第22話 魔王討伐隊

 ラクアくんどら息子化計画が幕を上げた。


 まあ、こんなのでうまくいくかは未知数だけど、俺にできることはラクアたち一家に贅沢三昧させて、冒険者などというリスクの高い職業に就く気力を全力で削いでいくことだ。


 できることならば、ラクアくんにはこのまま望めばなんでも手に入るという勘違いをしたまま大人になって貰って、怠惰な日常を送って貰いたい……。


 お金があればパパやママとお別れすることもないし、ラクアくんにとってもこっちの方が幸せなはずだよね?


 知らんけど……。


 ということで翌朝、俺は馬車に乗ってクロイデン城へと向かう。


 理由は例の王女ミレイネ嬢に呼び出されたからだ。


 城へと向かう馬車に揺られながら俺は、昨晩出会ったラクア一家のことを思い出していた。


 父親は魔王の討伐隊に選ばれて命を落とした……。


 ゲームの設定ではラクアの父親の死因はそれだったはずだ。


 よくよく考えてみれば少しおかしな死因な気がする。


 そんなことを俺は昨日から考えていた。


 グレド大陸で俺はこの目で魔王を見た。


 あれが演技だと言われればそれまでだけど、少なくとも俺の見た魔王はかなり紳士的な魔族だ。


 普通に接していれば、魔王がわざわざクロイデン王国と敵対する理由は見つからない。


 が、ラクアの父親は魔王の討伐隊に参加して命を落としたのだ。


 しかもそれはラクアが7歳のころで、おそらく魔王軍がクロイデン王国を侵略する前の出来事だ。


 だとすれば、魔王の討伐隊はわざわざグレド大陸まで出向いて能動的に魔王を討伐しようとしたことになる。


 でも、なんで……。


 ゲームをプレイしていたときはなんとも思わなかったけど、今になって考えてみれば色々と違和感を感じることが多い。


 なんて考えていると馬車はクロイデン城へと到着した。


 城のドデカい城壁を通過してお城へと続く広い庭園を走っていると、馬車は不意に停車してドアが開かれた。


 ん? なにかあったのか?


 城まではまだ距離があるのに、ここから歩くのはやだよ?


 なんて考えつつも開かれた扉から外を見やると、水色のワンピースを身につけた少女が花壇の花を眺めているのが見えた。


 ミレイネ嬢だ。


 付き人のような人は見当たらず一人のようだ。


 よくわからないけど、王女でも敷地内であればある程度自由に行動ができるんだな。


 俺は馬車から降りると彼女の元へと歩み寄った。


「ミレイネ殿下、ローグ・フォン・アルデアです」


 そんな言葉に彼女が顔を上げる。


「あら? 本当に来てくれたんだ」


 彼女はそう言ってわずかに微笑んだ。


「殿下がお呼びであれば、このローグ、どこへでも駆けつけます」


 いやいやだけどな……。


「そう、他の貴族はなんだかんだ言い訳をして逃げるのに、あんたは忠実なのね」


 あ、そうなの? じゃあ、俺もなんだかんだ言い訳をしてアルデアに戻れば良かったわ……。


 が、今更後悔してももう遅い。


「ところで私に何かご用でしょうか?」


 そう尋ねると、彼女は「別に……。ちょっとお話がしたかっただけ」と言って庭園の奥にある東屋を指さした。


「最近はお城の外にもほとんど出られないし、話し相手がいなくて退屈なの。紅茶でも飲みながらあそこでお話をしましょ?」


 ということで、俺は彼女とともに東屋へと向かった。


※ ※ ※


 いったいどうして俺は呼び出されたのだろうか?


 王女はちょっと俺と話がしたかっただけだと言っていたけど、本当にそれだけだろうか?


 そんなことを考えつつも東屋へとやってくる。


 東屋にはすでに配膳用の台車とともに給仕のおねえさんがスタンバイしており、テーブルに紅茶と茶菓子が並べられた。


 配膳が終わるとミレイネは給仕に「ありがとう」と伝え、給仕は深々と頭を下げると台車を押して屋敷の方へと歩いて行った。


「ねえローグ。二人でお話がしたいのだけど?」


 と、そこで彼女はそう言って衛兵へと軽く視線を向けた。


 どうやら衛兵たちは邪魔なようだ。


 俺は衛兵二人に視線を向けると、彼らは全てを察してくれて俺たちに頭を下げるとそそくさと馬車の方へと戻っていった。


 なぜに人払い?


