第21話 脅し

 なんだろう……憧れの大衆酒場、全然楽しくない……。


「ローグくん、どうしたの? ワイバーンの肉、あんまり美味しくない?」

「いや、そんなことないっす……。美味しいです……」


 優しい嘘……。


 正直なところ、今の俺にはこの肉が美味いのか不味いのかすらわからないです。


 椅子に座って一人ぶるぶると震える俺をリーアが心配そうに眺めている。


 出会ってしまった……ついに出会ってしまった。


 俺は『ラクアの英雄伝説』の主人公ラクアに出会ってしまった。


 いつか俺を殺しに来るかもしれないその宿敵は、母親に言われて渋々野菜を食べながら不快そうな表情を浮かべている。


 俺は野菜すら食えないこのクソガキに将来殺されるのか……。


 いや、でもたまたま名前が一緒なだけで、別人かも……。


 そう思いじっと男の子を見つめてみるが。


 認めたくないけど……こうやって見ると面影があるんだよな……。


 俺は前世でがっつりゲームをプレイしているのだ。


 ゲーム開始からゲームクリアまでラクアを操作し、ラクアを見続けていた。


 ラクアの顔ははっきりと覚えているし、それ以上に黒髪一部分だけメッシュのように赤髪が混ざっているのも同じだ。


 もう認めるしかない……こいつは主人公のラクアだ。


「ローグさま、顔色が悪いですよ……ホテルに戻った方がいいんじゃ……」

「え? あ、いや、大丈夫だから……」


 どうやら俺の顔から血の気が引いているらしい。


 そんな俺の顔を見てリーアはタメ口ルールの忘れて、心配そうに俺の顔を覗き込んできた。


 さすがにいつまでも震えているわけにはいかないよな……。


 でもどうすればいい?


 ラクアを横目に眺めながら俺は考える。


 まずはラクアの脅威レベルについて考えてみよう。


 再三説明したが、ゲーム内で俺はクロイデン王国に魔王軍が攻めてきたときに魔王の傀儡になった。


 ゲーム通りにいくのであれば、いつかはラクアが冒険者となって俺の元へと現れて、俺を殺すだろう。


 最悪のシナリオだ。


 が、今のところ俺は魔王との接触に成功し、ひとまずは魔王と友好的な関係を築き始めていると思う。


 もしも魔王がクロイデン王国の侵略を止めたとしたら、当然ながら俺がラクアに殺される理由はなくなるはずだ。


 じゃあ全然心配する必要ないじゃんっ!!


 …………いや、ダメだ。その程度では安心できない。


 そもそも俺は魔王がどうしてクロイデン王国に攻めてくるのかすらわからないのだ。


 今は、俺相手に低姿勢で接してくれているが、いつ、どのタイミングで裏切って攻めてきてもおかしくはない。


 だとしたら……だとしたらだ……。


 俺は相変わらず苦そうに野菜を食べるラクアを眺めながら、自分の心に負の感情が芽生え始めていることに気がついた。


 こいつは俺にとってリスクでしかない。


 そして、こいつが力をつけたとき、俺はこいつを止めることができないだろう。


 だったら……今のうちにやるしかないよな……。


 最低な考えだって?


