第23話 案外早かった再会

「ねえ、魔族の人たちを助けて……。そのためだったら私、どんな協力だってする。私の命だって捧げる覚悟はできているわ」


 ミレイネは話しているうちに徐々に感情的になっていき、最後の方は瞳に涙を潤ませながら窮状を俺に訴えた。


 そんな彼女を眺めていると、頭痛がしてくる。


「殿下……とりあえず事情は理解しました。とりあえず、涙を拭いて落ち着きましょう」


 そう言ってポケットからハンカチを取り出すと、彼女に手渡した。


「ご、ごめんなさい……ちょっとヒステリーになったわ……」


 そう言ってミレイネは俺からハンカチを受け取ると、瞳の涙を拭う。


 そんな彼女を眺めながら思う。


 あぁ……とんでもなく面倒な話を聞いてしまった……。


 クロイデン王国がグレド王国の宝石を狙っている。


 しかも正式な貿易をするわけではなく、侵攻して宝石利権を完全に手中に収めるつもりでいるらしい。


 それは明らかに俺に取っても不都合な現実だった。


 何せ、俺は魔王と友好的に条約を交わしたのだ。


 もしも、クロイデン王国が強引なことをしたら、クロイデン王国の一部であるアルデア領だってグレド連邦にとっては敵の一味だ。


 そうなったら新設予定の西グレド貿易会社だって撤退を余儀なくされるし、最悪、断交まであり得る。


 そうなれば、グレド連邦との関係は悪化して結局、ブチ切れた魔王の傀儡エンドは避けられない気もする……。


 いや、詰んでますわ……。


 が、ここで手を打たないと手遅れになるのも事実なんだよね……。


 やるしかない……。


「殿下、殿下はその遠い嫁ぎ先にいつ出発をされるのですか?」

「え? は、半年後に王国を出発する予定だけど、それがどうかしたの?」


 俺の質問に不思議そうに首を傾げるミレイネ。


 そんな彼女に俺は自分の考えた作戦の説明を始めた。


※ ※ ※


 それから数日後、俺は船に乗り込んでカザリアの港を出発した。


 その目的はアルデア領に帰るため……ではなく、再びグレド大陸に向かうためだ。


 あぁ……帰りたい……早く帰って家のベッドでゴロゴロしたい……。


 いつになったら家に帰ることができるのだろうか……いや、ホントに……。


 が、帰るわけにはいかない事情ができてしまった。


 ということで、俺はまた長い航海へと出かけ、途中でまた父親と再会してからグレド大陸へとやってきた。


 港ではカクタが出迎えてくれた。


 どうやら今は西グレド貿易会社の仮社屋を建設して、そこで業務を行っているらしい。


 大陸各地に社員を派遣して良い貿易商材はないかと探し回っているところなんだって。


 うむ、順調だ……けど、その順調な貿易会社を守るためにも、俺はもう一仕事しなければならない。


 ということで魔王城へとやってきた。


「ま、まさかローグ様とこんなに早く再会できるとは思っていませんでした……」


 城で俺を出迎えてくれた魔王はそう言って苦笑いを浮かべつつも、俺を食堂へと案内してくれた。


 食堂にはかつて俺がプレゼントした魔王の石像が丁寧に飾られており、俺はそれを横目に魔王の隣の席へと腰を下ろす。


「さあさあ、すぐに料理を手配させますので、どうぞお寛ぎください」


 相変わらず魔王はバカ丁寧に俺をもてなしてくれる。


 が、今の俺は悠長に魔王のお持てなしを受けている場合ではなさそうだ。


 ということで、俺は衛兵に目で合図を出す。


 すると衛兵の一人がこちらへとやってきて、魔王のテーブルに一枚の書類を置いた。


「これは?」

「お読みになっていただければ、わかります」


 そう言うと、魔王は書類を手に目を落とした。


 その書類は国王の勅令だ。


 要約すると、魔王討伐隊を編成するのでアルデア領の兵士も寄越せという内容。


 編成の建前上の理由は魔王がクロイデン王国の侵略を目論んでおり、それを未然に防ぐためということになっている。


 まあ、偽造文書なんだけどねっ!!