 なんて考えていると、ミレイネがこちらを見やる。


「エリネグラード公国の紅茶なの。中にミフィアっていう柑橘の皮が入っていて香りがいいわよ。私の大好きな紅茶」


 そう言って彼女は微笑む。


 なんとなくだが、昨日、謁見の間で会ったときよりも今日の彼女はトゲがないような気がした。


 まあ、昨日は従者もいたし、他人の目を気にして、それっぽい立ち振る舞いをしたのだろう。


 なんて考えながら紅茶を啜る。


 うむ、美味い。


「どう?」

「大変美味しゅうございます」

「よかったわ。気に入ったなら後でルネに言って茶葉を包んで貰うから、持って帰りなさい。あ、ルネはさっきの給仕の名前ね」


 やったぜ。


「ありがとうございます」


 それはそうと。


「殿下は私に何か話があってお呼びになられたのではないですか?」


 わざわざ王女は人払いをしたのだ。


 何か周りに聞かれたくない話を俺としたいのだろうと察しはつく。


 するとミレイネは「まあね」と言って紅茶を啜った。


「ねえ、あんたは本当にクロイデン王国に攻め入るつもりはないの?」


 そしていきなりストレートパンチをぶち込んできた。


「え? い、いえ、そのようなつもりは決して……」

「でも王国中から大砲や小銃を買い揃えているのは本当なんでしょ? それに武装した船まで買い揃えたって話も小耳に挟んだわ」

「いや、それは昨日も申し上げたとおり、装備が陳腐化したので買い換えたまでにございます。クロイデン王国を攻めるつもりなど一切ございません」


 そう答えるとミレイネは俺に顔を接近させて見つめてきた。


 あー近い近い……。あと、こうやって近くで見ると結構可愛い顔をしている。


 なんて考えながら彼女を眺めていると、彼女はニヤリと笑う。


「こんな腐った王国滅ぼしてしまった方がいいわ」


 そして、この爆弾発言である。


 そういう発言、ホント困るんですよね……。


「またまたご冗談を……」

「本気で言ってるわよ」

「だとしたら、発言を撤回されるべきです。仮に私が今の発言を国王に上奏すれば、いくら殿下であっても、ただではすみません」

「あなたは国王に言いつけるの?」

「そうは言っておりません。ですが、少なくともそのようなことを軽々に口にするのはよろしくないかと」


 そんな俺の忠告にミレイネは「それもそうね」と何がおかしいのか微笑んだ。


 俺は彼女に忠誠心を試されているのだろうか?


 彼女のその理解不能な発言に、正直なところ焦っている。


「殿下はなにゆえそのようなことを申されるのですか?」

「ねえ、あなたは魔族は好き?」


 質問を質問で返された。


「魔族……ですか? 別に好きも嫌いもありませんが……」


 別に蔑む気持ちも好きという感情も俺は持っていない。


「殿下は好きなのですか?」

「うちのお城にも昔、魔族の奴隷がいたの」

「奴隷ですか……」

「ええ、奴隷よ。彼女は私の身の回りの世話をしてくれたの。毎晩、私にグレド大陸のことを色々と教えてくれて大好きな女性だったわ」

「今はもういないのですか?」

「ええ、もういないわ。私が10歳のときに母親の大切なティーカップを割って処刑になった」

「それだけで殺されたんですか?」

「ううん、クロネに頭を下げてなんとかクロイデンから脱出させたわ。書類上は処刑されて死んだことになっているけど……」

「それは命拾いをしましたね」

「マナイレっていうの。今もどこかで元気にしていればいいんだけど……」


 あ、なんかその名前に強烈に聞き覚えがありますねぇ……。


 心配しなくてもマナイレさん、スラガ島で俺の父親とびっくりするほど元気に暮らしてますよ。


 が、そのことを彼女に伝えるのは色々面倒ごとになりそうなので、黙っておくことにする。


 どうやら彼女は魔族に深い思い入れがあるようだ。


 基本的にクロイデンの人間は魔族を軽蔑しているのだと思っていたから、彼女のそんな言葉は俺を少しだけ安心させた。


 けど……。


「なぜ、そのような話を私に?」


 どうしてそんな脈略のない話を俺にするのだろうか?


「ねえローグ、このペンダントを見て?」


 と、そこでミレイネはワンピースの襟元に手を入れると、首に掛けていたペンダントのような物を俺に見せてきた。


 あ、そのペンダントにも強烈に見覚えがありますわ……。


 あれ、結構いろんな人に渡してるんだ……。


「王国を離れるときにマナイレがくれたの。友情の証だって」


 奇遇ですね。俺も同じ物を親子の証として貰いました……。


「このペンダントに宝石がついているのが見える?」

「ん? あ、あぁ……確かに……」


 彼女の言うとおり、ペンダントにはダイアモンドのような小さな宝石が付いており、太陽の光を乱反射させていた。


「この宝石はグレド大陸でしか採れないらしいの。もしも、このペンダントを王国で売れば最低でも100万ゴールドはするわよ」


 と、そんな彼女の言葉で俺は魔王の言葉を思い出す。


 確かに魔王も宝石が採れるとかなんとか言っていた。


 ん? ちょっと待て……。


 なんだろう……ミレイネの脈略のない話が、唐突に俺の抱いていた疑問とつながり始める。


「国王は近いうちに魔王討伐隊を編成して、グレド大陸に乗り込むそうよ」


 あ、やっぱり……。


「宝石の美しさに目がくらんだのね。国王はグレド大陸の宝石を独り占めしようとしているわ。ホント……最低……」


 ミレイネは俺の抱いていた疑問をあっさりと解消してくれた。


 なるほど……ラクアの父親が参加したという魔王討伐隊とはこの討伐隊のことだろう。


「殿下は討伐には反対なのですか?」


 そう尋ねると彼女は鋭い眼光を俺に向ける。


「逆に聞くけれど、罪なき魔族を虐殺して宝石を奪い取ることにあなたは賛成できるのかしら?」

「いえ、そのようなことは……」

「もちろん私は反対したわ。お父様にそんな愚行を思いとどまるように進言もした。そしたら、その次の日に私の婚姻が決まったわ。遠いなんとかっていう小国の王子に嫁ぐことになるそうよ」

「…………」


 ミレイネは厄介払いされたようだ。


 どうやら王国は本気でグレド大陸の侵略に本腰を入れているようである。


 そんなミレイネの話を聞きながら俺は思う。


 もしかして……もしかしてだけど……。


 魔王軍がクロイデン王国を侵略してきた理由って、その魔王討伐隊とやらが原因なのではないかと……。


 もしそうだとしたら、そのふざけた討伐隊は俺のこの先の運命に大きく関わってくる。

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