 そんなこと俺の知ったことではない。


 そもそも俺は悪役貴族なんだ。


 自分の目的を果たすためなら自ら手を汚すこともいとわない。


 ましてや自分の命がかかっているとなるとなおさらだ。


「リーア、ちょっとだけ待ってて……」

「え? い、いいですけど……どうしたんですか?」


 俺はそんなリーアの質問に答えずに椅子から飛び降りて、隣で酔い潰れているレイナちゃんの元へと歩み寄る。


 彼女は相変わらず顔を真っ赤にして、悲しそうにビールを喉に流し込んでいた。


「おい、海軍大将」


 と声をかけると彼女は据わった目を俺に向けてきた。


「ローグさま……私、お嫁にいきたいです……」

「そうっすか……それよりも大将にお願いしたいことがあるんですけど……」

「私にお願いですか? 毎日、俺の為にご飯を作って欲しいってお願いですか?」

「あ、全然違いますねぇ……。それよりも、ちょっと耳を貸していただけますか?」


 そう言って俺は背伸びをすると、彼女の耳元に唇を寄せる。


 そして、彼女にとある指示を出した。


 話を聞き終えると彼女はほんのわずかに正気を取り戻したのか、少し驚いたように目を見開くと、彼女よりも二つ隣のテーブルに座るラクアの家族へと視線を向ける。


「頼んだからな」


 そんな彼女に念押しするようにそう言うと、彼女は不思議そうに首を傾げた。


「ローグさまの命令とあれば従いますが……なぜそのようなことを……」


 どうやら俺のあまりにおかしな命令に一瞬で酒が抜けたようだ。


「理由は聞くな。とにかくこれはアルデア領にとって重要なことなのだ。心を鬼にして任務を果たせ。いいな?」

「は、はい……わかりました……」


 ということで、俺は一足先にホテルに戻ろうと「リーア」とリーアを呼んで出口へと歩き始める。


 が、そんな俺を「ローグさま」とレイナちゃんが呼び止める。


「どうした?」


 レイナちゃんはなにやら頬を真っ赤にしたまま俺を見つめていたが、不意に俺から視線を逸らして口を開く。


「その任務を遂行したら、私のことをお嫁さんにしていただけますか?」


 あ、全然、お酒が抜けていないですね……。


 結局、俺はそんなレイナちゃんを無視して出口へと歩いて行くと、出口付近の衛兵にあらためて同じ命令を出してホテルへと戻った。


※ ※ ※


 ホテルの自室に戻って一時間ほど経ったところで、衛兵の一人が部屋を訪問してきた。


 どうやら、俺の命令は無事遂行されたらしい。


 あ、ちなみにレイナちゃんはあの後、ぶっ潰れて他の兵士にお姫様抱っこでホテルに運ばれ、今は自室で爆睡してるんだって……。


 うむ、始末書だな……。


 が、今はレイナちゃんのことはどうでもいい。


 俺は衛兵に案内の元、部屋から出て別室へと移動することとなった。


 そして、別室へとやってくると、そこには若い男女が椅子に縛り付けられて猿ぐつわをつけられていた。


 男女は俺の顔を見ると、登場したのが子どもだったのに驚いたのか目を丸くする。


 もちろんこの男女はラクアの両親だ。


 俺は衛兵へと視線を向けると「男の猿ぐつわをとってやれ」と命令する。


 猿ぐつわから解放されたラクアの父親は、俺の存在に困惑しつつも「おい、なんのつもりだっ!!」と耳を劈くように叫んだ。


「う、うるさいなぁ……。もう少し小さな声で話せ」

「それよりもラクアはどこにやったっ!! ま、まさかラクアに危害を加えるつもりじゃないだろうなぁっ!!」


 まあ父親なのだから息子のことを一番に心配するのは当然だろう。


 あ、ちなみにラクアは今現在、別室でリーアと一緒に積み木で遊んでいるらしい。


 リーアが「お姉さんはパパとママのお友達だよ」と伝えると、ラクアはあっさり信じて機嫌良く遊んでいるようだ。


 が、俺はあえて「ふふっ。ラクアがどうなるかはお前次第だ」と父親の心配を煽るようなことを言ってみる。


 すると父親は「てめぇ……」と俺を睨みつけた。


 俺がレイナちゃんに出した命令、それはラクアたち家族の拉致監禁だった。


 手荒なまねをした自覚はある。


 けど、せっかく見つけた脅威を俺はみすみす逃すわけにはいかなかったのだ。


 危険の芽は早めに摘んでおくに超したことはないからな。


 俺は怒り狂う父親の前まで歩み寄ると、彼の顔を見つめる。


「お前は冒険者をやっているそうだな」


