
あくまで軍隊ではないと言い張る幼き領主。
ましてやこの男は以前にも、王国中から最新の兵器を買い集め、さらには商船に武装までほどこしているのだ。
その時はミレイネの言葉を一応は信じ目を瞑った。
が、ここまで露骨な動きを見逃せるほど国王は寛大な人間ではない。
むしろ、ここまで図に乗るようであれば、兵器を買い集めていた時点で破棄を命じておけばよかったとすら思う。
「元帥はこの手紙をどう読む?」
国王は元帥に尋ねた。
元帥は「ははっ」と答えると顔を上げる。
そして、なにやら不敵な笑みを浮かべた。
「この平和なクロイデン王国で軍縮はおろか、今以上に兵を増やすことに合理的な理由は思いつきませんなぁ」
「ならば、逆になぜアルデアのせがれは兵を増やすのだ」
「考えうる最悪な理由は謀反でございましょう。もしくは挑発でしょう」
「挑発?」
「ローグ・フォン・アルデアは王国がどのように出るのか見ているのかもしれません。そして、その王国の動きは他領の領主たちも見ております」
なるほど、と国王は思う。
「もしもローグ・フォン・アルデアに弱腰な姿勢を見せれば、他領の領主たちも同じような組織を持つようになるでしょう。そうなればクロイデン王国のパワーバランスは一気に崩れてしまいます」
「潰すべきか?」
「潰すべきでしょう。それも今後100年は同じような真似ができぬよう徹底的にやられるのがよろしいかと……」
「ならばやれ。徹底的にやれ。王国軍を総動員してアルデア領を囲み、最後通牒を突きつけよ。それでも応じないようであれば徹底的に街を破壊しろ」
「かしこまりました……」
元帥はそう答えて立ち上がると、謁見の間を後にしようとした。
が、不意に何かを思い出したかのように足を止めると国王を振り返る。
「討伐隊の招集の許可をいただきとうございます」
「討伐隊? あぁ……あの野蛮な大陸のことか」
国王はそこで思い出す。
元帥が話しているのはきっとグレド大陸への侵攻の話だろう。
グレド大陸には宝石の採れる鉱山がある。
それもクロイデン王国で採れる何倍もの宝石が採れるという。
そのため国王はグレド大陸を侵略して宝石利権を手中に収めようと目論んでいるのだ。
「かまわん。元帥の望むようにせい」
「かしこまりました」
そう答えると元帥は国王に一礼し、今度こそ謁見の間を後にした。
謁見の間に残された国王は肘置きで頬杖をつきながら顎髭へと触れながらも、笑みを禁じ得なかった。
宝石利権が手に入れば、クロイデン王国は一気に世界一の富豪国家だ。
その夢が目の前に迫り誰が笑みを禁じ得ようか。
それに元帥の見立てが誠であればグレド大陸の支配はそう難しくない。
グレド大陸はあの野蛮な魔王が支配する土地だ。
知性も倫理観も持たない魔王にもしも力があるのだとすれば、とっくにクロイデン王国は魔王に支配されている。
にもかかわらず、魔王はこれまで一度もクロイデン王国を支配しに来たことはない。
それは力がないことの証左。
それが国王の見立てだった。
それに元帥の話に寄れば魔王軍の装備は旧式の物が多いのだという。
さすがは野蛮民。
新しい武器を開発する知性もないようだ。
棍棒を片手に襲いかかってくるのだろうか?