 さすがになんの証拠もなく、魔王を説得するのは不可能だ。


 が、魔王討伐隊は確実に編成される。


 ミレイネが言ってたしな。


 いや、仮にミレイネの話が嘘だったとしても、俺はゲーム内でラクアの父親が魔王討伐隊に参加して命を落とすことを知っている。


 だったら、この偽書もあながち嘘とは言えないよね?


 まあ、偽物だけど……。


「このような勅令が我がアルデア領に届きました。確認したところ他の領にも同じような勅令が出されているようです」


 魔王は文書を無表情で眺めていた。


 いったい何を思い眺めているのだろうか……。


 そんな魔王を横目に観察していると、彼は書類をテーブルに置いて俺を見やった。


 そして、


「ま、またまたご冗談をっ」


 と、苦笑いを浮かべた。


「いえ、冗談ではありません。間違いなくこの文書がアルデア領に届きました。やつらの狙いは間違いなくグレド大陸の宝石です。このままでは本当に討伐隊が――」

「信じたくありません」


 魔王はそんな俺の言葉を遮るようにそう口にした。


「いや、でも……」

「我々グレド連邦の民たちは、クロイデン王国の方々と必ず手をつなげると信じています。現に私とローグ様もこうやって良き友人になれたではありませんか」


 そう言って魔王は柔和な笑みを浮かべた。


 あ、ダメだ……想像以上にいい人過ぎる……。


 どうやらこの魔王は他人を疑うという感情が欠落しているようだ。


「ハインリッヒさま」

「なんですか?」

「もしもですよ……もしも仮にクロイデン王国がグレド連邦に攻めてきたとしたらどうするのですか? そんなことになったら罪なき多くのグレドの民たちの血が流れます」

「ローグ様、もしもの話をしてもしかたがありません」

「ですが、国王たるもの不足の事態に備えておく必要はあるかと……」

「その心配には及びません」


 そんな俺の脅しに魔王はきっぱりと答えた。


「仮にの話です。仮にクロイデン王国の兵士たちが船で攻めてきたとしても、私の右手一本で握りつぶすことができるかと」


 そう言って魔王は笑顔で自分の右手を握りしめた。


 あ、こっわ……。


 そうだったわ……。


 この人『ラクアの英雄伝説』のラスボスだったわ……。


 俺にはこの男が言う言葉が単なるはったりではないことを知っている。


 何せ、『しゃ、しゃいにんぐばーすと』でも破壊できなかった俺の石を右手一本で破壊しそうになった力を持っているのだ。


 俺は苦笑いを浮かべながら、この男だけは絶対に怒らせてはいけないと心に誓った。


 ってか、そんな魔王をたった数人のパーティ編成で倒してしまうラクアって化け物ってレベルじゃねえな……。


「ローグ様、わざわざ我々を心配しにここまでお越しいただいたことには感謝します。ですが、心配はご無用です」


 魔王の意見はごもっともだ。


 が、俺としてはここで引き下がるわけにはいかない。


 何せ、このままではラクアの父親が命を落とすことになる。


 一応お金漬けにするつもりではあるけど、それでも王国から召集令状が届いてしまったら、参加しないわけにはいかないだろう。


 それにこんな柔和な笑みを浮かべている魔王も、ゲーム内ではクロイデン王国を侵略しにくるのだ。


 そのきっかけが今回の魔王討伐隊である可能性は大いにある。


「ローグ様、私は無用な血を流すのは嫌なのです。それに、私は最後までクロイデン王国の人々を信じたい」

「ごもっともです。ですが、残念なことにグレド連邦はクロイデン王国からなめられています」

「なめられてる……ですか?」

「えぇ……そもそも、王国がグレド大陸に討伐隊を送ろうとしているのがその証左です。彼らはハインリッヒさまの力を知らないのです」

「私はなめられても一向にかまいませんが……」

「よくありませんっ!! なめられることはグレド連邦の方々を危険に晒すことになります。相手に攻め入る隙を見せてはいけません」

「ですが……では、どのようにして……」

「私に作戦があります」


 ということで、俺は魔王に作戦の全容を話し始めた。

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