 そう言うと男は『なんで知っているっ!?』というような顔で目を見開いた。


 もちろん、俺がそのことを知っているのはゲームをプレイしたことがあるからだ。


 この男は冒険者として生計を立てていたが、ラクアが7歳のときに魔王討伐隊に選ばれて命を落とすはずだ。


 ラクアはそのことを祖父から後々聞かされて、父親への憧れと魔王への憎しみを胸に冒険者を目指すことになる。


 そして、そんなラクアの感情こそが俺にとって最大の脅威だ。


 だから俺はその感情を根底から引き抜いて、ラクアに冒険者を目指させないことにした。


「いいか? よく聞け。お前の冒険者人生は今日で終わりだ。ラクアのことを救いたければ今すぐ冒険者を辞めろっ!!」


 そんな俺の言葉に男は「はあっ!?」と素っ頓狂な声を出す。


 まさか、拉致監禁されてそんなことを言われるとは思っていなかったのだろう。


「い、いや、辞めろって、どうやってそれで家族を食わしていけばいいんだよっ!!」


 もっともな意見だ。


 俺は後ろを向いて衛兵に目で合図を送る。


 すると衛兵は懐から巾着袋を取り出すと俺の元へと持ってくる。


 巾着袋を受け取るとそれを父親の顔の前でチラつかせた。


「この音が聞こえるか?」

「な、なんだよそれは……」


 俺はニヤリと笑うと巾着袋から金貨を一掴み取り出す。


 これは純金の金貨だ。


 王都の物価は詳しくは知らないけど、この男が一生働いても手に入るかどうか怪しいほどの金貨が巾着には入っている。


「お、おい……その金はなんだっ!! 何を企んでいるっ!!」

「ふふっ……この金は今日からお前の物だ。それともこの金額では満足できないか?」

「は? な、なんでくれるんだよ……」


 突然、大金をくれると言われて父親は反応に困ったように首を傾げていたが、不意にはっとしたような顔をして、再び俺を睨みつけた。


「お、おいっ!! そんな大金を貰ってもラクアは渡さないぞっ!! ラクアは俺たちのかけがえのない宝物なんだっ!! 何億ゴールド渡されてもラクアは渡さない」

「安心しろ。ラクアはすぐに解放してやる」

「はいっ!? じゃ、じゃあ、なんでくれるんだよ……」

「この金を使って全力でラクアを甘やかせ」

「え? い、いや……なんで……」


 男の頭の上にははっきりとクエスチョンマークが浮かんでいた。


「なんでもくそもない。とにかく、お前は今日で冒険者は引退。でもって間違ってもラクアが冒険者を志さないように目を光らせておけっ!! さもないと息子の命はないぞっ!!」


 とにかく甘やかして甘やかしてラクアにはゲーム内のローグ・フォン・アルデアのようなだらけきった大人に成長して貰う。


 それこそが、俺の身を守る一番の方法だ。


 残酷なやり方ではあるけど、ラクアがだらけきった大人になるためなら、俺は金に糸目はつけない。


 そんな俺を男は『何言ってんだこいつ……』みたいな顔をしながら見つめていた。


「お、おい……」

「なんだ?」

「なんのためにこんなことをするんだ。ってかあんたは何者だ?」

「一つ目の質問に答える義理はない。だけど、二つ目の質問には答えてやろう」


 そう言って俺は男に顔を近づけるとニヤリと笑う。


「私の名はローグ・フォン・アルデア。伯爵の息子にして、アルデア領の領主代行だっ!! 私の顔と名前を忘れるなっ!!」


 決まったっ!!


 俺は目一杯格好をつけてそう言うと、踵を返して部屋を後にした。


 結局、その後、ラクアは解放して、父親には冒険者を辞めることと、何かご不明な点やご不満な点があればお気軽に王都にある『アルデア出張事務局』までお問い合わせくださいと伝えておいた。


 あ、そうそう。


 最後に母親を呼び止めると「その金で明日から週に一度、診療所で検査をしてもらえ。さもないと息子の安全は保証できない」と脅しておいた。


 彼女はラクアが7歳のときに病気で死ぬことになってる。


 助かるかどうかはわからないけど、やれることはやってラクアに負の感情を抱かせないようにしておかなければならないのだ。


 ということでラクアたち家族は、結局、なんで自分がこんな目に遭ったのか理解できないまま首を傾げて帰って行った。


 そんなラクアたち家族の後ろ姿を眺めながら俺は願う。


 頼むぞ。ラクア……堕落してくれ……それだけが俺の願いだ。

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