国王は棍棒片手に小銃で蜂の巣にされる魔王を想像して思わずプスッと吹き出してしまう。
そんな国王を衛兵が訝しげに眺めるが、国王は気にしない。
待っていろ。食って寝るしか能のない野蛮族たちよ。
自分たち魔族が人間という知的生命体と比べて、いかに劣った愚鈍な野蛮人であるかを見せつけてやろう。
気がつくと国王は衛兵の目も気にせずがははっ!! と高笑いを謁見の間に響かせていた。
※ ※ ※
クロイデン王国の遥か沖合いに浮かぶ小さな島、スラガ島。
その小さな島の小さな埠頭には、右舷と左舷から大きな角を生やした奇妙な形の大型船が停泊していた。
そして、湾内にも接岸しきれない無数の同規模の船が碇を下ろして停まっていた。
埠頭では船から無数の荷物が下ろされ、その中にはケージに入れられた牛の姿まである。
そして、そんな荷下ろし作業を横目に二人の男女と、頭に角を生やした魔族の男が立ってた。
「長い船旅、ご苦労様でした。短い間ではございましたが、グレド大陸の観光はいかがでしたでしょうか?」
魔王は正面に立つ名目上のアルデア領主、ザルバ・フォン・アルデアと目線を合わせるように膝を折りながら、笑顔で手でごまをすりながらそう尋ねた。
「いやぁ……本当に自然豊かで素晴らしい大陸だ。迷惑にならないのであれば、是非また訪問したいねぇ」
ザルバはそう言って手に持った紙袋の中身を眺める。
中に入っているのはグレド名物草団子だ。
ザルバが草団子の味をひどく気に入ったと話したところ、魔王が渡してくれたのだ。
「しかし、いいのかね?」
「なんのことでしょうか?」
「私のことだよ。私はこれでも人質なのだぞ? そんな男をみすみす帰してしまっては意味がないではないか」
ザルバは息子ローグによって差し出された人質である。
が、魔王はザルバを島へと帰してくれた。
これではなんの意味もない。
が、そんなザルバの心配にも魔王は笑顔を崩さない。
「いいのです。ローグさまは私を信用してザルバさまを差し出された。その気持ちだけで私はローグさまが信用に値するお方だと理解することができました」
そんな魔王の言葉にザルバは感激してわずかに瞳を潤ませる。
「本当にきみはよくできた人格者だ。王国を統治していた頃、私は魔族を野蛮な民族だと考えて生きてきた。きみを見ているとそんな自分が恥ずかしくてしかたがないよ」
クロイデン王国の人間は魔族に対して、どこか自分よりも下等な野蛮な人物だと思っている節がある。
が、実際にはグレド大陸の魔族たちは穏やかな人が多く、むしろ、自分たち人類の方が野蛮で下劣な人種なのではないかと思い知らされるほどだった。
自分を恥じるザルバに魔王は「いえいえ」と首を横に振る。
「全ての生命に人格がある以上、誤解をなくすことは不可能です。それに私だってクロイデンの方々のことをまだよく知らない。お互い様ですよ」
あぁ……なんと自分は愚かだ……。
ザルバは魔王のそんな言葉を聞く度に自分を恥じずにはいられない。
と、そこで魔王はザルバとその隣に立つマナイレに頭を下げる。
「では私はそろそろクロイデン王国へと向かいます。クロイデン王国でローグさまが待っておられますので。どうか、お二方ともお元気で」
そう言って笑顔で二人の顔を交互に見やる魔王。
そんな魔王にザルバの不安は尽きない。
「本当に大丈夫なのかね? クロイデン兵は最新式の小銃や大砲を扱う大陸最強の軍隊だ。それを丸腰でとは正気の沙汰ではないぞ?」
「武器を手にしてはクロイデンの方々の理解を得ることは難しいでしょう。それに私はこう見えて魔術には少々自信がございます。きっと誰も傷つけることなくローグさまの考えた作戦を遂行できるでしょう」
まっすぐな目で自分を見つめる魔王にザルバは思わず吹き出してしまう。
「何か、おかしなことでも申し上げたでしょうか?」
「たしかにおかしなことを言っている。話しているのがきみではなかったら、その無謀な作戦を私は全力で止めただろう。だけど、不思議だ。きみが口にすると本当に成し遂げそうに感じてしまう」
「必ず成し遂げます」
「必ずだぞ。そして、またグレド大陸で酒を酌み交わそう」
「カナラズイキテカエッテ」
と、そこでマナイレは魔王に歩み寄ると、その手をぎゅっと掴んだ。
「必ずや」
魔王はそう言って頷くと「では」とマナイレから手を離して船へと乗り込んだ。
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